私は勇者のことが気になって仕方ない魔女さん (4)
剣のように、杖を振るう。
それは究極の圧力。
分厚いガラスが割れるように、世界を隔てた壁に一本の亀裂を作る。
世界を隔てた術式は、二つに分かれて破壊され、魔力に還元され、音もなく消え失せる。
切り裂くという行為とは、つまり極小接触による割り込み。
概念の楔を打ち込むように、上位次元から存在をなぞる。
その接触を強制的に拡大することで、存在を割る。
……ちょっと何を言ってるか分かりにくいだろうけど、やってること自体は非常にシンプルだ。
ほころびが無ければ作ればいい。作れないなら作れるようにすればいい。
完璧を壊すには、たった一つの小さな傷があれば十分なのだから。
かつての私が作った、今の私でもこれを上回るものは作れない、芸術的な最強の結界術式。
とはいえ私も探求を怠ることなく過去より成長している。数年も経てば、破壊する手段も見つからなくはないわけだ。
……でもこれって他のほぼ全ての大規模禁忌術式すら完封するから、言うてもそんないくつも方法無いんだけど。すげーな過去の私。
ま、とりあえず終わったので思考統合……、一部破損してるのはデフラグ続行で。
しっかし限定的とはいえ、思考の三桁分割は少し疲れるね……。
院長ってやっぱ頭おかしいなと再認識するわ……。
これも便利な術式とはいえ、私でもそうポンポン使えるもんじゃないのよな。
実際普通に使うなら『空間分割』とかのがコスパは良いし。
「え? え……?」
そしてなぜか黒髪ちゃんに激烈ドン引きされてる件。
「なん、なの今の……?」
いや別にこの魔術、そんなドン引くようなもんでもなくない?
パッと見じゃ何してるかわからないだろうし、見た目はかなり地味だよ?
「…………」
そしてまた考えごとし始めてしまった。
もう、そんな眉間にシワ寄せて、可愛いお顔が台無しやで?
……うーん、まぁいいや。
それじゃま、何事も無かったわけだし、試験に戻るかなっとー……。
えっと、私ら交代で休憩してたんだっけか?
「お前ら! 大丈夫だったか!?」
振り返ったらなんか超焦った様子のイキリチャラ男とギャルがいた。
あれ、君ら仮眠中だったのでは?
「ゼフィールからいきなりお前らが消えたって聞いたから探してたんだ……! 無事なのか……!?」
「……」
「え、あ、うん」
少し離れたところには何かの番人みたいにあたりを警戒してるモリモリマッチョマンがいる。
あーそっか、なるほど。
そういえばこいつは仮眠側じゃなくてこっちにいたな……。
あのゴリゴリガチムチマッチョマンが知らせたってわけね……。
そんな何十分も掛かってないと思うし、割と早めに帰ってきたつもりだったんだけど……。
そういやそうだった。
先ほどお役御免になった隔離用結界くんこと『隔絶領域』という魔術は、あらゆる干渉を拒む絶対障壁。
つまり外からの観測も認識も一切できないので……これに閉じ込められると傍から見たら突然消失したみたいになるわけだ。
「そう……か。良かった。流石に試験用ダンジョンのトラップでそこまで危険は無いと思いたいが、魔物が普通にいるからな……少し心配した」
「えっと……ごめんなさい?」
なんだこいつら。意外と過保護か……?
私らそんな弱くは無いんだが? 見た目がか弱いせいか……?
そんでもって隣のギャルは何故か少し青ざめている。
どうしたどうした?
「ねぇ、ホントにあんたたち、大丈夫なの……?」
ギャルが恐る恐る、といった感じで問いかける。どことなく遠巻きに。
……なんだろう。私、どこか変だろうか?
大丈夫なはずだ。
大丈夫。私はいつもの私。
「……何があった?」
「……何もなかったよぉ?」
どう説明しようか一瞬悩んでたら黒髪ちゃんが口を開いた。
「えっとぉ、転移罠か何かで二人して変なとこに閉じ込められちゃった?って感じかなぁ……? それでがんばって脱出したって感じ?」
まぁ、色々ちょっと違うが説明としてはおおむね間違ってはいないか……?
