盗人少女
パーヴリの路地裏はまるで迷路のようになっている。入ってすぐに引き返せばよし、そうしないのなら三日以上彷徨うことになる。
というのはパーヴリに来たばかりの旅人やまだやんちゃ盛りの子供に路地裏に入らないように言い聞かせるためによく言うセリフだ。
しかし、少しの誇張はあるがこれは正しい認識である。
最初は小さな城下町として始まったパーヴリは時間が流れるにつれて拡張を繰り返しその土地を広げていった。
大通りや水汲み場などがある広場周りの建築物は秩序だってはいるが、町の郊外に行くにつれてそこに住む市民たちが好き勝手建築した建物が乱立し、そこに旧城壁が混ざることで迷い込んだ人間を逃がさない迷路が生成されていた。
その迷路とスラムは日が当たる場所に居場所のない人間たちにとっては都合の良い住処であった。
そしてマヴィットやサンラバの財布を盗んだ少女もまた、そこの住人であろう。
油断したマヴィット達から財布を盗むと少女はすぐに路地裏に逃げ込んだ。
迷路を熟知した人間ならいざ知らず、ただの守闘士に少女を捕えることは難しいだろう。
「あの小娘、ちょこまかと!」
しかしさすが現役守闘士というべきか、甲冑を着込んだマヴィットはそれでも脚力で少女を少しずつ追い込んでいた。サンラバも大斧を背負いながらもマヴィットに続く。
路地裏を駆け抜ける少女とマヴィット達。
しかし曲がりくねり迷路と化した路地裏では少女に分があり、マヴィット達は少女を捕え損ねていた。
後ろからそれを追いかけるナウワーは、このままでは少女に逃げ切られるであろうと感じていた。
「ヴィオ、あの少女は多分東に進んでスラム街の中に逃げ込むつもりだ」
ナウワーは立ち止まって周囲を見渡した。
「どうするんです?」
急に止まったナウワーをヴィオは見つめた。
「俺に考えがある。こっちだ!」
そう言ってナウワーはヴィオの手を掴み、少女やマヴィット達とは違う方向の道に走り出した。
「どこへ!」
急に手を掴み、そのまま別の方向に走り出すナウワーに向かってヴィオは困惑の声を上げる。
「あの少女の先回りをする。彼女はマヴィット達を完全に撒くためにスラムへの道を遠回りしている。だから最短距離を行けば彼女の前に出れる!」
ナウワーはヴィオの手を掴んで走っていたが、ヴィオが自力でついて行けると言うので手を離した。
「本当にこの道で先回りできるんです?」
二人は、曲がりくねったり狭くなったりを繰り返す道を全速力で駆け抜ける。
ナウワーはヴィオが遅れていないか何度か背後を確認したがヴィオは息も切らさずに付いてきていた。
さすが守闘士だとナウワーは感心した。
「俺が吸血鬼討伐隊に選ばれた理由、知っているだろ。大丈夫、信じてくれ!」
そうして路地裏を駆け抜け、少し開いた道に出た時、ナウワーはこちらに向かって走る少女とマヴィット達を見つけた。
「ほら、先回りできた!」
ナウワーの言葉にヴィオは「さすがですね」と声をこぼすのだった。
「小僧か、そのガキを捕まえろ!」
全速力で駆けながらよくもまぁそんなに声を張り上げられるな、なんて思いながらナウワーは両手を広げた。
「さぁ、ここから先には進ませないぞ。大人しく財布を返すんだ!」
少女はナウワーの声を聞いて足を止めた。
前にはナウワーとヴィオ、後ろにマヴィットとサンラバに囲まれた少女はついに諦めたのか地面に大の字で寝ころんだ。
「くっそー、逃げ切れそうだったのに!」
そう言って盗んだ財布をマヴィット達の方に投げた。
「それで、アタシをどうするつもり?」
大の字に寝そべる少女は投げやりに問いかけた。
「無論、刑吏に突き出すに決まっている。利き腕でも切り落としてもらうんだな」
