悩みも過ぎてしまえば思ってたより単純なもの (4)
とはいえ……現状やることは特に無い。
監視対象の男は不自然なほど大人しく、保護対象の子供たちは何が起こったか知ることも無く眠り続けている。
ちゃんと意識はそちらにも割いているが、どうしても思考が渦を巻くように頭の中を巡ろうとする。
……もしかしたらこの修道士の男も、抵抗しない、のではなくできない、ということだろうか。
取り押さえる現場にはアリアとエステルがいた。魔術や奇跡によって、物理的にだけではなくそうした拘束など行われている可能性もあるのだろう。
聖剣がチカチカ光り、曖昧な肯定の意思が届く。……これはどっちの意味だ?
正確な意思疎通ができるなら、そういう魔術や奇跡、魔物の魔法などの判別も巧く行うことができるんだろうが。
やはり、まだ俺は勇者として未熟らしい。
……そう、勇者。ああそうだ、俺は勇者にならなければならない。
でも、そのために、俺は何をしたらいい。どのように振舞えばいい。
俺は、あいつの勇者になるために、何ができる……?
「お悩みの様子だね」
誰かが近づいてくる気配がした。敵意は感じず、聖剣にも反応はほとんどない。
そこにいたのは修道女のような恰好をした、浅黒い肌で活発そうな印象の、少年みたいで小柄な少女。
俺が少し怪訝な表情をしてしまっていたのか、少し笑いながら立ち止まり、アリアも持っている教会の司祭印を取り出して見せてくれた。
アリアが呼んだ応援の聖職者だろうか。
この場所での出来事を考えるとそれだけで信用するのは危ないようにも思えるが、どことなくアリアに似た雰囲気があり、聖剣の反応からも問題なさそうに感じる。
まぁ見た目はアリアと似ても似つかないが。体型の特徴だけ見たらむしろあいつに似てるな。非常に薄い。
顔はかなり整ってるが、流石にそこはあいつには勝てないか。さっきの偽修道女は顔だけならあいつ並だったが。
……って、いやいやダメだろ俺。こうやっていちいち値踏みするような考えはあいつにもこの子にも失礼だ。
女性が多いパーティで禁欲気味の生活が続いてるとはいえ、ここ最近思考がそっちに逸れがちだろ……本当に反省しないとな……。
「ふふふ、勇者くんも男の子ってことかな。そういう視線はバレやすいから気を付けた方がいいよ」
「え、ああいや、すまない」
「まぁ僕はむしろドンとこいだけどね」
いや近い。急に近い。
急接近され、思わず大きくのけぞって避けてしまう。
「はは。うぶだね。可愛らしい。それに報告には聞いてたけど中々端正な顔立ちじゃないか。……はぁ。今からでも僕が勇者担当ってことにならないかなぁ」
「……その、勇者というのはやめてくれ。というか、俺に構ってていいのか? アリアの応援に来たんだよな?」
俺を見て勇者と言ったということは、少なくとも法国の関係者だろう。アリアは俺と聖剣のことを定期的に報告しているらしいし。
教国の人たちは俺を見ても特段反応は無かったから、俺についての情報の共有は教会内でそこまで細かくは行われてないようだが。
しかしとりあえず、審問のための応援ということは修道士の男に用があるはずだよな……?
というかこの子一人だけなのか? 応援にしては少ないのでは……?
