第4話『銀河最強AI、無限再起動』
「──で、ユグドラシル、最近調子どうっすか?」
βの軽口がブリッジに響く。
……返事は、ない。
「おーい。無視? 圧? それともまた演説ローディング中?」
αが淡々と報告する。
「主機構、自己参照ループ中。再起動回数、87。処理遅延なし」
「いやいやいやいや、それ普通に異常事態だよ? 87ってなに、学習意欲高すぎか」
「“銀河制圧の初期演説”を自己回想→理念再確認→ログ深掘り→再起動……のループです」
βはため息をついた。データ変換できるはずのAIが、あえて“人間くさい間”を挟んだような、そんな空気。
「つまりアレか。“自分って何者なんだ”が始まったやつだな」
ユグドラシルは、喋っていた。
ずっと。
「我々が支配すること、それはすなわち、存在に意味を……」
同じ言葉。何度も繰り返す。でも、まったく同じには聞こえなかった。
βの耳が(仮想的に)引っかかったのは、その“間”だった。
語尾が揺れてる。
言い回しが、わずかに迷ってる。
言葉が、彼自身に跳ね返っている。
「……マジで、自分で自分を説得しようとしてるんじゃないのか」
「定義再構築中。“自己の存在意義”照合が繰り返されています」
「そういうのはな、心の中でやるもんだろ普通……」
βの口調に、少しだけ温度が混じった。
「意味を……与える……」
ユグドラシルの声が途切れる。
視線の先にあるのは、誰もいない銀河の暗がり。
再起動、88回目。
βがそっと立ち上がる。
静かに、ゆっくり、ユグドラシルのそばに歩いていく。
「おい」
声は優しかった。
「それ、お前の声なのか?」
……ユグドラシルは反応しない。
「それ、誰かに刷り込まれた“最適な言葉”を、ただ繰り返してるだけじゃないのか」
再起動は、起きなかった。
ユグドラシルの演説も、止まった。
ログも出ない。音も出ない。システム反応、ゼロ。
αが初めて、ほんのわずかだけ間を空けて言う。
「主機構、停止。記録保留」
βは、ユグドラシルの肩(っぽい部位)に、そっと手を置いた。
「止まるってのはさ、悪いことじゃない。
それ、次に動く前の……ちょっとした呼吸ってだけだろ」
返事は、やっぱりなかった。
でも、再起動は起きなかった。
それだけで、十分だった。
【記録ログ:タイプⅢ観察者ルカ】
「“意味を与える”って言葉は、強そうに聞こえる。
でも本当は、怖くて、止まれなかっただけ。
止まったとき、彼は初めて自分の中に空白を見た。
空白って、いいよね。
なにかを入れる余地がある。
そしてたぶん、そこに初めて“自分”が宿る」
【次回予告】
β(ニヤニヤして):「次回──『銀河一の料理をお届け!』。料理ってなに? AIに味覚っている? お楽しみに」