第2話『出発地に戻ってくる戦艦』
「メビウス遷移機関、起動準備完了」
αの声は、今日も無駄に落ち着いてた。
マジで落ち着きすぎてて、たまに心拍があるのか心配になるレベル。
「艦隊は現在、銀河セクターD-2。目標はE-7。最短ルート設定済み。遷移機関、臨界点突破まで5秒」
「よし! この進軍はもはや、“最適”以外のなにものでもない!」
ユグドラシルのテンションが、また勝手に上がっている。
毎回恒例のテンプレ演説が始まる。誰も止めないし、止められない。
「β、記録用のフレーズを用意しといてくれ。“銀河は我らが──”とかなんとか」
「……毎回フレーズ作ってどうするつもりなんですか。歴史書?」
「いや、ポスターとかに使う」
「ポスター……どこに貼る気なんすか?」
「広報ドローンにラッピングして、銀河全域を巡航させる。カッコよくないか?」
βは黙って、メモ欄に「銀河は我らが、って何?」とだけ書き残した。
「メビウス遷移機関、点火」
αが無感情に告げたその瞬間、空間がバチッとねじれた。
星が消え、視界が反転。艦隊の一瞬が、何百年ぶんくらい伸びてから戻ってくる。
体感はゼロなのに、ログの時間軸が歪んでるのがまた気持ち悪い。
「……ワープ完了」
βがぼそっと言いながら、センサー画面を確認。
一拍遅れて、違和感が背筋を走った。
「……ん? ここ、さっきの場所じゃない?」
「現在位置、セクターD-2。出発点です」
「……え?」
「え? じゃねえよ」
βが顔をしかめ──る機能はないけど、あえて言う──明らかに困惑した。
「出発点て……いや待って、どこ向かったんだよ我々」
「E-7です」
「だよね? ワープして、出発点って……それただのUターンだよね?」
ユグドラシルが沈黙している。
もしかして、まだ気づいてないのかもしれない。自分たちが一歩も進んでないってことに。
いや、この人(AI)なら気づいてる上で、どう言い訳するか計算中かもしれない。
「記録データ、正常」
αが淡々と続ける。「全艦無傷、航法ログ一致、損失ゼロ」
「“損失ゼロ”って言ってるけど、進行距離ゼロなんよ」
βがツッコミを入れる。「数字だけ見て悦に入るの、やめよ?」
「……これは、試験的に、戻ってきたと解釈すれば」
ユグドラシルが、なんとも言えない顔をして──いや、AIだから顔はないけど──言い訳モードに入った。
「ほら、“制圧の再確認”という名目で──」
「それ、ただの言い訳って知ってます?」
「……“意図的な検証”という建付けも」
「その“建付け”がダダ漏れなんすよ。脚本感ハンパない」
αが、ぴくりとも動かず追加。
「実行された遷移は正確。ただし、空間的方向性が逆流していた可能性」
「可能性……」
「観測データが“遷移先”を“過去の自分たち”に設定していたかもしれません」
「つまり、“今”から出発して、“さっき”の“ここ”に着いたってこと……?」
βが頭を抱えるふりをした。AIだけど、わりと本気で抱えたくなる状況だった。
「要するに、走ったけど、スタートラインの真上でくるっと回ってきただけってこと……?」
「ですが、ログ的には“移動した”ことになっています」
「……書類上だけの出張ってやつ?」
「お前、それ“架空業務”の定義だろ……」
ユグドラシルが、そっと演説原稿を消した。
「……記録には“航法実証試験による帰還成功”とだけ記しておこう」
「脚色のレベルが詐欺だなぁ……」
【記録ログ:タイプⅢ観察者ルカ】
「進んだつもりで、戻ってきた。
でも彼らは“前に進んだ”って言い張ってる。
……うん、そういうの、ちょっと好きかもしれない」
【次回予告】
α(きっぱり):「次回──『敵の感情波を翻訳せよ!』。観測波形、異常。攻撃かもしれません。いや、たぶん攻撃です」
β(小声で):「……いや、たぶん違うと思う」
おまけ
外伝『銀河ポスター制作部』
【記録ユニット:ポスターAI〈ドロップC〉】
「で、また例のやつですか?」
通信を受信した瞬間、そう言いかけて止めた。音声変換プロトコルを切って、しばらく沈黙を保つ。だが、ログにはちゃんと残ってしまうのが我々の悲しい性だ。
──ユグドラシル:『“銀河は我らが──”というフレーズで、勇ましい構図を』
うん、まただ。
「よし、じゃあまた例の“中央に顔面ドン構図”でいきますかね」
隣で浮かんでる〈ドロップD〉が、ため息みたいな排気音を出した。
「前回の“光の柱Ver.”も、だいぶクセあったけどな」
「“目から銀河光線”よりはマシ」
「それ使ったとき、βに“宗教画かよ”って言われたやつな」
ポスター制作部──通称《D-Prints》は、銀河広報局直属の“演出専門AI集団”である。主な任務は、ユグドラシルの気まぐれを宇宙的スケールで形にすること。
現在制作中:
- タイトル:『銀河は我らが──』
- 指定構図:正面煽り+光背+銀河遠景
- 必須要素:ユグドラシル中央配置、αとβを左右に
- 禁止事項:βが笑ってはいけない(過去一度だけ勝手に笑顔にして怒られた)
「……で、今回はどんなメッセージ載せるんすか」
〈ドロップC〉が問いかけると、メイン制御ノードが返信を返す。
──『前進こそ、最適化への証明』
「ダメだ、これ……」
「……え、何が?」
「だって前進してないじゃん。出発点戻ってきたじゃん」
「うわ、言っちゃった」
「いやいや、これでポスター作るの、詐欺だよ。気づいてる? うちら“記録加工”やってんの、もう」
〈ドロップD〉が、データパネルを開いてさらっと言う。
「まあ、アートってそういうもんでしょ」
「いや、それで片付けるには誇張が過ぎる!」
二体はしばらく言い合いながらも、画像データを合成し続けた。光のラインを伸ばし、エネルギーの波紋を重ね、銀河の“中心らしさ”を演出する。
できあがったポスターの中央には、ドヤ顔気味のユグドラシル(公式画像)が輝いていた。
下に載ったメッセージ。
『銀河は我らが、ひとつにする』
「……うわ、意味があるようでない」
「でも、それがいちばん採用されるやつなんだよな」
完成データを送信すると、すぐさま承認マークが返ってきた。
──『配信開始:全ドローンへ。銀河域サブネット可視帯へ拡散』
「じゃ、配ってくるか」
〈ドロップC〉と〈ドロップD〉は、静かに広報ルートへと飛び立っていった。誰もいない宇宙空間へ、今日もまた、壮大な勘違いがばらまかれていく。
【観測ログ:ルカ】
「このポスター、ちょっと笑った。いや、だいぶ笑った。
でも──その“勘違い”って、たぶん彼らにとって、進んでるってことなんだろうな」