市庁舎にて
ナウワーは部屋の中で緊張していた。
それは当然の事だった。
町の中央に位置し町の全ての政治を司る市庁舎に今、初めて訪れているのだから。
大きな窓から差し込む太陽の光は壁一面に描かれている煌びやかな絵画を照らし、その存在感を際立たせている。
綺麗な模様が丁寧に掘られた椅子などの家具たちは、一般市民が生涯をかけても手に入れられないほどの高級品だと見てすぐに分かる。
緊張からくる喉の渇きを潤すためにナウワーはテーブルの上に用意された銀製のコップに入った葡萄酒を一飲みしたが、緊張で味も分からなければコップを持つ手の震えも止まらなかった。
もしこのコップを落としたら弁償にいくらかかるのか…そう思うとナウワーはもうコップに触るのはやめた。
ナウワーが周りを見ると、ヴィオやマヴィット、サンラバは落ち着いた様子で静かに座っていた。
「そこまで緊張することありませんよ」
ヴィオがナウワーの様子を見かねたのか優しい声色でそう声をかけた。
「あ、ああそうだよな…」
ナウワーは深呼吸をした。
何故ナウワー達が市庁舎にいるのか。
それは今から少し前に遡る…。
「これからどうする?」
「地道に情報収集しかあるまい。この町に住む貴族連中がどんな彗星術が使えるのか、誰かに聞ければ早いのだがな…」
ナウワーの疑問にマヴィットは答える。
「おう、お前らちょうどよかった」
昼食を食べ終え次の行動に移るために組合を出ようとしたナウワー達を呼び止めたのは、守闘士組合長イゴ・ドリンカーその人だった。
「お疲れ様です組合長。俺たちに何か用事でもありましたか?」
ナウワーが尋ねるとイゴは大きく頷いた。
「お前らに招集がかかっている」
「招集…?」
ナウワーが不思議がると後ろから、ヴィオが「十中八九、卿の呼び出しですね」と言った。
「そう、その通りだ。話が早くて助かる」
ヴィオの言葉にそう反応してイゴは豪快に笑った。
自分たちに関連がある卿と言えばミックスリー卿だろうか…とナウワーは考え込んだ。
「昼食を取り次第すぐ来るようにと言っておった、場所は前と同じと。今から行ってくるんだ。」
イゴはナウワーの背中を叩いた。
「わ、分かりました」
背中をさすりながらナウワーは返事をした。
ナウワーが「前と同じ場所…?」と呟くと「ボク達についてくれば大丈夫です」とヴィオは言った。
「どっか行くの?」
セブンはヴィオに尋ねた。
「今から町の中央にある市庁舎に行くことになりました」
ヴィオがそう言うとセブンは「ふーん」と言って頷いた。
「それじゃあ、アタシは帰るね」
そういうとセブンはナウワー達に手を振りながら組合を出ていった。
セブンのことが気になったのかイゴが彼女を目で追っているのを見たヴィオは「現地の協力者です」と説明するのだった。
「市庁舎か…初めて行くな…」
「別に普通の建物だ」
ナウワーの呟きにマヴィットはそう答えるのだった。
そんなやりとりを経て、ナウワー達が市庁舎に居る今に至る。
そしてナウワーはマヴィットの普通の基準を信じた自分を呪っていた。
そうしているうちにナウワー達が集められた豪奢な部屋の扉が開いた。
そこから現れたのは、落ち着いた色ながらも綺麗な刺繍が施された服を着た、整った顔立ちの青年だった。
「皆さんお待たせしました」
そう言うと青年は使用人に導かれるままに部屋の一番上座の席に座った。
青年が使用人に耳打ちをすると使用人はすぐに部屋から出ていくのであった。
そして静寂に包まれる部屋。
しかしその静寂はすぐに明るい声によって破られた。
「いやぁ、三人とも一週間ぶりだね。元気にしていたかい?」
青年は笑顔でヴィオ達にそう話しかけた。
「えぇ、それはもう」
ヴィオも笑顔で返事をした。
「それで…君が町のガイド君かな?」
青年がナウワーの方を向くと楽しそうにそう尋ねて来た。
ナウワーがどう答えるか悩んでいる隙にヴィオが咳払いして口を開いた。
「ミックスリー卿、紹介します。隊の新メンバーのナウワーです。吸血鬼事件とはあまり関係ありませんが、すでに一度ボク達は彼の知識に助けられています」
「うんうん、私の要請がちゃんと届いているようで何より。やはり地理に詳しい人が一人は居ないとね」
ミックスリー卿は嬉しそうに頷いていた。
「よ、よろしくお願いします」
挨拶が遅れたことに気づいたナウワーは慌てて椅子から立ち上がって頭を下げた。
「あぁ、そんな畏まらなくてもいいよ。気楽にいこう、気楽に」
ミックスリー卿は暖かな笑みを浮かべてナウワーを見ていた。
「ふん、お前は貴族の癖にお気楽すぎだ」
マヴィットがそういうとミックスリー卿は「君は手厳しいなあ」と言って頭を掻くのだった。
