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32話 灰の民の蜂起

剣聖ショーン・イングリスと王女エリザ・ノースフォードの最期は、

フロストヴァルドの人々の心に深い衝撃と悲しみを刻み込んだ。


サンフォーレ陣営はその死を嘲笑い、

エリドール出身兵士や難民たちの戦意を喪失させようと躍起になった。


「フロストヴァルドの犬がくたばった。」

「北のプリーストの格好をした売春婦が死んだ。」


などと積極的に吹聴した。


しかし、サンフォーレにとって大きな誤算があった。


エリドールの民にありながら、異国の地、フロストヴァルドにて、

最高の剣士に上り詰めたショーン・イングリス。


そして王族の身でありながら他国民のエリドールの民のために、

最高神官としての使命を果たしていたエリザ・ノースフォード


皆の心の支えだった。


エリドールの崩壊は、耐え難い悲しみをもたらしたが、

エリドールの民の心は完全に死んではなかった。


むしろ、その悲しみは、煮えたぎるような怒りへと変わり、

強固な団結力へと昇華していったのだ。


「イングリス様は、最後まで、私たちを守ってくださった…」

「エリザ様の優しい笑顔を、私は決して忘れない…」


難民キャンプには、悲痛な声が響き渡った。

しかし、その声は次第に、力強い決意に満ちたものへと変わっていった。


そんな中、難民キャンプを束ねるリーダー、

ガレスに対する不信感が、人々の間に広がり始めた。


一旦釈放されたガレスは常に扇動的な言葉を並べ立て、


「裏切者が死んだ!」

「フロストヴァルドからの差別を許すな」

「エリドールの民をフロストヴァルドの奴隷にするな」


などと叫んでいたが、彼自身は高価な装飾品を身につけ、

豊かな暮らしぶりを見せていたのだ。


「ガレス様は、いつも私たちに我慢を強いるのに、なぜ自分だけ…」

「どうして我々はサンフォーレに虐殺されたのに、サンフォーレの肩を持つのか。」

「なぜか、持っているものはサンフォーレの高級品ばかりじゃないか?」


さらに、ガレスは一部の者を贔屓し、奴隷のように扱っていたし、

食料配給でも差別があり、ガレスの側近たちは常に良いものを分け与えられていた。


そんなある日、ついに決定的な出来事が起こった。

トマス少年が、ガレスのテントに忍び込んだのだ。


そこでトマスが目にしたものは、大量の金貨と食料だった。

「これは…一体…」少年は驚きと怒りで声を失った。


その声に気づいたガレスは、激昂してトマスをテントから引きずり出した。


「盗人! この裏切り者!」


と、ガレスがトマスを殺そうとした時、


ニコライはトマスをかばうようにして前に出た。


この騒動に、周囲の人々が集まってきた。


トマスは必死に訴えた。


「ガレスは、サンフォーレからお金をもらって、僕たちを騙していたんだ!」


トマスの言葉は、人々の疑念を確信に変えた。

今までガレスに抱いていた疑問や不信感が、一気に噴き出したのだ。


「嘘つき! どうして私たちを見殺しにしたサンフォーレから支援をもらえるんだ!」

「私たちを騙していたのか!」

「私たちから巻き上げた金を返せ!!!!」


人々は怒りの形相でガレスを取り囲んだ。


ガレスは弁明しようとしたが、もはや誰の耳にも届かなかった。


怒り狂った群衆は、ガレスとその側近たちを袋叩きにした。


少年は、その様子をじっと見つめていた。

彼の心には、怒りと共に、深い悲しみが広がっていた。


「お前たちのようなものがいるから、戦争がなくならないんだ…」


トマスは、力なく呟いた。

トマスも石つぶてを投げた。


___________________________


難民たちはガレスを撲殺した翌日、

静かな熱気が満ちていた。


イングリスとエリザの墓前に、多くの若者が集まっていたのだ。

彼らの中には若い元兵士もいた。


親を殺されたもの、子供を失った親もいた。


彼らは、皆、エリザのやさしさに触れ、

生きる希望を見出した者たちだった。


その中心に立つのは、若き将校、アランだった。


