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35話 剣はペンより強し

和平交渉の場の空気は緊張感で張り詰めていた。

フロストヴァルドの代表として、国王レイヴァルドがテーブルに着き、

サンフォーレ皇帝、レオンドゥスは威圧的な態度で交渉の開始を見守っていた。


リリア皇女は、ワインボトルを手に取って戻した後、

皇帝の隣に、微笑みをたたえて座った。

その笑顔はどこか幸福そうであった。


会場の一角には、アッシュが不安そうな視線で交渉の様子を見つめていた。

彼は、リリアと二人で練り上げた計画の成功を祈るように固く拳を握りしめていた。

_________________________


前日にサンフォーレに到着していたアッシュは

リリアと秘密裏に落ち合い、二人だけで秘密の計画を立てていた。


それは、和平交渉の場で、皇帝を暗殺するという、

大胆かつ危険な計画だった。


「アッシュは、私を信じてスクロールを突き立ててくれればいいの。」


リリアは、フロストヴァルドの王子であるアッシュに囁いた。


「アッシュ、その後のことは私に任せて。でも、次のステップもとても重要なの。

皇帝を排除できたとしても、私たちが正当な後継者として名乗りを上げなければならないの。


だから、覚悟を決めてほしいの、アッシュ。その場で私に婚約を申し込んでほしいの。

正当なサンフォーレの王位継承者が必要で、敵国の王子では意味がないのよ。


実際に結婚するかどうかは後で考えるとして、今はそうするしかないわ。」


リリアは、深刻な話題を切り出しながらも、どこか楽しそうな表情を見せていた。


アッシュは、リリアの言葉に少し戸惑いながらも、

それ以外方法がないことは理解している。


「…わかりました。王女様。でも、本当に大丈夫ですか?

もし、計画が失敗したら…?」


と尋ねた。


王女はアッシュの肩に手を置き、力強く言った。


「これまでもそうだったように、必ず成功させるわ。

アッシュは私を信じて、私も、アッシュを信じてる!」


_______________________


「この和平が、二つの国に繁栄と平和をもたらすことを祈念し、乾杯!」


サンフォーレ皇国の皇帝レオンドゥスは力強い声で宣言した。


その隣には、皇女リリアが、笑みを浮かべていた。


「皆様、この和平交渉が、両国にとって繁栄をもたらすものとなるよう、心より願い、乾杯!」


フロストヴァルドの国王であるレイヴァルドも、緊張しながらも力強くグラスを掲げた。


会場に、乾杯の音頭が響き渡る。


レイヴァルドも、周りの貴族たちも、グラスを傾け、ワインを口にした。

フロストヴァルド側は普通に乾杯を行った。


乾杯のあと、サンフォーレ一行は、漠然としていた。

ワインには毒を入れたのに、フロストヴァルド側は誰も苦しみ始めないのである。

確かに毒は入れたはずであった。


しかしながらワインは直前にリリアがワインボトルを持ったときに、全て解毒してしまったのである。


北の国の代表たちは無事だった。

皇帝も、毒の効果がないことに内心焦りを感じるが、表面上は平静を装っていた。


「では、和平交渉の最終段階として、

この魔法のスクロールに両国の代表が署名をお願いします」


交渉役の法王が静かに告げた。長男はペンを手に取り、スクロールに署名する。

続いて、南の国の王も署名し、スクロールを交換する。


リリアはアッシュに視線を送り、合図を送る。

アッシュは緊張した面持ちで立ち上がり、

リリアから魔法のスクロールを受け取ろうとしていた。

しかし、その時高らかに声が上がった。


「待て!」

サンフォーレの側近が静寂を割って話した。


「そのスクロール…ですが、念のため調べさせてください」


会場は一瞬にして凍り付いた。


アッシュは固唾を飲んで事態の推移を見守っていた。


「念のため、スクロールを開けて確かめてみましょう」


側近はスクロールを開けて、何もないことを確認した。


「…何も異常はありません。問題ありません、陛下」


すると、フロストヴァルド側の側近が、


「では、こちら側のスクロールも確認させてください」


と言い出した。リリアはやや動揺した顔を演出した。


平静を装いながら、側近がスクロールを確認する様子をじっと見つめていた。


北の国の側近は南の国のスクロールを手に取り、皆の前で


「何も異常がないこと」


を確認した。


アッシュは目を見開いてスクロールを見つめる。


(どういうことだ? 本当に、これでいいのか…?