最初も最後もやったのは私なんだが。
「だけど、えっとね、その時に……ちょっと二人でいろいろあって……。……本当にごめんなさい」
「だからいいって、私は何も気にしてないから」
黒髪ちゃんから改めて謝罪を受けたが、そこまで気にしていない。
うん。別に大丈夫だ。
疑われたり敵意を受けたり、そんなの、これまでいくらでもあったこと。
別に忘れてなんかいないし、とっくの昔に慣れっこだから。
あいつと、優しいみんなのおかげで薄れたように思えても、私に刻まれた烙印は決して消えることなんかない。
それを少しばかり、再認識しただけ。
「……疲れてるのか?」
「別に」
いや実際、ちょっぴり疲れたは疲れたが。
でも身体的な異常や疲労は『代謝制御』『肉体操作』やら『疲労留保』とかの魔術でどうにでもなるし。
精神的な異常や疲労も『思考分割』でリレー式にメイン思考を交代して休んでるから特に問題ない。
そう、私は無敵の魔女さんなのだから。チート万歳っ!
「……えっと……じゃあ私がお詫びに回復するね」
ん?
いや別に要らないというか、私は自分で回復できるし特にダメージもないので意味はないのだけど。
まぁでも、もう敵意のようなものも感じ取れないし、変に遠慮するのもちょっとアレか。
「私、癒すのは得意だから。『疲労回復』」
やわらかな光。
ほやーん、て感じのゆるふわな魔力が身体を包んでくれる。
うんうん、黒髪ちゃんの回復魔術、これはスタミナ回復系だね。
怪我とかより肉体的な疲労に作用するタイプの術式。
うん、悪くない術式構成だ。魔女さんポイント80点。
「……祝福を。耐え難き苦痛からの解放を」
うん……?
よく聞き取れなかったけど黒髪ちゃんが、ポツリと何かをつぶやいた気がする。
神力を感知したけど、術式に合わせて何かしたのか?
一応、防御術式にも情報術式にも特に何も異常ない。
むしろ、数値的には良いくらい。ほんのりとあったかい気持ちになる。
なんだろ、害は全く無いし……最悪保険もあるから別にいいか。
「あ、そうだ……依頼の話についてなんだけどね……」
そう、そうだ。さっきの話の続きで私が知りたかったこと。
これは、あいつの今の、唯一の手がかりだから。
「私、そっちの担当じゃないから詳しくは私も知らないんだ……ごめんなさい」
「……」
「……嘘じゃないよ?」
「……。そっか。ありがとう」
……。
……これに関しては嘘も誤魔化しもなさそうだ。
恐らく黒髪ちゃんは、本当に詳しくは知らないんだろう。
だけど、少なくともあいつの居場所を教会サイドで把握してたことは分かった。
それだけでもかなり大きな収穫だ。
そもそも、あいつのことを教会の人間が知ってるのは予想してたんだ。
あいつは女神の聖剣に選ばれた勇者。
いずれ女神教が接触してくるのは必然だったから。
教会については軽く調べたけど、決して悪ではないように思う。
ほんとは私の方が先に見つかるつもりだったから、先を越された形だけど。
きっと、神器の担い手として、悪いようにはされてないはず。
……うん。大丈夫。
……。
「……」
……。
あいつの影が、ようやく見えた。
だけど、やっぱり遠い。いや、近くにいたのに見逃してしまった。
いや、大丈夫。前よりずっと進展してるはず。
だけど、どうして? どうして私はこんなにも駄目なんだろう。
できることなら、せめて、一目だけでも見たかったのに。
そんな贅沢、今更思っても仕方ないのに。
全部、私の間抜けな自業自得なのに。
……あぁ。
「あいつ……いま……なにしてるんだろな……ほんと……」
……。
……?
……あれ?
