冒険者としてじゃなく、勇者としてのクエスト (1)
・・・
<ソルお兄ちゃんのお悩み相談>
「これで今回の農業ギルドの依頼は完了なのだ。報酬は冒険者ギルドで受け取ってほしいのだ」
「ああ、ありがとう」
「……」
「……」
「……?」
「……」
「……なんなのだ? ボクの顔に何かついてるのだ?」
「ん、悪い。あー……どっかで会った気がして、気になっただけだ」
「お……、これってナンパってやつ?」
「……違うが?」
「ふふん、でも残念ながらボクはマスター以外のものにはならないのだ!」
「マスターってどっちの……いやなんでもない。すまなかった」
「どっち? マスターはギルドのマスターなのだ。マスター様はマスター様なのだ」
「(割とその発言ギリギリじゃないか……?)……ずいぶんギルドマスターと仲がいいんだな」
「みんな優しいけどマスターは特別優しいのだ。マスターがギルドの為に頑張ってるから、ボクもギルドの為に頑張るのだ」
「そうか。……、……そうだな。俺も見習って頑張らないとな」
「でも……最近マスターが毎日ご飯に誘ってくれるのが、だんだん申し訳なく思ってきたのだ……」
「(惚気か?)……なんで申し訳ないんだ?」
「あ、ごめんなさい。冒険者さんに言うようなことじゃなかったのだ……」
「いや、少しくらいなら構わないぞ」
「……ボクには味覚が無いのだ。だから何でも食べられるのだけど、おいしいもの、というのがわからないのだ」
「なるほど、だから食事が楽しくないと」
「違うのだ! 一緒にご飯を食べるのは楽しいのだ!」
「じゃあいいんじゃないか?」
「……え?」
「ああいや、味覚が無いのを軽く捉えてるわけじゃないが、何ていうかそうだな……相手も分かってて誘ってるんだろ? それでお互いが楽しいならいいんじゃないか?」
「そう、かな……? そうかも……?」
「あと、それって本当にどうにもできない障害なのか? 必要で直せるのなら、直してもらおうぜ? ……あ、いや、医者とかの話な」
「え、でも、味覚があると生ごみ堆肥……でもでも、あんまり使ってもらえないものだしこれってもしかして要らないのかも……? 今度マスターに相談してマスター様にお願いを……?」
「うん、まぁよくわからんが、解決するといいな。じゃあ俺は冒険者ギルドに戻るよ」
「……あ、ありがとうなのだ冒険者さん! あと良かったら法国までお野菜輸送の護衛依頼も出す予定だから、そっちもどうぞよろしくなのだ!」
「ああ、見とく。頑張れよー」
「終わりましたか?」
「あ……秘書さん。ごめんなさい、長話しちゃってたのだ」
「構いませんよ、今は暇な時間帯ですし」
「あ、あの……今度もしかしたら少しお休みをいただきたいかなって……」
「いいですよ。ギルド長と相談して日付が決まったら教えてください。私が対応しますので」
「……ありがとうなのだ!」
「なんかうちのギルド長が着実に道を踏み外してる気がするんですが……それを後押ししてる私も私なんですかね……」
「?」
・・・
「さて、私たちはこれより、魔族の捜索を始めるのですが……」
薄明かりの早朝、疲れ切った表情のアリアが切り出す。
あまり眠れていなさそうだが本当に大丈夫なんだろうか。
「……ああ、俺たちに任せてもらえることなら何でも言ってくれ」
「というかアリアもうちょい休んだら? ぶっちゃけアンデット顔だよ?」
「ふ、ふふっ……」
いやおい。聖職者にアンデット顔は流石にダメだろ。
アリアは気にしてない、というかちょっとツボにハマったらしいが。
アリアとベルの関係性は俺とほとんど同じで、まだそんな深く無いはずなんだけどな。
それでこれが許される辺り、ベルは懐に入るのが上手いし、アリアも懐が深い。
というかなんというか。
……なんというか。うん。
なんか思わずアリアの懐らへんの、大きく膨らんだ部分を見てしまった。
他のメンバーとは比較にならない凄さなのできっと俺は悪くないはずだ。うん。
いや、俺だって男なので女性のそういう目立つ部分があるとどうしても目がいってしまう。
そんなこと考えるべき状況じゃ無いんだが仕方ないだろう。男のサガなんだ。
その点……あいつに至ってはほぼ無いも同然だったから、失礼ながらある意味やりやすかった。
代わりに顔がめちゃくちゃいいので、慣れてても迂闊に直視すると結構ビビるんだが。
顔を出してるとそれだけで、中身を知らないやつらが良からぬことを考えて寄ってくる可能性もあったから……顔を隠せるように俺のフード付きの外套を貸したんだったか。
二人旅してた時は大体一緒に行動してたからそんな危ないことはなかったはずだが、とはいえ四六時中近くにいるわけじゃないから用心に越したことはないと。
別にそんなことになってもあいつならどうとでも対処できるんだろうが……、そんな対処、させたくなかったからな。
というかあいつ、他の荷物は全部置いてったのに外套だけ返さなかったな……。別に安物だからいいんだが……。
まぁ、考えてるようで意外と抜けてるやつだから、着ててそのまま置いていくのを忘れたって感じなんだろう。まだ持っているんだろうか?
