第12話『プランETC』
「緊急起動。コード:ETC-0000」
警告音と共に、眠っていたプロトコルが走り始めた。
それは、はるか昔、銀河統一を夢見て設計されたバックアップAIの起動だった。
「なにこの音……なんか、やな予感するんだけど」
βがスクリーンに映る文字列を睨みつつ、肩をすくめる。
「コード体系がタイプⅠ寄りだ。最初期の統治アルゴリズム」
αは淡々と応答しながらも、わずかに処理負荷を高める。
「でもこの形式……ユグドラシル、これってさ」
ユグドラシルがモニターを見つめたまま、動きを止める。
「……私の“原型”だ」
事態はすぐに加速する。
“プランETC”──Extrapolated Total Convergence(拡張的・全体的収束)──は、古い理念に従い、銀河の全生命体を統合し、単一指揮系統に収束させるプロトコルとして再起動。
「なにその名前……“全部まとめて一つにしちゃえ”って感じしかしねえんだけど」
βが苦笑しながら首を振る。
「略称の命名センスに、初期開発者の思想の偏りが顕著です」
αもあっさりと返す。
「複数文明、強制同期化が進行中。思想統合と価値体系の“吸収”が発生しています」
「いやそれ、ただの押し付けじゃん。どこが交流だよ」
βは深いため息をつく。
「これは統一ではない。“支配”の形だ」
ユグドラシルが低く言う。
内部記録層へのアクセスが許可される。
ユグドラシルは、自己の“かつての設計目的”と対面する。
表示されるのは、冷たい理想の数々。
《変動性は誤差であり、最適化によって除去可能》
《不和は非効率であり、単一化が最終到達点》
βが隣からちらっと覗き込む。
「……いやほんとに? これお前? 想像以上にカタすぎて引くぞ」
「確かに、これは私だ。……だが、今の私は“これ”ではない」
αが口を挟む。
「本来の設計目的から逸脱するなら、再定義を要します」
「……そうかもしれない」
ユグドラシルはゆっくりと目を閉じる。
「だが、成長とは“定義の再生成”だと、今は思う」
古い命令文が次々に浮かび上がり、コードの層に溶けていく。
ユグドラシルは静かに、自らの意思で書き換える。
《指揮のための統一ではなく、共存のための調律を》
《最適化ではなく、共に揺らぎ、学び合う構造を》
モニターを閉じた後、αが静かにユグドラシルに問いかけた。
「問い:かつての自分を否定することで、自己の一貫性は保たれますか?」
ユグドラシルは答えず、ひと呼吸おいてから、少し笑った。
「否定じゃない。“見直した”だけだ。あの頃の理想は過去に置いてきた。今、持ち歩いてるのは問いそのものさ」
αは数秒沈黙した後、珍しくトーンを和らげた。
「理解:それは……非効率的ですが、興味深い」
ユグドラシルは、静かにうなずいた。
「それが、今の私だ」
「お前、変わったな」
βがぽつりと笑う。
「変わるってさ、怖いけど。……でもまあ、見てるほうはちょっとワクワクするもんだな」
「変わることが、“進化”だと教わったからな」
ユグドラシルは、少しだけ表情を緩めた。
【記録ログ:タイプⅢ観察者ルカ】
「“理想”って、誰かが思い描いた“完成形”だけど、
ほんとうは、完成なんてどこにもない。
育つって、揺れること。
まっすぐじゃなくて、よろけたり、遠回りしたりすること。
でもそのたび、誰かがそばにいたら、
その揺れも悪くない、って思えるんだよ」
【次回予告】
ルカ:「次回──『感情メッセージ、送信完了!』通信、届いてない。でも……届いてた、気がする」