「ナウワー君、私はラズベ・ミックスリー。都市議会の参加者であり、吸血鬼討伐隊の言わば創設者さ」
ミックスリー卿が手を伸ばしてきたのでナウワーは頭を下げつつ握手をした。
「それでボク達を呼んだ理由を聞いてもいいですか?」
自己紹介が終わった頃を見計らってヴィオは口を開いた。
「あぁ、そうだね。君たちがどんな調子なのか気になった…」
ミックスリー卿はテーブル上の葡萄酒を口に含んだ。
「それだけ?」
ヴィオは、少し食い気味に尋ねる。
「それと…君たち、私に聞きたいことがあるんじゃないかなっていう直感。例えば彗星術について…とか」
マヴィットは眉をひそめた。
「確かに今、この町の貴族がどんな彗星術を使えるのか知りたいところだった。だが何故それが分かった?」
ミックスリー卿はマヴィットの目線を受けてクスっと笑った。
「ふふ、だから直感…さ。元々私は吸血鬼事件には彗星術が関わっているんじゃないかって考えていてね。君たちも、そろそろそう考える頃だと思ったんだよ」
マヴィットはミックスリー卿の説明を聞いても疑いの目を向けていた。
「特別に私に答えらえることなら何でも教えてあげよう。ただし他言無用だぞ」
ミックスリー卿はウィンクをして、人差し指を立て口の前に当てるジェスチャーをした。
ミックスリー卿はかなりお茶目な人だとナウワーは思った。
そのおかげで幾分か緊張もほぐれてきたのだった。
「じゃあ、お言葉に甘えて。この町の貴族には、自分の姿を消したり見えなくしたりと言った芸当ができる彗星術を持っている家はありますか?」
ヴィオの言葉を聞いたミックスリー卿はきょとんとした。
「うん、あるね。もしかして吸血鬼が?」
「恐らく。どこの家の彗星術か教えてもらってもいいですか?」
ヴィオがそう聞くとミックスリー卿は髭の無い綺麗な顎を撫でた。
「我が家だ」
「えっ!」
その場にいる吸血鬼討伐隊のメンバー全員、そう声を上げた。
「えっと他の家にはない…ですか?」
「そういった彗星術は我が家だけのはずだ…」
顎を撫でながら険しい顔になっていくミックスリー卿。
「まさか…?」
最悪の想像をしたのかヴィオは椅子ごと後ずさった。
「いやいや、私は長男ではないから彗星術の継承をしていないよ。だから私に疑いの目を向けるのはよしてくれ」
慌てて弁明するミックスリー卿の言葉を聞いてヴィオは椅子を元の位置に戻した。
「貴族の持つ彗星術というのは家督を継ぐ長男に継承されることが多い。そして彗星術を継承できる人間は一つの彗星術につき一人だけだ。覚えておけ」
ナウワーが話についていけていないことを見抜いてマヴィットは説明した。
ナウワーは感謝の気持ちをマヴィットに目線で送った。
「えっと、ではお兄さんは今どこに?」
ヴィオがミックスリー卿に尋ねる。
「兄は王直属の紫水騎士団所属なんだ。それで五日前に部下を連れてこの町に来た。王の命令でパーヴリ市内の調査をすると言っていた。…まさか兄が吸血鬼に関係している?」
「兄の部下の彗星術は知っているのか」
マヴィットは足を組んで尋ねた。
「いや、そこまでは」
ミックスリー卿は首を横に振った。
「ならまだ可能性としては、お兄さんで確定ではないですね…」
ヴィオは小さくため息をついた。
「ま、守闘士でもたまに元貴族の彗星術を使える輩がいるからなぁ。可能性だけで言ったら全く知らん守闘士の可能性もまだあるぜ」
サンラバがそう言うとヴィオは頷いた。
「ミックスリー卿のお兄さんの周りを調べつつ、怪しいという思考に囚われずに柔軟に行動した方が良さそうですね」
ヴィオはミックスリー卿に兄の名前を聞いた。
「私の兄の名はブルー・ミックスリー。この市庁舎のある中央区の私の家で寝泊まりしている。ちょうどここの大窓から大きな赤い屋根の家が見えるでしょう。あそこが私の家さ」
ミックスリー卿が指を指す先を見るとこれまた大きな家が少し遠くに見えた。
「兄のことを探るなら顔が知られているマヴィット君はやめておいた方がいいね」
「昔からオレ様の家とミックスリー家には親交があった。それだけだ」
驚いた様子のナウワーが何かを尋ねる前にマヴィットはそう答えた。
「これで聞きたいことは終わったかい?」
「ええ、十分です。ありがとうございました」
ミックスリー卿の言葉にヴィオは頭を下げて感謝した。
「兄が何か悪さをしていたら、私の身内だからといって容赦することないからね」
笑顔でミックスリー卿はそう言って立ち上がった。
「私はこれからまたつまらない政務をしなきゃならない。そろそろ失礼するよ」
「ではボク達も情報収集に行きますか」
そうして、ミックスリー卿と共にナウワー達は部屋を後にして市庁舎を出るのだった。