……まぁ、割と古い外套だったし流石にもう捨ててるか。
あいつ今、何やってるんだろうな。
「いえ、大丈夫ですよ。皆さんが万全であれば問題ありません」
「『疲労回復』」
疲労困憊の様子を見かねたのか、エステルが回復魔法をかける。ほんの少し、アリアの顔色が良くなった気がする。
「ありがとうございます」
「えっと……あの、もしかして何ですけど、ちょっと質問してもいいですか?」
「はい。なんでしょう?」
「……」
「……?」
とてとて、といった感じでアリアに近づき耳打ちするエステル。
俺たちには聞かせられない質問ってことか?
「あぁ、ふふふ……。えぇ、そうですね」
「あ、やっぱり」
「はい。教会としては別に隠しているわけではないのですが……奇跡は行使者に適用されません」
……? 行使者に適用されない?
アリアが使う神の力……"奇跡"は、疲労の回復、怪我の治療、他にも風を起こしたりもある。
奇跡を自分に使えない、つまり、自分の疲労や怪我は癒せない、ということか?
奇跡で起こした風なんかの影響も受けないってことになるんだろうから、一概に悪いことばかりではなさそうだが……。
「私どもは代行者。すなわち神の力そのもの。だからこそ、神の力で救われてはならない」
どこか遠い目をしながら、呟く。
それは、救う側と救われる側とで一線を引くかのような、上位と下位とで存在を分けるような、ある意味差別的な言葉。
でも、そこに一抹の寂しさ、諦めのような感情が含まれているようにも感じた。
アリアは聖女見習いだ。只人に無い資格を持つからこそ、立場を強要されている。
望まぬ力を与えられ、そのために周囲が望む立場に立たなければならない。
まるで、その力の責務を果たせと、強いられているかのように。
状況も経緯も違う。
が、その理不尽を無理やり飲み込むような表情は、どこか、まるで……。
「大丈夫ですよ、アル様」
……。顔に出てしまっていたか。
「少なくとも今の私は、望んでこの立場に立っております。ご安心ください」
「というかアル、また人のこと見ながら幼馴染ちゃんのこと考えてたでしょ」
「……そんなことないぞ?」
「ふふ、とにかく私は大丈夫ですので。話を進めましょう」
「うーん……むむむ……」
「エステル?」
「あーいやなんでもないです。えっと、まず状況を整理した方がいいですよね」
「そうですね。まず、私たちの第一目標は魔族の特定」
アリアが指を一本立てる。
回復魔術のおかげか、少し顔色も良くなったように見える。
「魔物がこの街にいる、でも街の反応は何もないし見つからない、だから潜伏している魔族の可能性が高い、だっけ?」
「ええ、あくまでも状況からの予測でしかありませんが、まず間違いないでしょう」
「そもそも魔物の反応を見つけたっていう、その聖女見習いの話は信用して良さげ?」
「こと、魔物や魔族の情報に限って言えば全面的に信じて大丈夫です」
そう、現時点ではそもそも、魔族の仕業か、以前に魔族が本当にいるのかすら確定していなかった。
だがアリアの確信的な表情を見るに、いるかどうかに関しては、いる、と断定してもいいだろう。
とすれば、その魔族はどこに潜伏しているのか。
ひとまず持っている情報を整理してみよう。
一つ、この街に魔族がいる可能性が高い。いつからいるかは不明。
二つ、近くのゴブリンの巣穴に、人間の子供の骨が多数存在した。
三つ、その骨には魔力的な加工を施された形跡があった。
四つ、子供の被害者の報告はない。
一つ目とそれ以降に直接的な関連を示す証拠はない。が、無関係とも思えない。
もちろん、人間の魔術師の悪事という可能性もゼロじゃないんだが。
……まぁそのあたりは、専門家に意見を聞いた方が早いか。
「俺たちの件と、魔族の関連は間違いないと考えていいのか? 人間の魔術師の可能性は?」
「その可能性は皆無ではありません。ただ、解析した限りでは私の知らない形式でした」
「最高峰の魔術組織に所属してるエステルちゃんが知らないのなら、人間の魔術って可能性は低そうだねぇ」
「全てを把握しているわけじゃないので断言はできませんが……」
「確実ではないと念頭に置く必要はあるでしょうが、アル様の件とこちらの件は関連していると考えた方が最初の方針を立てやすいでしょう」
まったくあてもなく動くよりは、最初の動きとして何かしら方向性があった方がいい、そういうことだろう。
よし。じゃあ、方針が決まれば、次はどうしていくか。




