私は勇者のことが気になって仕方ない魔女さん (3)
魔神。
……私にそんな呼び名が付けられていることは、一応知っている。
他の人がそう呼ぶことも、ちょっと嫌だけど私は構わないと思っている。
だけど私は、絶対に自分でそう名乗ったりはしない。
私は決して神などではない。私はただの、人間の魔女さんだから。
というか大体、魔神とか、カッコ悪いじゃないか。ダサすぎるでしょ。
死者を生き返らせることも出来ない。時間を巻き戻すことも出来ない。
何もかも、世界の法則に縛られてしまっている。
こんな、世界から何も逃れられない私ごとき、あまりにも烏滸がましい話。
いくらチートとはいえ所詮、私は人間に過ぎないのだから。
それに魔術の深淵はまだまだ底が見えていない。
私だって他の人から学ぶべきこともたくさんあるわけで。
弟子を取ってたりもするが、本来は人を導けるような立場じゃないのだ。
こんなやつが? 魔術の神?
はは、ご冗談を(笑)
……。
まぁとはいえ……。
魔神と呼ばれている存在を私は他に知らないので……。
それは恐らく、私を指していると考えていいだろう。非常に不服だが。
魔神について知りたいということは、察するに魔術師としての私について知りたいことがあるということのはず。
魔術師としての私について。
例えば……私が作った魔術についてとか?
帝国式魔術は私によって大幅に魔改造されており、他国の魔術よりは洗練されていると言ってもいいと思う。
そして黒髪ちゃんは教会の聖職者でありながら、かなり高度な魔術も扱うことが出来ている。
つまりこの子が例外でないのなら、教会が帝国式の魔術に割と寛容であり、普通に技術として取り入れようとしていると考えてもいいはずだ。
あるいは私が作った魔道具。
事実として、帝国が輸出している魔道具は法国にも流れていたと思う。ちゃんと確認はしてないけど。
ゆえにそうした魔術支援的なものを求めて魔術院や私に接触しようと考えるのも不思議なことではない。
まぁ実際のところ魔道具に関しては私が、というより私の術式をもとに魔術院全体で作ってるので私に聞かれても若干困るのだが。
肯定的に捉えれば聞きたいだろうことは、こんなとこかな。
ポジティブに考えれば、ともいう。
そして否定的、ネガティブに考えるのであれば、例えば政治的な話。
正直そういった面には疎いからちょっとアレだけど。
でも私という魔術師が政治的にかなり大きな存在になっていることは、客観的に見て分からなくもない。
正直、私単独じゃ大したこと出来てないと思うんだが。そこらへんは皇帝様の手腕よな。
帝国に対してアクションを起こしたいと考えた時、皇帝様やら他の政治的主要人物より、私の方が御しやすいと見えても不思議ではない。
また、私という魔術師は自他ともに認めている帝国の最高戦力だ。
そういう使われ方をしたことはほとんど無いが、ある、というだけで抑止力になっているのだろうとは思う。
だから帝国から私を切り離したい、という輩がいても何もおかしくはない。
……はてさて?
「魔神……クードヴァンドゥシエル。いきなり帝国に現れた謎の魔術師」
「デュ・シエル」
なんかちょっと発音が気になったので口をはさんでしまった。
私が皇帝様から賜った名前は、デュ・シエルなので。一応、訂正しておく。
「……どぅしえる」
「デュ、シエル」
「でゆ……」
「……」
「どゆ……」
「……」
「……魔神シエルの魔術。これがあまりにも非常識だったから」
……まぁいいか。
キリッとした雰囲気になっても相変わらず舌っ足らずな黒髪ちゃん。可愛いね。
「教会には魔術を専門に研究するところがあって、色々調べてるんだけど、ここ数年の帝国の魔術は本当に異常に見えて」
「……」
「それは魔道具にしてもそうなんだよ。どれもとても便利だけど、なんでいきなりこの形になったのかがよくわからない。段階を踏んでいない、そう思われてる」
「……」
「そしてわけもわからず優れているそれらが突然、帝国の世界的な立場を急激に押し上げてしまった。そのせいでとにかく教会の上のおじいちゃんたちがものすごく困ってる」
「……なるほど?」
まぁ実際、私はちょいちょい前世を参考に、時代や文化レベルにそぐわないブツをたびたび放出してしまってたりする。
それが一つの国から産出されまくってるわけで、そりゃ他の国とか組織からしたら、なんやコレ……?ってなるに決まってる。
いや、というか私的には、最初は割と身内向けに、こんなん便利やろ?って出してただけなはずなんだが……。
皇帝様とか院長らへんと、じゃあこれってこういう風に出来るんじゃね?みたいな雑談をし合ってるうちに企画化して、気づいたら仕事になってたというか。
これって私が悪いんだろか……? うーん……?
