甘さと優しさは紙一重の別物なのだと (3)
見える範囲の大人は、目の前の修道女と、アリアと話している修道士の男しかいない。
この二人だけで運営しているとは考えにくいので、孤児院の奥にも何人かいると思って良いだろう。
あとは、子供たちの中に紛れている可能性……この後で戦うだろうことを考えるとそれはあまり考えたくないが……。
「いい子たちでしょう?」
「……そうだな」
ベルと戯れる子供たちは、元気ではあるが元孤児と思えないほど行儀が良い。
しかし、疑いによる先入観かもしれないが、この修道女の表情は何処か得意気に見えた。
まるで、自らの成果を誇るかのように。
……何なのだろう。俺は何に違和感を感じている?
「シスターイールド! 少し話に加わってほしい! こちらに来てもらえないか!」
修道女が、男に呼ばれたようだ。断りを入れて、俺たちから離れていく。
エステルは……まだかかりそうか。
ボーっとしててもしょうがない。ベルと一緒に子供たちの相手でもするか。
……?
少し離れたところに、子供たちを見守るような表情で眺めている少年がいた。
体格もよく、日に焼けて健康的な体つきをしている。
13、14歳くらいだろうか。恐らく子供たちの中では一番年長だろう。
「行かないのか?」
「! ……なんだよ、別にいいだろ。俺は甘いものが嫌いなんだ」
……何となくだが、昔を思い出した。
あいつも最初は、露骨にこんな感じだったような気がする。
誰かのために、自分の望みを我慢する。
そんな、大人ぶった雰囲気。そんなところが、少し似ている。
これを、子供だな、と思えるようになったのは、俺がそれだけ大人に近づいたからだろうか。
「みんな、いい子たちだな」
「……」
「……」
ちょっと警戒している様子だが、踏み込み過ぎないように返事を待つ。
「……」
「……」
「……まぁな。ここの先生たちは厳しいし」
「やんちゃな奴とかはいないのか?」
「いるけど、先生に連れてかれて別室でこっぴどく叱られたら大体大人しくなる。俺は一度も無いけど」
「そうなのか」
「最近はそういうのも少ないけど。今は俺が一番年上だから、ちゃんと目を光らせてるんだ」
「へぇ。やるな」
「……俺、もうすぐ卒院だから後が心配なんだけど」
「卒院?」
「そう、牧場で働くんだ。俺、鍛えてるから。頑張って稼いで、恩返ししたい」
「……恩返し」
「ああ。最低な場所で最低なことして暮らしてた俺を拾ってくれたんだ。先生たち、なんか誤解されがちだけどさ、凄く優しくていい人なんだ。だからさ」
なるほど、な。いい子……か。
「ああそうだ、ベル……あそこの褐色のお姉ちゃんなんだがな」
「?」
「あいつアホみたいな数の飴玉持ってたから多分全員に配れるんだろうが、子供たちも少し興奮してるだろ? 出来れば配るの手伝ってやってもらえないか?」
「……」
こうして送り出せば、多分ベルも察して分かってくれるだろう。
甘いものに興味津々で目線を誤魔化せてない癖に生意気な子供へ、ちゃんとご褒美をやってくれるはずだ。
「……しょうがないな。手伝ってくるよ」
どれだけ大人ぶっててもやっぱり子供だ。微笑ましい。
やっぱり甘いものの誘惑には勝てないのだろう。これまた、何となく懐かしい気持ちになる。
……あぁ、あいつも甘味や菓子は本当に好きだったんだよな。
村時代はそうでもなかったが、二人旅時代のあいつのそういうところ、かなり子供っぽかった。
王国での甘味は途轍もなく値段が高く、到底、庶民に手が出せるものではなかった。
だというのにあいつは度々、ふと気づいたら謎の甘いものを食べてた。
何なのか気になって見ていたら俺にも少し分けてくれた、のだが。
その……なんていうか……本音を言うとあまり美味しくは無くて菓子というより……甘さそのものな物質といった印象だった。
なにやら果物などから”甘さ”の部分だけを抜き出して結晶化してるとかなんとかで。
あいつ曰く、頭を動かすのに必須のアイテムだとかいってボリボリ食べてたんだよな……
……これも多分、エステルに話したらまためちゃくちゃにドン引かれるんだろう。
エステルから魔術の初歩を教わって改めて思ったが、やはりあいつの魔術はわけが分からないほどにヤバい。
