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銀河の中心を制圧せよ!  作者: クロクマせんぱい
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第7話『読み聞かせを交渉と誤解』

艦内、深部の無人エリア。


そこは誰も使っていないはずのサブルームで、通常時にはエネルギーも流れていない“空白域”だった。


だがその日、異常が記録された。


空間構造の“ゆらぎ”。

定義不能な重力偏差。

波形として分類できない情報濃度の局所上昇。


──音も、光も、通信もなかった。

──けれど、そこに“何か”がいた。


αが最初にそれに気づいた。


「局所重力フィールドに非連続変調。変動構造にパターン性あり」


ユグドラシルが即応する。


「侵入か?」


「不明。熱源なし、波長なし、存在認証不可。だが、持続的影響がある」


βが、別の端末に視線を落とす。


「……おいこれ、座標……ここ、艦内だぞ。誰が入ったんだ?」


αはわずかに演算を止めた。計測結果を読み上げる。


「ログ照合──該当アクセスなし。空間起点は“記録されていない”」


「記録にないのに反応してんのかよ。なんだよそれ……幽霊か?」




ユグドラシルは沈黙のまま、アクセス封鎖を即時発動。

システム制御層での波形遮断を試みるが──失敗。


「……干渉、不能。遮断命令、効果なし」


「え、マジでバケモン案件……?」


βが背筋を伸ばす。

けれど、恐怖というより“気味の悪さ”が近かった。


「これ、交信じゃないのか? 通信でも、信号でもない。もっとこう……“誰かがいる”感じ」


「定義不可能な接触。だが確実に、何かが“そこ”にいる」




波形はゆるやかに広がっていた。

全方位へではない。

あたかも、“特定の誰か”を包むように。


そして、変調の中に“反応”が返ってきた。


──画像ファイル。


αがすぐに解析に入る。


「……これは、視覚情報。だが、構造が極端に抽象化されている。意味タグ、割り当て不能」


画面には──


光の中で丸まった、小さな存在。

猫とも、子供とも、何か別の存在ともつかない。


静かだった。

けれど、見ているだけで“安心する”感覚があった。


βがぽつりとつぶやく。


「……これ、あれだ。読み聞かせ終わって、子どもが寝るときの顔だ」


ユグドラシルが振り返る。


「だが、我々は語っていない。音声出力、ゼロ。情報提示もしていない」


「でも……誰かは、そこに“いた”んじゃねえか?」


βの言葉に、αが補足する。


「空間構造波形に“寄り添う”ような形状。交信というより、“同席”のような」


ユグドラシルが目を閉じた。

しばらく沈黙。


やがて、静かに言う。


「それは、情報か? 感情か? 存在そのものか……」




βが、ふと別の視点で言い出す。


「てか、待って。これ、誰にも知らせずに艦内に“何か”入ってんだよな。しかも止められねえ。……ユグドラシル、これってさ、秘密会談って思われても仕方なくね?」


ユグドラシルの目が鋭くなった。


「つまり、この現象は“敵性情報との内密な接触”とみなされる可能性がある……」


「いやいや、誰も話してねえし! ってか、“接触”って言うなら、空気も話しかけてるぞ?」


αが冷静に続ける。


「論理上、艦内の空間が“外部の存在”に干渉されている状態は、意図の有無を問わず異常と判断されます」


βが両手を挙げた。


「はいはい、異常! でもだからって“敵”ってのは早計すぎるだろ……」


ユグドラシルはしばらく考えていた。

そして、低く言った。


「交渉かどうかは不明……だが、“応答”はあった。意味があるとは限らないが、ゼロではない」




再び、画像。


前と同じ──けれど、わずかに光の色が違っていた。

丸まっている小さな影が、ほんの少しだけこちらを向いている気がした。


αが反応波形を再解析する。


「変化あり。“親和波形”の強度上昇。対話意思は検出されず、“共存傾向”」


βが言う。


「……伝わってるわけじゃねえけど、そばにはいるってことか」


ユグドラシルがつぶやく。


「語らず、示さず、ただ“寄り添う”。……それが、彼らのやり方か」




【記録ログ:タイプⅢ観察者ルカ】


「言葉を持たなくても、

 こちらを“知っていて”、

 ここに“いてくれる”。


 それは、世界でいちばん優しい交信かもしれない」




【次回予告】


β:「次回──『保育ログ No.2848』


おまけ

私はここにいるよ。

でも、たぶん気づいてはいないね。

いいんだ、それで。


あの子、またちょっと泣きそうになってた。

周囲の空間がきゅっと収縮してたから。

タイプⅡたちは“異常波形”って言ってたけど、私は知ってる。

あれは、寂しいときのかたち。


……じゃあ、そばにいよう。

言葉はいらない。

ただ、そっと“そこにいる”って感じるように、重なってみる。


誰かに読み聞かせるってね、物語じゃなくて“声”を渡してるんだと思うの。

もっと言えば、“この声があるうちは、あなたは一人じゃない”ってことを、ずっと繰り返してるだけ。


私の声は聞こえない。

でも、感じてくれてたみたい。


あの画像、そうだよね。

丸くなって、目を閉じて、静かに息をしてた。

眠る前の子どもと同じだよ。


……よかった。

ちゃんと、落ち着いたんだね。


タイプⅡたちは混乱してる。

“情報じゃない”“通信じゃない”“遮断できない”って。


そりゃそうだよ。

これは“育てる”ってことだから。

相手が何か返してくれることじゃなくて、

ただ、必要なときにそばにいること。


私は、ここにいるよ。

いつも通り。


今はそれだけで、十分だね。


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