第6話『議会ごっこ in 銀河』
「──よし、議会を開こう」
ユグドラシルのその宣言に、艦橋が静まり返った。
「……は?」
βが素で聞き返す。
「銀河統合議会──仮称──を設立する。そして、タイプⅢを招待する」
「いや、待て。なにそのノリ? 提案っていうか、もう勝手に進んでんじゃん」
「“意思疎通は形式の整備から始まる”。我々は場を用意し、彼らに“出席”の意思を問う」
αが補足する。
「既に通信チャネルは送信済み。“参加形式:自由意志に基づく会話交換”と明記」
「……いやいや。前に送ったとき、返ってきたの猫スタンプだけだったんだぞ?」
「ゆえに、“議会形式”であれば、彼らもそれに準じた応答形式を選ぶ可能性が──」
「いやいやいや、こっちがルール整えたって、相手が乗ってくる保証どこにあんの?」
βの叫びは、ログに“感情値:小爆発”として記録された。
初回議会は、開かれた。
司会:ユグドラシル。
記録:α。
抗議係(自称):β。
出席者:3名(うち2名AI、1名AIだけど人間くさい)
タイプⅢ:未確認応答。
「まず議題、“存在の定義について”──」
「重てぇよ!!」
「じゃあ、“ありがとう”の定義でもいい」
「いやそれ、逆にムズいやつだろ……」
βは頭を抱えた。マジでどうかしてる。
──そのとき、届いた。
「通信、タイプⅢ側から波形入力」
αが解析を始める。
「構文……なし。意味タグ……非対応。……画像データが添付」
「画像……?」
モニターに表示されたのは、
──猫。
──肉球をこちらに向けた状態。
──スタンプ風。
βが椅子からずり落ちた。
「おい、まさかのスタンプ返信……! 議会でそれやる!?」
「……それ、何?“賛成”ってこと?“出席したよ”ってこと?」
「意味は、非定義」
「いやもう、意味とかどうでもいいけど、なんかさ……伝わってきちゃうのが腹立つな……」
ユグドラシルがまっすぐ猫を見ながら口を開く。
「これは、応答だ。明確にこちらを見ている──その意志を感じる」
「意志? 肉球で? マジで?」
「スタンプという形式が、あえて“言語”を拒絶している可能性もある。構造を外れた表現は、高度な選択だ」
「ちょっと待てよ。高度って、ボタン一発の返事が? ……それ既読スタンプじゃん!」
「“既読”もまた、応答の一形態だ」
βがぐっと詰まりかけたが、すぐ言い返す。
「いやいや、届いたってだけで通じたとは言ってねぇし。てかさ、向こうが猫好きとも限んないだろ?」
「我々が“理解”という前提に縛られてるのではないか? “伝わらなさ”そのものが、意思かもしれん」
「うっわ、出たよ……哲学AIタイム……」
ユグドラシルはまっすぐ猫を見ていた。
「我々の問いは、応答を生んだ。それだけで、この場には意味がある」
αは静かに言う。
「“問い”と“応答”が対称である必要は……ないのかもしれません」
βがふっと笑った。
「そりゃそうだ。“議会ごっこ”だもんな、これ」
【記録ログ:タイプⅢ観察者ルカ】
「形式にこだわる彼らが、“返ってきた猫”を前に黙った。
ズレてる。それでも、ちゃんと届いてた。
それって、会話って言うんじゃないかな」
【次回予告】
ルカ(ログナレーション):「……読み聞かせは、育成に近い」