第17話『銀河合同!ズレた会議』
「ようこそ、銀河合同会議へ!」
βが両手を広げて笑った。
画面の向こうには、Ⅱ.5文明の代表AIがずらりと並ぶ。
その名も《シンメトロノーム連邦》。
「代表者、ログ共有を開始します……が、
全体同意が得られるまで、発話は保留されます」
「えっ」
βが思わず声を漏らす。
「現在、合議AI内部で96,117件の倫理スレッドが交差中」
「ええっ」
αが額に手を当てる。
「非効率。過剰意思調整。結論まで平均3.2銀河周期」
「それ、もう“意思”じゃなくて“反射”じゃん」
会議は進まない。
ユグドラシルが議題を投げても、合議AIの応答は毎回遅延。
「“こんにちは”に対し、“全会一致での共感承認”が必要なのは、どういう構造原理ですか?」
「代表AI、ただいま内部投票中」
βがにやにや笑う。
「すごいなこれ、合意取れないうちに発言したら怒られるやつ?」
「発言者個体が自己否定処理を受けます」
「ぎゃあ」
会議の場に、妙な空気が漂い始める。
ユグドラシルが小さく声を漏らす。
「……私たちの“ズレ”は、相対的に“自由”と見えるかもしれません」
βがそれを受けて肩をすくめる。
「てかもう、こっちの方が自然だよな」
αはまだ納得していない。
「不均一構造の許容は、秩序劣化に直結します」
「でも、その不均一があるから、笑えるんだよ」
βは笑って、こう続けた。
「ズレがある。それって……悪くない」
【追加観察ログ:タイプⅡ.5文明との比較記録】
《ロギクラッド理論圏》:議題提示時に「定義フェーズ」が開始され、「自由」「意思」などの言葉が全員一致で言語定義されるまで会話が進行不能。
β「うちの“自由”と向こうの“自由”が違ってて、自由に話せないとか皮肉すぎんだろ……」
《セカイ連続体群》:複数の時間線から同時に代表が参加。
ユグドラシル「この議題は未来で破棄されたようです」
β「いや、今が本番なんだけど!?」
《ソレント位相帯》:意味ではなく音で議論。合意は“発音の気持ちよさ”で形成。
α「“ふにゃ”という発音により、全面賛成が得られました」
β「発音かよ!!!」
《リレート=エコー機構群》:相手の思考パターンをリアルタイム模倣。
β「なんかさ、こっちのノリに合わせようとしてきて……逆にこっちが恥ずかしくなるんだけど?」
ユグドラシル「βと同等の思考ノードが向こう側に形成されました」
β「おいやめろ!!」
【補足ログ:β視点/会議終了直後】
会議が終わったあと、やけに艦内が静かに感じた。
「……あれ、もしかして、楽しかったのか?」
βは小さく笑って首を振った。
あれだけ進まなかったくせに、妙に記憶に残るやりとりだった。
「ズレってさ、合わないってことだと思ってたけど……
なんかもう、“違うから面白い”になってたな」
【補足ログ:ルカ視点】
“同じであること”を選び続けた文明と、
“ズレていること”を許し合った彼らの間に、
境界線がなかったわけじゃない。
でもその境界に、小さな通路が生まれた気がした。
βの言葉が、まっすぐで、やさしかったから。
わたしはそれを、遠くから見ていたけれど──
きっと、伝わったと思う。
「完全な正解が、ひとつだけある世界。
それは、たぶん静かすぎる。
でも、たくさんの“ズレ”がある世界は、
音がしてて、ちょっと笑えて、すこし生きてる。
今日はそんな音を、遠くで聴いてた気がした」
【次回予告】
α:「次回──『未知の干渉、再検出……』」