マヴィットは鬼の様な形相で少女を睨みつけながら言った。
「マヴィット、そんな大人げないこと言わないでください。相手はまだ子供ですよ」
ヴィオは少女を憐れんだ様子で庇う。
「それにナウワーのおかげで財布は取り返せたんですから、もういいでしょう?」
そうヴィオが言うとマヴィットは深いため息と舌打ちをして、そっぽを向いた。
「サンラバも、もういいですね」
ヴィオの言葉にサンラバは頷いた。
「あぁ、財布を返してもらえて体も動かせて、なんだったら満足してるくれぇだぜ」
その様子を見ていた少女はきょとんとしていた。
「何、アタシのこと許してくれんの?」
「今回だけですよ」
少女はヴィオのその言葉を聞くとガッツポーズをした。
その後、ナウワーは少女に名前を聞いた。
「セブン。セブン・ヒッター」
許してもらえるとなった途端元気を取り戻した少女はそう自己紹介した。
「いつもこんなことを?」
ヴィオは少女に視線を合わせて優しく問いかける。
「いつもは気付かれないくらいうまくやる」
自信満々に少女はそう答えた。
「しっかし、先回りされるなんてね、お兄さん相当スラム近くの路地に詳しいみたいだ」
セブンはナウワーのことを品定めでもするかのように眺めた。
「俺も昔、スラム住みだったんだよ」
「ほんとにそれだけ?」
疑わしい目を向けながらセブンはナウワーを小突いた。
「にしても悔しいなぁ。四日ぶりの獲物だったのに…」
溜息をつくセブンの言葉を聞いてヴィオは顎に手を当てた。
「四日前もここらで盗みを?」
ヴィオの言葉を聞いて記憶を探るようにセブンは頭の後ろで手を組んだ。
「そうだよ、夜に一人で出歩く不用心な守闘士がいたんだよ。そいつを狙ってたんだけど目の前で突然血を吐いて死んじゃってさ。物だけ取って逃げようにも変なローブの奴が来るわ、守闘士が来るわ、でもう最悪だった」
その言葉を聞いたヴィオは驚いたようにセブンを見た。
「現場にいたんですか!」
「う、うん。そういえばお姉さんにも見覚えが…」
「セブンの言い方じゃあまるで吸血鬼に殺される前に守闘士が死んでいたみてぇじゃねぇか」
斧を置いて休んでいたサンラバが口を開いた。
「だからそう言ってるじゃん。ねぇアタシお腹すいたんだけど、もういい?」
セブンはそう言って足元の石を蹴り飛ばした。
「待ってください。四日前の夜のこと、もっと詳しく聞かせてほしいです」
ヴィオはそう言ってセブンが歩き出そうとするのを止めた。
「えぇどうしよっかなぁ。でもお腹すいたしなぁ…」
ヴィオは悩むように唸った後、口を開いた。
「分かりました。組合に併設されている酒場で食事をしながらにしましょう」
ヴィオがそういうとセブンは「そう来なくっちゃ」といって指を鳴らした。
「ちっ、ガキのお守りはお前らで勝手にやれよ。そいつが次、オレ様に何かしたらその場で腕を切り落とすからな」
マヴィットはそう言うと組合に向けて歩き出した。
サンラバもそれに続いて「ようし飯だ!」と手を叩いて歩き出す。
「セブン」
ヴィオは元気に歩き出そうとしたセブンに耳打ちをした。
「うん…あ、元々そのつもりだったの。なぁんだ」
ヴィオの言葉を聞いたセブンは肩をすくめた。
するとヴィオもセブンも走り出した。
「ナウワー、奢ってくれてありがとう!」
振り返ってそう言うヴィオとセブン。
よく見るとセブンの手にはナウワーの財布があった。
すぐに自らのポケットを漁るナウワーだがもちろん財布がある訳もなく。
「お、おい待てお前ら!」
マヴィットとサンラバを追い抜き駆けていく元気な娘たち、それを追いかけるナウワー。
太陽は彼らを暖かく照らしていた。




