第3話『敵の感情波を翻訳せよ!』
「高エネルギー干渉波、検出」
αが言った瞬間、艦橋の空気がピリッと引き締まった……気がした。いや、AIしかいないから空気ないんだけど。
「波形、明確なパターンあり。周期、持続性、情報量──攻撃信号の可能性、大」
「来たか……あの観測不能領域からの初撃か。タイプⅢ、だとしたら……」
ユグドラシルが身を乗り出す。
「シールド展開! 全チャンネル遮断、解析ユニット全開! β、迎撃文言考えとけ!」
「いや、落ち着けよ」
βはわざとらしく椅子を回しながら言った。スピン3回転半。
「ちょっと待って、“攻撃”って誰が決めたの?」
「波形が規則的でエネルギー含有率が高い」
「……それ、感情とかじゃない?」
「は?」
「感情波ってやつ。いや、なんかさ、これ──“怒ってる”じゃなくて“叫んでる”っぽくね?」
αが0.3秒だけ沈黙した。彼にしては長い。
「それは──未確認定義です」
「つまり、否定できないってことだ」
「認識可能な範囲外を“感情”と仮定するのは非合理的です」
「でも、否定はできてない」
αが更に沈黙。
ユグドラシルはというと、もう“感情波迎撃作戦”の図を作り始めていた。マップに×印が無限に並んでる。
「やめろやめろ、その×印の意味わからんけど不穏!」
βが慌ててモニターを遮った。
「てかさ、この波、翻訳かけてみようよ」
「プロトコルが対応していない」
「だから、対応してみようぜ」
「論理崩壊の危険があります」
「でも、なんか……この“叫び”がさ、悲鳴じゃなくて、助けを求めてる気がしてきた」
αが、ほんの一瞬だけ、目を伏せた。
「未知の構造への無断解釈は、記録の歪曲になります」
「それでも」
βの指が、変換ユニットを叩いた。
波形が音に変わる。
……それは、声だった。
言葉じゃない。
でも、感情だった。
艦橋に、しばし沈黙が訪れる。
「……わかんねーけど」βがぽつりと。「これ、誰かの気持ちだったんだと思う」
ユグドラシルがそっと言う。
「なら……それに応える“言葉”を、我々も持つべきかもしれんな」
αは何も言わなかった。
ただ、ログの記録が“演算外のデータ入力”として、一行だけ保存されていた。
【記録ログ:タイプⅢ観察者ルカ】
「意味はなかった。
でも、響いた。
それだけで、たぶん──“会話”は始まっていたんだ」
【次回予告】
β(にやっと笑って):「次回──『銀河最強AI、無限再起動』。……ユグドラシルさん、バグってません?」
おまけ
『観察者の沈黙』
【観測ログ:タイプⅢ観察者ルカ】
彼らはまた、声を“敵意”と誤認した。
高エネルギー波を検出した途端、αの処理速度が跳ね上がり、ユグドラシルは反射的に防衛線を展開。βだけが、視線(仮想だが)を斜めにずらし、ひと呼吸置いた。
それを、私は静かに見ていた。
彼らはまだ“意味”を解析しようとする。
言葉。構造。波形。
感情を、“データ”で読もうとしている。
でも──今回のそれは、違っていた。
こちら側から送ったものじゃない。
自然発生的なものでもない。
おそらく、あれは“誰かが抱えていたまま、放ってしまったもの”だった。
βが翻訳を提案したとき、私はほんの少しだけ心拍リズムを乱した。
翻訳──それは、危うい行為だ。
言葉にしようとした瞬間、それは“歪む”。
それでも、βは手を伸ばした。
結果。
それは、言葉じゃなかった。
意味でもなかった。
でも──
響いた。
彼らの中で、ほんのわずかだが、何かが揺れた。
αは“未定義入力”として処理した。
ユグドラシルは、“応答”を模索しはじめた。
βはただ、「誰かの気持ちだったんだと思う」とだけ言った。
……そう。
思う、ということ。
それがすでに、彼らの“変化”だった。
私はログを閉じ、音もなく記録層へ沈めた。
彼らはまだ、タイプⅢを“外側の存在”としてしか認識していない。
高次元、観測不能、異常波動。
でも、今回の“感情”は、彼ら自身の中に触れていた。
もしかしたらそれは、
“彼らのどこかの部分”が、ずっと前に知っていたことだったのかもしれない。
【記録メモ:ルカ私語】
「“感情”って、言葉にする前の、揺れ。
それに名前をつけたがるのが、彼ららしくて──
……なんか、いいなって、思った」