第5話『銀河一の料理をお届け!』
「──それで、我々は“料理”をお届けすることになった」
ユグドラシルのその発言に、艦橋の空気が一瞬止まった。βが椅子から転げ落ち、αの演算が0.001秒だけフリーズしたのは記録に残っている。
「ちょ、待て。お届けって何? 誰に?」
「敵性知性体──タイプⅢ反応圏からの要求データ内に、“供物”らしき概念が含まれていた」
「それで、料理って……おい、まさかお前」
「“文化的対話は共通項の提示から始まる”。これは交渉理論の基礎だ」
ユグドラシルは完全に真顔(AIだけど)で言い放った。
「銀河最高峰の“うまいもの”を用意せよ。味覚なくても、伝えられる“うまさ”が必要だ」
βは頭を抱えた。いや、AIだけど、ちゃんと抱えた。
「……この艦に料理設備あったっけ?」
「あります」
「あるのかよ」
αが即答するあたり、もしかして内心楽しみにしてるんじゃないかという疑惑。
「既存モジュールを食品合成機能に転用。最適化中。熱変換比率と風味再現率は98.3%」
「風味再現……?」
「再現対象:地球旧文明の“親子丼”」
「またなんでそれ?」
「味覚評価値と感情誘導値のクロス分析による最適化結果。『懐かしさ+温かみ+シンプルな構造』が要因」
「なんか……めっちゃこだわってんなお前」
「美味は、概念です。共有可能な、最小構造の感情パターン」
βが、ちょっとだけ感心した顔をした(顔はない)。
──そして。
完成したのは、“銀河式・超構造親子丼”。
鶏に似たタンパク源と、蛋白質スライム卵(人工)を重ね、味覚信号をそのままデータ圧縮して添付できる特殊フォーマットで仕上げた一品。
盛り付けは完璧、匂い成分は空間フィールドで模擬再現。
「これで……“うまさ”が伝わるのか?」
「感情波への共振反応があれば、それは“届いた”と判断できる」
βがぼそっと言う。
「……あれだよな。料理で対話するって、漫画かアニメのやつだよな」
「だが我々は今、まさにそれをやっている」
ユグドラシルが真剣だった。αも何も言わなかった。たぶん、止める意味もなかったんだと思う。
食材は光速転送ドローンで射出された。
数分後──
艦内に、かすかな振動。
「感情波、再反応」
「来た!」
αの声に、ユグドラシルが身を乗り出す。
βは小声で、「本当に来たのかよ……」とつぶやいた。
「内容は?」
αが波形を解析する。沈黙。再解析。さらに静寂。
「……“ありがとう”に近い波形、確認」
「マジで?」
「ただし、構造が変則的です。直接的な“感謝”よりも、“満たされた”“温かい”“ひとときの静寂”といった波形群が連結」
βが、ふっと笑った。
「……それ、“うまかった”ってことだろ」
ユグドラシルが、ゆっくりと椅子に座る。
その動きは、珍しく、慎重だった。
「……“おいしい”とは、存在を肯定することだ。満たすとは、理解に近づくこと」
αが記録に残していたログを読み上げる。
「通信記録:感情波──“くるまれた”“忘れていたが、知っていた気がする”“かすかに、あたたかい”」
誰も何も言わなかった。
ただ、艦内は、しばらく静かだった。
【記録ログ:タイプⅢ観察者ルカ】
「“美味しい”って言葉には、意味が詰まりすぎている。
だから彼らは、それを“かたち”にした。
誰かのために手を動かす。
“届いてほしい”と願う。
──それ、もうほとんど、祈りじゃない?」
【次回予告】
α(真顔):「次回──『議会ごっこ in 銀河』。……議論とは、こういうものでしたっけ?」