でも私の作った術式や魔道具が巡り廻って何か問題を起こしてたとして、それを皇帝様たちに責任転嫁するのもちょっと違うような……。
そもそも私が作らなければ問題起こってないわけだし……。
「とにかく、いまや魔神は、教会の最重要調査対象の一つ。でも調べても情報があまり出てこない。確かなことでわかってるのは元冒険者で、皇帝の護衛に就く以外はずっと帝国魔術院にいる、ということだけ」
「……」
「その、冒険者だったってことについての情報もはっきりしない。ギルドに当たってもなかなか情報を見せない。だから魔術院に当たるしかなくて、私が魔術師のフリして色々調べてたんだよ」
ふぅむ……?
ていうか私ってそんな謎の人物だったのか……?
たしかに人前に出るときは本気ローブ着てフード被ってるからあまり露出無い。
外で使う魔術も皇帝様リクエストで派手めなものが多いからそっちに目が行くのもあるんだろうが。
……。
……まぁいいや。その辺はあとで考えよう。
「魔神の正体。仮説としては、複数人の魔術師が合同で名乗っている、というものが有力だった。魔神の実績はとても個人の魔術師のものには思えなかったから。だけど……」
言葉を溜める黒髪ちゃん。
薄暗い結界内を見渡し、振り返り、そしてこちらを見据える。
この『隔絶領域』には、今のところ、私たち以外の何もない。
キョロキョロしても別に見るものも無いんだけど……?
「……」
「?」
「……手間は減ったけど懸念がとてつもなく増えちゃった……頭がいたいなぁ」
どういうこと?
「とりあえず、聞いても答えに意味は無いけど、聞くことに意味はあると思うから、確認」
「……?」
「魔神って本当に人間?」
「人間だよ」
即答する。
私が人間かどうか。魔物じゃないのかどうか。
もう、とっくの昔に答えは出ている。人間だ。
私は私のことを信用できなかった。だから徹底的に調べた。
人間じゃないという証拠を、何度も何度も、隅から隅まで調べ尽くした。
だけどそんなの、どこにも無かった。完膚なきまでに人間でしかなかった。
もしも人間じゃなかったら、我慢する必要は無かったのだろうか。
村にいた時にそう思ったことも、無くは無い。
とはいえぶっちゃけた話。
あの頃の自己解析の精度は甘かったから、今でもたびたび私は自分の身体を調べ直している。
ここ数年で魔族のサンプルも色々手に入ったので比較研究がしやすくなったというのもある。
それでも私は人間のままだった。
……本当に? 本当に私は人間なのか?
それは間違いなく証明できるのか?
例えば、魔族という魔物。それがどういう形で発生するのかは分かっていない。
魔族が語る話は大体信憑性が無い。聞く意味はあまりない。恐らく当人たちもよく分かってないんじゃないか。
魔王が関わってるのは間違いないが、そもそも何故こんなにも人間に近い存在なのか。
だから分からない。
今の私は人間。だけど分からない。
限りなく人間に近い魔物、魔族。
その発生の原因が分からない以上、未来の私が魔族でないという証明にはならないから。
未来は未知で、未知は恐怖。恐怖の未来は悪夢そのもの。
だから何度だって私は、私が人間だと確かめなければ気が済まない。
……まぁおかげさまの副産物として人体に作用する魔術なんかも色々できたわけで。
いいとこ探しをすれば悪いことばかりではなかったというかなんというか。
代謝を弄って甘いものもいっぱい食べれるし。疲労も無視して寝ないでも平気だし。
あと性別が変わって一番困りそうだったそういう生理的なものも調整してるし?