剣なんてどこにもないぞ…

紙のスクロールを突き立てなんかしたら、とんだ笑いものだ… )


アッシュは混乱しながらも、リリアと目を合わせた。

リリアはにっこり微笑んだ。


(…リリアを… 信じるしかない。。。 リリアー!)


リリア皇女はフロストヴァルドの側近からスクロールを手に取り、

アッシュまでの距離を歩いた。


その間、彼女は密かに魔法の力を込めていた。


アッシュは深呼吸をして、リリアからスクロールを受け取り、

フロストヴァルド側に引き返さず、皇帝に近づいた。


皇帝にスクロールを突きつけてこう言った。


「このスクロールの内容だが、

フロストヴァルドの王族の一人として、私は承知しない。

破棄を申し上げる。」


会場がどよめく。


微動だにしなかったのだが、

一番驚いたのは兄の、

レイヴァルド国王だった。


(弟よ、どういう意味だ、

国を差し置き、私をさし置き、

何を考えているのだ。読めぬではないか。。)


レイヴァルドは弟アッシュの行動に驚きながらも、

アッシュのこれまでの動きを考えて、注意深く観察し始めた。


皇帝は楽しそうな笑みを浮かべ、


「それもまたよかろう」


と言ってスクロールを受け取ろうとした。


その瞬間…アッシュは覚悟を決めて、


スクロールを王の胸に突き付けた!


「姉の無念、我が師の無念…その胸にしかと受け止めるがいい!!!」


皇帝はアッシュにスクロールを突き付けられた。


皇帝は虚を突かれた。


まさか、この王子がこんな暴挙に出るとは

予想していなかったのだ。


しかしながらスクロールは、


王の胸に当たるなり


途中でへにゃっと曲がった。


皇帝は、アッシュと目が合った。


アッシュは、ちらっとリリアを見た。


リリアは笑いこけていた。


騒然となった会場は、

より一層混乱に陥った。


_______________________


リリアはどうやってスクロールにレイピアを仕込むか悩んでいた。


「隠すことは簡単だし、入れ替えることも簡単だけど、

バレた時に大変なリスクを負うわね…何かいい案がないかしら…」


王宮に住むアルフォルトに詳細は説明せずにそれとなく相談してみた。


「ねえ、アルフォルト…何か大事なものを他の人に見つからずに隠すにはどうしたらいいかな?」


「んー、リリアはそういう魔法使えないの?見えなくしたり隠したり、そういう意地が悪いの、得意そうじゃん。」


アルフォルトの言葉を聞いて、リリアはひらめいた。


「そうか!スクロールを王子に手渡す直前に、

魔法で隠しておいたレイピアを生成すればいいんだわ!」


皇女は嬉しそうに微笑んだ。


「皇族であり、魔法使いでしかできない…私にしかできないことだわ!」


彼女は計画の成功を確信した。


(スクロールが細工されたとか、相手側にも情報を流しておこうかしら。)

(アッシュは、スクロールに何も入っていないのを見た時…どんな顔をするのかしら?

ふふふ…楽しみだわ…)


王女は企むような笑みを浮かべた。


(彼は、剣術が並み以下だから、

レイピアに剣聖の魔法でもかけておかないといけないわね。)


ノワールには結婚できないと馬鹿にされたが、

明日はアッシュに婚約を申し込まれる大事な大事な日なのである。


皇女は念入りに準備した。

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