「っ……」
え?
あ、やば、ちょ、まず、!
ん! んんんんっ! 『代謝制御』! 『肉体操作』!!
止まれ! よし止まった!
あー、びっくりした……。いやいや駄目じゃないか。
全部私の自業自得なのにさぁ。
こんなの、流す資格なんか無いんだから。
あーもう、顔もビチャついちゃったので適当に処理しといてっと……。
というかいつもは心の中だけにしてるのに、思わず思ってたこと口に出ちゃってたのも多分アレか……。
……黒髪ちゃんを見やる。
あの子、さっき何かやったよな……?
別に悪い効果では無さそうだったし、保険もたくさんあるからぶっちゃけ何されてもどうとでもなるっちゃなるんだが……。
一応、後でちょっと釘を刺しとこ……。
……?
「……わぷっ」
「ごめん、トゥール、ゼフィール。私、もうちょっと休むから、二人で見張りお願いできる?」
「了解した……」
「あぁ、任せろ。……任せたぞ」
う、うん……?
なんだ……? なんなんだ……!?
なんでいま私、ギャルに抱きしめられてるんだ……!?
というかなんか私には無い柔らかな母性の塊の感触がっ……!
正直嬉しさよりも、ちょいムカつくというか、複雑な感じがするが……!
……。
……なんか、あいつの抱擁とは少し違う。
そうやって比べるようなもの、じゃないけど。
これも、お母さんみたいで悪くはない……のかもしれない。
って何を考えてんだか……。
「ねぇ、あんたの言ってるあいつって、気になってる男のことでしょ?」
「え……あ……うん」
「聞かせてよ。さっきの、どんな罠だったのか分からないけど……吐き出せば少しは気持ち、楽になると思うから」
……。
……なんかこうしてると駄目になりそうだから優しくギャルを引き剥がす。
いや……客観的に見たらやっぱり私、気持ち悪い気もするんだが。
たぶんこういう時はそういう見方しない方が吉だと思うので……。
というか、その……、なんだか……。
恥ずかしいけど、ムズムズするけど……。
こういうの、なんだか悪くは無い気持ち、なのかも……?
……あっと、その前にちょっとやることあった。
優しく手を引こうとするギャルにお断りを入れて、少しだけ。
少し離れて考え事してる黒髪ちゃんにちょっと声を掛けに行かなきゃな。
……。
・・・
<水も滴る聖なる少女>
(……奇跡が通じた)
(そう、だから、使えば通る。でも、罪の影が見えたのに『告解の奇跡』が通じなかったのは、なんで?)
(それに、祈りが届かなくなるほどの異常な結界。私でも対処できないほどの魔術。そして最後の……。やっぱりいくらなんでも、さすがに危険すぎるよね……)
(たぶん、私たちの敵ってわけじゃない。だけど、女神さまの敵すらに成り得るほどの怪物……)
(正体はおおよそ掴めた。本質は無垢で、感情は明朗。透き通るように単純で、嘘はあっても悪意は無い。それは対峙してわかったんだけど……)
(どうしよ……わっかんないなぁ……これっていつもの審問討伐じゃないから私じゃ答え出すのが難しいかも……)
(とりあえず……法国のおじいちゃんたちに情報を持って帰らないと……)
(……あ、そうだ。情報といえば)
(あの聖剣の付属品の男、なにかに使えそ――
「ねぇ」
(ッ!?)
「もう変なことしないんだったよね?」
(え、なっ……、やっ、ぅ……!)
「私の敵じゃないんだよね?」
「…………うん」
「そっか、良かった」
(……)
(……)
(……私は水)
(固まれば断罪の刃、熱を受ければ天に昇る道標。どんなに揺らいでも形を変えて元に戻るもの)
(……ていうか別に揺らいでないもん)
(……)
(……。ちょっと物陰で『浄化の奇跡』使ってこよ……)
・・・
女神さま「zzz…………ん……? ぅぅん……」(n度寝)
(次回、勇者パート)