小規模なものも、大規模なものも、俺なんかでは想像もつかないほどの領域にある。
俺はあいつのことを小さなころから見ているから安心して見ていられるが……。
……ああ、そうだ。
だから飛び抜けた魔術を使うあいつのことを、あいつをあまり知らない人たちから見たら。
どう見えるのか。見えてしまうのか。
──知らないことって怖いことだよ。分からないものは対処のしようが無いから。
──なら、知るしかない。だけど、逆に知ることもまた怖いものなんだ。
──そう、世の中は知らなければ良かったってことだらけだからね。
──だから、大抵の人は見なかったことにする。その恐怖から遠ざかるか、遠ざけるようになる。
──……、……何でアル、……。あぁいや、元来、新しいこと知るのって楽しいはずなのにね。知ることは進むことと同義ともいえる。ホント、勿体ないよ。
──うん……。
そう、俺は二人旅の最中あいつに、なるべく魔術は使わないようにと言い含めていた。
それは魔術忌避が強い王国で使うところを見られることの危険性が第一にあったんだが。
でもあいつ、ちょくちょく隠れて魔術を使ったりしてたんだよな……。
流石に知らない人前でバレるように使うことは絶対に無かったとはいえ……。
多分だが、明確に他人の前で使ったのは野盗討伐の時くらいか……?
まぁ、俺の前で使うようなものに関しても、当時の俺の素人感覚では大したことのないようなものばかりだった。
それこそ、苦いものを甘くしたりとか、周りに影響のないものがほとんどで、実際はとんでもないことをやってるんだろうが、見てる分には可愛らしいものばかり。
それに俺も昔のあいつとの遊びを思い出して懐かしくなる気持ちもあったので、俺の前だけで使う分にはあまり強く言わなかったんだが……。
……あれはあいつがいなくなる少し前のことだったか。
王国ギルドで魔術嫌いな冒険者と、あいつ絡みで少し揉めたことがあった。
そいつは前々から嫉妬深く嫌味な奴ではあったが、冒険者としてはそれなりにまともだったので、きっと王国の冒険者としては正しいことを言っていたのだろう。
問題ないと手続き上処理してもらえたとはいえ、あいつが……討伐を含む調査対象だったことに変わりはないのだから。
そう、だからまぁ、それなりに激しく言い合いをした結果、ちょっとした勝負としていくつかの依頼を受けることになったわけだ。
要はどちらが依頼を達成して高評価を受けるかという、わかりやすく単純なもの。
冒険者には、格上の冒険者の言うことは聞くべき、という暗黙のルールの様なものがある。
なのでこの際、どっちが格上かをはっきり決めようって話になったというわけで。
そしてそれは結果として、俺の完勝に終わった。
俺は受けた全ての依頼を、完全かつ完璧にこなすことができた。
そう。まるで、何か見えない力の後押しを受けるかのようにして。
──う……でも……だって……。
──私の……それに魔術無しじゃ大した力になれないし……させてもらえないし……。
俺は、きっとその時、決定的に間違えてしまった。
俺はあいつの為の生活基盤を何とか作ろうと必死に考えていた。
しかし、あいつの立場を確立するための障害が、あの国には多すぎた。
何もかもが、思うように上手く進まず、あまりにも遅々としていた。
だから焦りの感情も、苛立ちも、少しはあったのだろう。
全部言い訳に過ぎない。俺が馬鹿だった。
結果的に、俺はあいつを問い詰めるような真似をしてしまった。
俺が弱かったから。俺が、頼りなかったから。
あの時の俺には、力が無かったから。
だが、だったらどうすれば正解だったのか。それは今でも、わからない。
もし仮に今の俺があの場にいたとして、いなくなるあいつを引き留めることができたのか。
それも……わからない。
だけど、それでも俺は。
また、あいつと共に居れたらと思っている。
だったら俺は、前の俺よりももっと、あいつに相応しい俺にならなきゃならない。
……あぁ、あいつ今、何をやってるんだろうな。
「……あのお兄ちゃん、どうかしたの?」
「アルってばホントさぁ……まぁほっといて君たちは、そう、綺麗な私!と、遊びましょーね!」
「わはー!」
「わーい!」
・・・
聖剣ちゃん(そわそわ)
(次回、魔女パート)