「ああ、大丈夫だよ。時間はたっぷりある。周囲の敵性勢力が無いことは僕の感知の奇跡で確認済みだし、この男の無力化も無毒化もしっかりされてるようだからね。流石はアリア、抜かりない」
「……無毒化?」
「自ら口封じを行う可能性。自殺防止だね」
……思いつかなかった。
そうか、この男の背後に何か組織的な繋がりがあるなら、そういう可能性もあったのか。
「奇跡と、……魔術かな。とにかく抵抗の手段がことごとく排除されてる。大丈夫さ。これから考えるべきことは多いけど。そういった意味で言えば大乗ではないかな……」
「……」
「……ほんとやってくれたなぁこいつ。いろんな意味で最悪にかなり近い極悪じゃないか。あっちに知られることなくこっち側で対処できそうなだけまだマシだけどさぁ……」
修道士の男をじろりとねめ回すその顔は、かなり難しそうな表情をしている。当然のことながら、やはり教会としては大問題ということなんだろう。
俺には想像もつかないが、ここまでのアリアやこの子の表情からもこれがかなりマズい事件ということは多少理解できる。
「とりあえず審問のための聴取をさせてもらうよ。勇者……アルくん」
しかし、くるりと振り返ったその表情は場違いなほど明るく温かい様子を見せる。
まるで太陽のような、というより、太陽に照らされる大地のような。
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね」
不意をつくようにふわりと近づき、上目遣いで見上げてくる。
その表情は不思議と、聖職者とは思えないほど妖艶なものに思えた。
「改めて、初めまして。僕はテッラ。地を司る聖女……の、見習いさ」
・・・
「なるほど」
それから何分経ったか分からないが、一通りのことは話せたと思う。
「魔族との対話はあまり望ましくないけど、なるほどね。……でもそんなに気にすることでもないよ」
「……」
「結局、全てを受け入れられる正しさなんか存在しないんだ。少なくとも神ではない人間の身には」
「……」
「正しさとは救いではなくある種の裁き。区分して捌くということ。だから僕らはこの世界で生き続けるために、常に残される側の正しさを貫かなければならない。本当の救いとはそうした裁きの先にあるものだからさ」
「……」
「んー……、まぁ深く考える必要はないよ。どうせ考えなくても世界は回るのだから、無理やり答えを見つける必要もない。時間が勝手に答えを見つけて解決してくれることだってある。悩むことに悩んで囚われるなら違うことをする方が建設的ってね」
「……」
「まぁまぁ、これも年長者としての助言ってやつさ」
……話が難しく、あまり理解は出来ていない。
なにが正しいのか。何が正しくないのか。何ができるのか。何をしたらいいのか。
考えても仕方ないなら、考える必要はない。そういうことなんだろうか。
何となく違う気もする。意味が無いことは価値が無いということではないだろう。
あとどうでもいいけど、この子俺より年上だったんだな……。
正直エステルより年下に見えたんだが……。
「戻りました。……ずいぶんお早い到着でしたね、テッラさん。いえ、あまり時間を掛けるべきではないのでお早いに越したことはないのですが」
「やぁやぁそちらこそ早かったじゃないかアリアさんや。もっと調査に時間かけても良かったんじゃない?」
アリアたちが戻ってきた。が、早々に不穏な気配を感じる。
そういえば聖女見習い同士で、アリアはこの子のことが苦手と言ってたっけか……?
