尾行調査
市庁舎のある中央区には、貴族の家や各組合の組合長の家が立ち並び、一般市民は入ることすらできないような高級な飲食店や酒場、宿屋、金細工屋などが軒を連ねている。
ナウワーも仕事で何度か中央区を通ることはあったので道は覚えているが、この場所の雰囲気は肌に合わないというのが素直な感想だった。
「それじゃあ、ボクとナウワーでミックスリー卿のお兄さんを調べてみようと思います。」
ナウワー達は市庁舎の前で次の行動を決めていた。
「マヴィットとサンラバは、いつも通りスラムの近くで吸血鬼についての情報収集をお願いします」
そうヴィオが言うとマヴィットとサンラバは頷いた。
「あ、ボクのマントと剣を預かって置いてください、守闘士の特徴で覚えられると面倒なので」
そう言ってヴィオがサンラバにマントと剣を渡した。
妥当な判断だとナウワーは思った。
普通の市民は剣やマントを付けていないし、そもそも守闘士のマントはとても目立つからだ。
そうして、サンラバ達はスラムの方に歩いて行った。
マヴィットとサンラバがミックスリー卿の兄、ブルー・ミックスリーの調査に参加しないのには理由があった。
マヴィットは顔がブルーにばれている為であり、サンラバは図体が大きいせいで記憶に残りやすいからである。
言わずと知れたことだが人物の調査というのは、本人にばれていないほうが行いやすい。
なので、人選についてマヴィット達は納得していた。
「では行きましょう」
中央区に残ったヴィオとナウワーは、ミックスリー卿の家に向かった。
外から見ても分かるほど豪奢なミックスリー卿の家の近くまで来たナウワーとヴィオはちょうど家から出てくる人物を発見した。
ラズベ・ミックスリーと似た顔立ちに同じ髪の色。腰には剣を携えている。
恐らく彼がブルー・ミックスリーであろう。
顔立ちが似ているし、町中で帯剣が許されているのは守闘士か騎士のみである為だ。
彼は、玄関の外で待っていた三人の仲間たちと談笑しながら通りを奥へ歩いて行った。
「頭の片隅にでも記憶されると面倒だ、なるべく隠れながら追いかけよう」
ナウワーはそう言ってヴィオと共に建物の陰に隠れつつ後を付けることにした。
ブルーと思わしき彼は少し歩くと箒が看板の代わりに壁に刺さっている酒場、ユマロ亭に入っていった。
それを見たナウワー達も彼らを追ってユマロ亭に入った。
店の中は組合併設の酒場に比べて落ち着いた雰囲気で、店の奥にある火の入っていない暖炉の横では吟遊詩人が歌を奏でていた。
ブルー達の近くの席に陣取ったナウワー達は近くにいた店員に薄めたエールを二人分頼んでブルー達の会話に耳を澄ませた。
「ブルーさん、右頬の傷大丈夫っすか」
ブルーの仲間であろう男がそう言っているのを聞いて、やはり尾行した彼はブルー・ミックスリーで間違いないとナウワーは確信した。
「あぁ、もう四日前の事だからな。心配ない。それにもともと剣先がかすっただけだ、少し跡が残っていてもそのうち消えるだろう」
その時、タイミングよく店員がエールを持ってきてくれたので受け取りながら怪しまれない程度にブルーの声のする方を見た。
確かにブルーの右頬には傷があるようだ。
「あれ、これミルクです…」
運ばれてきたコップに口を付けたヴィオが首を傾げながらそう言ったのを聞いてナウワーはブルーから視線を外した。
「お嬢ちゃんにエールはまだ早いよ、それは私からのサービス。お金はお兄さんの分だけでいいからね」
店員はニコニコしながらヴィオを撫でてそう言った。
「ボクは…うぅ」