あ、いや、一回来てちょっと思ったよりしんどかったので……これ別に要らんやろと……。
とにかく、魔術の知見も広がったのでひとまず結果オーライ的な?
「……ふぅん。そっか」
なんだかよくわからんが納得した様子。
さっきから私の顔をじっくり見てるが、私の表情筋は死んでいる。
見てても何の変わりもないはずだが。
「うーん。大誤算だったけど、結果的には……確定要素は無いけどたぶん間違いないし……おじいちゃんたち納得するかなぁ……」
ブツブツ考え事し始めて手持無沙汰なのでなんとなくほっぺムニムニしてみる。
特に意味は無い。
……なんか何してんだこいつみたいな目で見られた。なんでや。
そして、ふっ……とアンニュイな雰囲気でため息を吐かれる。
敵意みたいなのはだいぶ薄れた様子だけど、ちょっと納得いかない件。
「……ごめんなさい。あんまりにも怪しかったから変な風に疑っちゃった」
「あ、それはいいけど。仕事だろうし」
私が変に疑われることは別にどうでもいい。実質ノーダメだし問題ない。
そもそもなんで疑われてたのかはよく分からんが……。
「というか私、どこか怪しかった……?」
気になったので流れで聞いてみる。
考えてもわからんことが確定してるならさっさと聞くが吉。
「……本気で聞いてるの? 大丈夫?」
なんでや。
本気でダメな子を見るような目で見られた。なんでや。
私この子より遥かに年上だが? 肉体年齢的にも普通に年上だが?
そのなんか、まじアホだなぁこいつ、みたいな目は何ですか?
いや、実際私は意外にもアホではあるんだが。
主にコミュニケーション的な部分で。でも陰キャではないぞ。
そして問いかけは思いっきり無視されて、キョロキョロしながら右往左往する黒髪ちゃん。
「えっと……ごめんなさい、あなたは敵じゃなかった。もう変なことしないから、この結界を解除して欲しいんだけど……私が見てもよくわかんなかったし……」
「? 解除とかできないよ?」
「……は?」
別にやりたくないとかじゃなく、解除方法が無いからやれないって意味。
大体この隔離用結界くん、本来の用途は牢獄だし。中から開けれたら意味ないじゃん?
だからこれ、私の保有魔力が術式の最低維持魔力を下回るまで常時発動し続けるんだよ。
「私が魔力切れになるまで結界はずっとこのまま」
「は……? え? は? え、それってどれくらいの時間なの……?」
「一週間くらい?」
マンガみたいに、ポカンって顔してる。この子おもしろ。
「え、えぇ……うそぉ……自分ごと閉じ込めてたってこと……? ばかなの……?」
誰が馬鹿やねん。
というか別に解除の方法が無いだけで、出れなくはないぞ?
もちろん昔の私には不可能だったけど、今の私にはそれなりに手段もある。
……この中と外は全く違う世界なので、時間の流れとかも違ったりするんだけど。
試験中だし流石にそろそろ戻った方がいいよなぁと思うし、そうだなぁ。
「一週間も一緒……えぇ……あぁ……どうしよ……」
「じゃあ今から出る」
「……え?」
今から使うのは、とある禁忌術式。私の持つ最高峰の術式の一つ。
基本的にバレたら怒られる禁忌術式の中でも影響範囲がかなり小さく、使用がバレることもほぼ無いので実はちょくちょく実験や研究に使ってる超便利魔術なのだ。
思考分割、並列演算……。
デフラグ中の私ちゃんズは脇に置いといて、二百くらいあれば足りるか……。
頭がギリギリっと痛むけど、これも別に無視できるので問題ナッシング。
光の魔力を励起させ、無を空白に、零を極小に。
あらゆる存在を二分する、存在しない究極の刃を。
術式展開。さぁ、世界を切り裂け。
──『万象切断』
「は?」




