真実の大半は気づきたくない事実という現実 (3)
「……その場に私も残ります。私は奇跡の器ですから、きっとお力になれるはずです」
「あ、いや、えーっと……うーん……」
見ていられなくなったのか、アリアが割り込んだ。
エステルがチラッと俺たちを見る。困ったように様子を伺うように。
そして、まるで、釘を刺すように。
「あーいや……多分無謀ではないんでしょうが……そういう問題ではなく損得勘定的な……というかそもそも最悪中の最悪な想定なのできっと大丈夫ですって。そんなヤバいやつおそらく出てこないと思いますし大丈夫大丈夫。だいたい私も道半ばでそんな危険背負いたくないんで」
聖剣からもこちらを伺うような意思を感じた。その時はどうするのかというような。そういう状況になったら、俺も残るべきなのだろうか。
俺とこいつは一心同体のようなものとはいえ、今までのような形では、足りないのかもしれない。
聖剣の真の力。俺には使いこなせない、本当の強さ。
残滓のように残る、夢の中の勇者の感覚。
聖剣との完全な一体感。その、怖いほどの全能感。
おそらく、今の俺には制御できないだろう。だとしても、必要なら使わなければならない。
最上位だとしても、魔族。魔王の眷属に過ぎない。つまり、魔王はもっと強いはずだ。
そんなやつが出てきて、戦うことになったとしても、俺は勝たなければならない。
勇者として。倒せるようにならなきゃならない。
かつての勇者は、そんなやつらも全部倒していったのだから。
「……前置きが長くなりましたね。そんな感じでやるので、お願いします」
「……。そうですね。いきましょう」
「ねぇねぇ最後に一個質問。じゃあさ、その最上位魔族ってのと魔神さま、どっちが強いの?」
重くなった空気を払うように、軽い声が響く。
最強の魔術師。人々に知られている中では、間違いなく最も強い魔術師と評される人間。
俺はあいつ……クーほどじゃないとずっと思っていたが……どうだろうか。
「強さは間違いなくししょーです。素材化した最上位魔族、見ちゃいましたし」
「予想してたけど魔神さまヤバ過ぎない……?」
「素材足りないって言って薬草感覚でドラゴン狩ってくる人ですからね……流石にそれはやめろって言われてやらなくなりましたけど」
「あれ……ドラゴンってあのドラゴンだよね……? 私の知ってるドラゴンじゃないのかな……やっぱ魔神さま人間やめてるよ……」
……どうだろうかと、やっぱり思う。
ここ最近、ずっと、疑問に思う度に引っかかり続けていることがある。
人間の領域ではない。そう評されるほどの人間。
なんでもできてしまうような、驚異的な魔術の能力。
俺は、あいつ以外にそんなやつがいることを知らなかった。
あいつ並に凄い魔術師だって、英雄クラスの冒険者の中にいても不思議なことではない。
世界は俺が思っているよりずっと広い。俺の視野が狭かったってだけかもしれない。
だから可能性は正直低いと言える。だというのに、気になって仕方がない。
俺がそうだと思いたいだけなのだろうか。
一度は否定された可能性だというのに。
過去に一度、魔神について調べたことがある。どう考えても、突然帝国に現れたその魔術師は異質だった。調べないわけがない。
といってもその当時は王国を拠点にしていたから、魔術師について直接的に調べるわけにもいかずものすごく回りくどい形にはなったのだが……。
しかし、元盗賊の優男、ドレイクにも協力してもらい得られた情報は、断片的ながらも、どれもあいつらしくなかった。
時代を破壊する魔神。冷血で冷徹な皇帝の剣。
帝国に歯向かうものへの、絶対的な最終兵器。
魔神に関する話は、どれもこれも、強烈で、苛烈だ。
真偽は不明だが、帝国を襲撃した魔王軍を貴族軍ごと巻き込んで殲滅したという噂。
巻き込まれた帝国の貴族は全て反対派閥のもので、大半がこの襲撃時期に力を失ったらしい。
更には皇帝の反対派閥に対する、粛清用の魔道具を作成しているという。
これについては実際に使われてきたらしいので、信憑性は高い。
革新的な技術で庶民や冒険者の便利な道具を作る一方、そのようなこともしていたのも、確か。
その他にも外交的な無理筋を通そうとしてきた獣国、王国への警告。
大森林のほとんどを消し飛ばすような威嚇行為も行なったという。
これは調べずとも、王都で大きな噂になっていた。
また、冒険者ギルドが調査した事実として、実際に大森林の木々は3割近くが薙ぎ払われていた。
表向きは大量発生した魔物の鎮圧だとされている。人的被害は一切なく、危険は排除された。
しかし大森林は獣国、王国、帝国の三国にまたがる、危険とともに恩恵も等しくもたらす巨大樹林だ。
それを損なう行為を行なった帝国からは、二国へと正式に謝罪と賠償が行われた。
だが、その実態は凶悪なまでの示威行為だったのではないかという話が有力だ。
更には大森林に残された爪痕を、跡形もなく元通りにさえしてしまった。
まるで、生かすも殺すもこちらの自由なのだと、どちらが強者なのかを突き付けるように。
得体の知れない人物。実態の見えない魔術師。
皇帝に忠誠を誓い、その力は全て帝国のために振るわれている。
……さまざまな逸話から見えてくる姿はどこか、別人のように思えた。
誇張もあるだろう。逆に、実は雑魚のハリボテではないかとも言われている。
実在さえ疑われ、魔術院の成果を一つにまとめて象徴化している、という話すらある。
でも、わからない。俺の知らないあいつが、いたのかもしれない。
そうしてもおかしくはない境遇だと納得しそうな自分もいるが、否定したい自分もいる。
だからその可能性をあまり考えないようにしていた。
それに、所詮はどれも噂だ。確かな事実は数えるほどもない。
そしてその事実だけでも、あいつの可能性は低いように思えてしまった。
だが……その可能性が、少しずつ揺らいできている。
エステルは魔神の弟子だ。それは間違いない。帝国魔術院でもそう名乗り、疑問視されなかった。
だからその言葉の中に出てくる魔神は、俺が集めた噂話なんかよりもずっと精度が高いに決まっている。
そこから見えてくる姿は、やはり、まるで、どう考えても……。
その可能性を今や無視するのも難しい。改めて、考えておくべきだろう。
……できればあの時点、模擬戦の日に確認できていればよかったのだが。
「……そろそろお時間です。最初の孤児院に向かいましょう」
ともあれ結論を急ぐべきじゃない。なんにせよ、エステルは何らかの事情を抱えている。
信頼を破壊するような形で、不用意に踏み込むのは避けた方がいいだろう。
何にせよ俺がやることは変わらないのだから。ならば疑念や疑心ではなく、希望を持つべきだ。
消えていた可能性が復活した。今はそれだけでいい。焦ってはいけない。
そう。それに、俺たちはこれから魔族を探し、倒さなければならない。
目の前のことに集中しなければ。
「……ああ、行こう」
・・・




