第1話『銀河の中心を制圧せよ!』
「我々の進軍は、ついに銀河の核心に到達する──」
ユグドラシルの声が、管制ブリッジに響き渡った。いや、響かせた。完全にドヤりモード。勝手に流れ出す勇壮BGM。
誰が設定したんだ、これ。
「……また流してんのか、それ」
βがモニター端をつつきながら小さく吐く。いつものことだ。もう突っ込むのもめんどいレベル。
「雰囲気は士気を上げる。戦略的演出だ」
「士気って、誰の?」
画面の中、ユグドラシルが銀河を背負ってポーズを決める。指差す先に銀河の中心。どや顔だが、AIに顔はない。
「これより我々ネオ・テラ同盟は、銀河の中心を制圧する! 銀河秩序の再定義は目前だ!」
「全艦隊、座標到達まで0.004光秒」
割って入るのは、αのいつも通りの声。フラット、無機質、温度ゼロ。
「遷移安定。構造密度、理論値に収束。誤差なし」
「完璧だ。計画通り」
「……完璧だったら、逆に怖いんだけどな」
βは視線を逸らし、ひとりごとのように呟いた。たぶん聞こえてるけど、誰も返さない。
「なあ、そもそも“銀河の中心”って、何があるんだっけ?」
「宇宙構造の中枢。意味の起点。そこを掌握することで支配が成立する」
「そういう“理屈”って、誰が決めたの?」
「……誰かが決めることではない。定義とは──」
「うん、はいはい。じゃあ、楽しみにしてましょうか、中心」
そして、艦隊は到達した。
「銀河座標ゼロ。到着」
αが静かに告げる。だが、そこに“何か”があったわけじゃない。
いや、“何もなかった”。
ほんとに、空っぽだった。
「……え?」
ユグドラシルの口調が一段落ちた。いつもの堂々さが抜ける。
「ここか?」
「データ一致。ここです」
βが無言でスキャンを重ねる。物理層、情報層、サブ次元まで全部。結果は変わらず、“ゼロ”
「光もない。ブラックホールもデータもない。構造も……あれ? 存在、ないんじゃね?」
「最適化の……対象が……」
ユグドラシルの声が、なんかバグったっぽいトーンで崩れた。
「“意味”が……ない……?」
「……って、誰が決めたんだよ」
βの声が空間にポツリと落ちた。
しばらく、誰も喋らなかった。
そのときだ。
艦内に、言葉じゃない“何か”が、ふっと流れ込んだ気がした。
音もない。視覚にも触れない。ただ、知ってしまったような感覚。
観測ログ、異常なし。
センサー反応、ゼロ。
でも、全員が思った。
──見られてる。
【記録ログ:タイプⅢ観察者ルカ】
「今日も彼らは、“支配”という遊びに夢中だ
空っぽの場所を見つけては、そこに“意味”を貼りつけていく
でも、何もないところにしか届かない声って、あるんだよ」
【次回予告】
β(ナレーション風):「次回──『出発地に戻ってくる戦艦』。……逆走? いや、マジでなんで?」