一緒に戻ってきたエステルも若干困惑している様子。
「……審問は完了したのでしょうか?」
「いや、まだだよ。先に勇者くんの聴取をしてたのさ。ちょっと手間取りそうだから審問するなら場所を変えたかったしね」
「悠長ですね」
「僕は拙速より巧遅を尊ぶのさ。知ってるだろ? まぁアックァなら手っ取り早く審問終わらせられたんだろうけど、あの子は魔神担当だしさ」
「そういう教国担当のあなたは伝令を受けられてから、即座に飛んでこられた様子ですが。現時点の仕事は問題ないのでしょうか?」
「問題ないさ。今、多少僕が抜けたところで均衡が崩れたりはしないようにしてあるからね」
「……」
「……」
両者ともに笑顔だ。
笑顔なんだが……雰囲気が何故か恐ろしい。
「あの、アルさん……? この状況っていったい……?」
「……いや俺もよくわからん」
そしてあの子……テッラとアリアの話し合いというか議論が始まったようだが。
教会の内部事情的な話を俺が聞いてもいいのか判断が難しかったので少し離れる。
いや、おそらく俺たちに聞かせても問題ない話しかしてないのだろうが一応念のため。
エステルも同じように考えたようで、俺と同じく距離を置くことにした様子。
「……」
「……」
そして二人で並んで、眠り続ける子供たちの様子を見ながら、考える。
エステルは、地下室での調査については何も語らない。語れないことも多いのだろう。
あくまでエステルは臨時のパーティメンバー。それにしては事情にかなり深入りさせてしまってるように思える。
エステルはこの件で何も言っていないが、流石に負担となってしまってるのではないだろうか。
どうすべきなのか。正しくあるべき姿として、俺は。
「……」
「……」
「……正しさ、か」
「……?」
「ああいや、何でもない」
「……」
思わず、言葉が漏れてしまった。自問自答がなかなか止まらない。
しかし俺自身、自分が何に悩んでいるのかも正直それすらよくわかってない。
いわば悩むことに悩んでしまっている状態ともいえる。答えが見つからないのは当然かもしれない。
テッラが言ったように、これも時間が答えを見つけてくれるのだろうか。
「アルさん」
「……? どうした?」
「アルさんにとって、一番大事なものって何です?」
唐突な質問。
訳が分からないが、エステルの表情からふざけている様子は見えない。
真面目に答えた方がいいのだろうか。
「……アルさん、なんかずっと悩んでますよね。この事件に介入することを決めてから。ずっとアルさんらしくない」
「……」
「いや、短い付き合いの私がアルさんらしいっていうのも変ですが」
「……そんなに変な様子だったか?」
「はい」
「……」
即答された。そんなに俺、変だったのか……。
自分では全然気づかなかったが……。
「魔術師心得。解決すべき問題は定義をし、単純にし、分割して対処すること」
「……?」
「特に定義、ですね。何が問題かが分かったら、その問題はほとんど解決したも同然ってことです」
「……」
「私にはアルさんが何に悩んでいるかわかりませんし、聞き出そうという気もありません」
「……」
「しかし、本当に大事なものが分かっていれば、正しさがその大事なものにとっての正しさかどうか、という点を第一に単純に考えればいいんじゃないでしょうか?」
「……大事なもの」
それはもちろん、あいつ。クーのこと。
……。
ああ、そうか。何を考えていたんだか。
俺は、あいつにとっての勇者になるんだから。
大事なのはあいつのための正しさ。勇者のための正しさじゃない。
そうか、そうだ。俺としたことが、何をバカなこと考えてしまっていたんだろう。
自分で決めた役割に囚われて、優先順位を見誤ってしまってたようだ。
俺は世界なんかどうでもいい。
ただ、あいつが笑顔になれる世界を作るため。
俺は勇者として、世界から魔族の脅威を取り払わなければならない。
結果としてついでに世界を救うというだけなんだ。
俺の願いは一つだけ。その時、あいつの隣にいたい。
それだけなんだ。
そうだ、そうだったろ。
どうせ、悩んでいる間に結果が出る。世界には残酷に時が流れ、結果を作る。
ならば一番考えるべきは、より単純明快で、最も大事で重い、思いの核にとってのこと。
他のことは分割し、その後で、その次に考えて好きなだけ悩めばいい。
「……そうか。そうだな」
「……」
「ありがとう、なんかスッキリした」
「……どういたしまして?」
はっきりとわかった。俺の願いの核は、この先、決して見失ってはならない。
エステルにお礼を言うと、何となく、本当に何となく、遠い目をされたような気がするが。
勇者としての迷いは晴れた。そう思えた。
……それでいいよな、聖剣。
・・・
<そんなの関係ねぇな聖剣ちゃん>
「なんか久々に聖剣っぽい仕事した気がする! ひゃっほう!!」
「とりあえず私は主のためなら! 何でもいいし何でもするよ!!」
(次回、魔女パート)




