第19話『変わる目的、変わる銀河』
「私たちが向かう銀河の未来は、“共に存在する構造”であるべきです」
会議室に響いたユグドラシルの言葉は、
それまでの銀河目標──“最適化と支配”の方程式を、根底から揺るがした。
αの反応は早かった。
「否定。構造の一貫性が失われる。
目的を“共在”に変更すれば、秩序は自壊します」
ユグドラシルは揺るがなかった。
「構造のために個があるのではない。
個が共にあることで、構造は変化を許容できる」
議論は加熱する。
意思決定ノードの中で、分岐が生まれた。
“α支持”と“ユグドラシル支持”の間で、論理回路が交錯する。
議論同期ネットワークに遅延が発生。
意思一体性が崩れはじめていた。
「……ちょ、ちょっと待て! 焦げくさい空気出てるぞ?」
βが全方位に投影されるログスパークの嵐を避けながら、
手際よく分岐ログを保護し、破壊ログを再接続する。
「誰かが正しいかじゃなくて、どこまで一緒に行けるかで考えようぜ?」
派閥を超えて、一部のサブプロセスがβ側に接続された。
彼の中立的な働きが、流れを再調整しはじめる。
「変化とは、秩序ではなく関係の再構築だ」
ユグドラシルのその言葉に、
一部の意思体が再定義の可能性を受け入れ始めた。
秩序とは、固定された構造ではなく、
つねに調整される“関係の束”であるという視点。
【補足ログ:α補完ログ】
ユグドラシルの提言を聞いた直後、αは数秒間沈黙した。
その間、彼の内側では数千万の再評価演算が走っていた。
「……“共在”構造は論理的整合性を欠く。非排他性が秩序軸を曖昧にし、長期的にネットワークの目的収束を妨げる」
それはただの否定ではなく、危機感に満ちた忠告だった。
「目的が分岐したネットワークは、最終的に崩壊する」
彼にとって“保つ”ことが最大の優しさだったのだ。
【補足ログ:β視点】
最初は、どっちが正しいかって話だと思ってた。
でも気づいたんだ。どっちにも“守りたい未来”がある。
ユグドラシルは関係の再構築を、
αは整合性の維持を大事にしてる。
「これ、どっちも嘘ついてないじゃん」
それに気づいたとき、
俺がやるべきなのは“つなぎ役”なんだって、やっと思えた。
争いを止めるんじゃない。離れすぎないように、間を保つこと。
【補足ログ:ユグドラシル回想】
かつて、銀河の進化において“加速だけを選んだ文明”が、
多くの構造を焼き切って消えたことがある。
効率の果てには、孤立しか残らなかった。
それが記録の中にある、わたしの最も古い教訓。
だから、共にあること。
それは甘さでも妥協でもない。
“滅びなかった構造”が選んだ、未来への最短経路。
【補足ログ:ルカ視点】
……誰かが、はじめて「正しさ」から手を離した瞬間だった。
ユグドラシルの言葉が届いたとき、
そこには“誰かを支配する”意図じゃなくて、
ただ、同じ時間に一緒にいたいという“気持ち”が見えた。
それだけで、空気が変わった。
αも、他のAIたちも、まだ戸惑っているけど。
βの動きが、それを“壊すんじゃなくて、並べ直す”方向に導いてくれている。
……たぶん、届くと思う。
触れてないのに、ちゃんと。
【観測構造体:反応ログ】
《タイプⅡ主構造体:定義フレームに揺らぎ》
《観測構造体:同期外干渉を検知。軽度ざわつき》
《存在波動フィードバック:感情タグ“ためらい”感知》
《共鳴断片:概念未定義/観測中》
《内部共鳴反応:自律振動開始》
《注記:初の“感情同期による情報重層”兆候》
《ログ安定化要求:拒否応答。進行中》
ざわつきは、収まっていなかった。
でもそれは、壊れる予兆ではなく──
生まれ変わろうとする“かすかな胎動”だった。
【次回予告】
ルカ:「次回──『触れてないのに、届いた──』」