ヴィオは撫でられるのが恥ずかしいのか年齢を訂正しようとしたが上手く口が開いていなかった。
この店員はヴィオがまだエールを飲めない年齢に見えているのだろうか。
店員はヴィオの頭をひとしきり撫でると仕事に戻っていった。
最初男だと思っていたナウワーが言えたことではないが、確かによく見るとマントと剣を外したヴィオは幼い少女に見えなくもなかった。
そんなことを考えているとヴィオは頬を膨らませてこちらを睨んできた。
そうしているうちにブルー達の方から気がそれていることに気づいたナウワー達は再び彼らの会話に耳を澄ませた。
「ここ数日で色々見て回りましたけど、この町はここまで治安が悪かったんですね」
「あぁ、お陰で直接手を汚すことになってしまった」
「じゃあもしかして、奴は彗星術で…?」
「そうだ。逃げ惑う奴をゆっくりと追い詰めて、この町で流行っている吸血鬼と同じようにズドンと首筋に二つの穴を開けてやった…。俺の顔に傷をつけた悪党には相応しい結末だろう?」
「うっわぁ、恐ろしいっすね…」
「ふん、あまり褒めてくれるな」
ここまで聞けばもう確定だ。
四日前に守闘士を殺した犯人はブルーで間違いない。
やはり吸血鬼の噂を模倣した犯行だったのだ。
しかし犯人が分かったのは良いが問題があった。
それは、ブルーが守闘士を殺したことの証明が難しい事だった。
現場には確かに彗星術の痕跡や血の付いた剣は落ちていたものの、直接ブルーにつながる証拠は無い。
そうナウワーが考えていると対面に座っていた筈のヴィオの姿が消えていた。
「やはりあなたが守闘士殺しの犯人なんですね!」
ナウワーがそう声がする方を見るとヴィオがブルーの前で仁王立ちしていた。
ヴィオのその姿にナウワーは頭を抱えながらも様子を見ることにした。
「なんだ、こいつ…。おい誰のガキだぁ?」
ブルーの仲間がそう言うと、ブルーは手で仲間を制して、ヴィオに優しく声をかけた。
「お嬢さん、人を突然人殺し扱いは良くないんじゃないかな?」
「あなたこそ、こんなところでそんな話をして不用心でしたね。ボク、あなたの弟のラズベ・ミックスリー卿の知り合いなんです」
ヴィオが堂々と言うと明らかにブルーの顔は不機嫌なものに変わった。
「だからなんだい…?」
「あなたを卿に告発します。いくら王直属の騎士と言えどこの町で人殺しはするべきではありませんでしたね!」
ヴィオはブルーに人差し指を勢いよく突きつけた。
「お嬢さん、そこまで言ってどうなるか分かっているのかい。もう今の発言は撤回できないぞ!」
ブルーが立ち上がると彼の三人の仲間も立ち上がって目の前にあったテーブルを蹴散らした。
その後、ブルーは酒場全体に響くように声高らかに宣言した。
「皆、この少女は町に巣くう窃盗団の一員だった。次のターゲットはこの店であったらしい。しかし諸君安心したまえ。この王直属の騎士ブルー・ミックスリーが悪党を見事成敗して見せよう!」
やられた、ナウワーはそう思った。
今の宣言で店の雰囲気は完全にブルーの味方になった。
客たちは皆、ヴィオを窃盗団の一員だと信じ切っている様子だ。
「いいでしょう、ボクの実力を見せてあげます…あれ?」
そう言ってヴィオは腰に手を伸ばすがそこに剣は無かった。
当然だ、先ほどサンラバに預けたのだから。
ヴィオの様子を見てブルー達は剣を抜き放った。
いくら守闘士と言えども丸腰で騎士に勝てる訳が無い。
「ヴィオ、逃げるぞ!」
ブルー達が剣を構えて戦闘態勢に入る前にナウワーはヴィオの手を掴んで酒場を飛び出した。
もちろんエールの分のお金はテーブルに置いて。