アランは、まだ20歳にも満たない若さだったが、

イングリスの副官として、その才能と人望の厚さで知られていた。


「イングリス隊長は、我々に、最後まで希望を捨てずに戦うことを教えて下さいました…

エリザ様の優しさは、我々の心を支え続けて下さいました…」


アランの声は、静かだが、力強かった。


「彼らの死を無駄にするな! サンフォーレに復讐を!」


群衆の中から、声が上がった。

「しかし、復讐だけが目的ではありません」

アランは、静かに続けた。

「真の平和を勝ち取るために、私たちは戦わなければなりません。

隊長とエリザ様の願いは、きっと、その先にあります!」


アランの言葉に、人々は静かに頷いた。

「私と共に戦う者は、私の下に集え!」


アランの呼びかけに、次々と難民の若者たちが名乗りを上げた。

「アラン隊長! 私も行きます!」

「私も共に戦います!」


イングリスとエリザを失った悲しみと、裏切られた怒りが、人々の心を一つにした。


彼らは、団結と決意を胸に、アランと共に、歩みを進めていくのだった。 


「故郷を解放するのは、私たち自身です!」


アランの言葉に、集まった人々は力強く頷いた。


裏切りと絶望を味わった彼らは、もはやかつての弱々しい難民ではなかった。

彼らの瞳には、故郷を奪われた怒りと、未来への希望の光が宿っていた。


アッシュは、彼らの力強い決意に心を打たれた。


"私も共に戦います!共に、エリドールを、真の自由を勝ち取りましょう!"


彼らは、兵糧をただ浪費する難民から、勇敢な戦士達に変わった。


灰の中から立ち上がったエリドールの民は、自ら「(アッシュ)の民」となのり、

フロストヴァルドへの忠誠を誓った。

________________________


「フロストヴァルドの愚か者どもめ…

奴らは、俺たちの掌の上で踊っているということに、

まだ気づいていないのだ!」


南の国の王は、明らかにエリドールの民を馬鹿にし、

高らかに笑い放っていた。


しかし、南の王は、一つの誤算をしていた。

それは、灰の中から蘇ったエリドールの民の力と、

彼らが秘めていた復讐と怒りの炎だった。


エリドール民は、次々と義勇兵としてフロストヴァルドの国の軍に加わった。


彼らは、故郷や愛するものを失った怒りと、エリザの意志を受け継ぎ、命を懸けて戦った。


戦況は、圧倒的なサンフォーレの物量に対して、

徐々にではあるが、フロストヴァルドに傾き始めたのだ。

エリドールからの義勇兵は、故郷を失った者特有の執念深さで、

地の利を活かしたゲリラ戦を展開した。


地の底から湧き上がるような怒りからの特攻を武器に、サンフォーレの兵士たちを恐怖に陥れた。

そもそもサンフォーレは、奴隷兵と農奴兵がメインなので、数ばかり多く、

予想外のことが起きるとすぐに戦線が崩壊するのである。


そしてイングリスがアラン達に叩き込んだ剣術と。

アリアの戦術から学んだ奇襲攻撃、罠の設置を得意とする狡猾な戦術は、

サンフォーレの正規兵にはない脅威だった。


物資の補給線を断たれ、後方撹乱を繰り返されることで、

サンフォーレの兵站は崩壊寸前に追い込まれた。


焦燥したサンフォーレの将軍は、自国への焦土作戦を強行するが、

それは更なる自国民の怒りを買うだけだった。


焼け落ちた自国の村から略奪を繰り返す彼らの姿は、もはや人間の所業とは思えず、

サンフォーレの兵士たちは、戦意を喪失させていった。


サンフォーレ陣営は、これをフロストヴァルド軍の所業としてこの略奪を批難したが、

当のサンフォーレ陣営から信頼されず、フロストヴァルド軍への協力も増加した。


勝機をみたフロストヴァルドは、サンフォーレの補給を断つため、海軍力による海上封鎖を決行。

制海権を握ったフロストヴァルドは、サンフォーレ沿岸に次々と部隊を揚陸させ、

陸と海からの挟撃を開始した。


追い詰められたサンフォーレ軍は、士気が著しく低下。

奴隷として徴用された兵士たちの間では脱走者が相次ぎ、

各地で反乱の動きさえ見られるようになった。


こうして、戦況は完全に逆転。数的に劣勢に立たされていたはずのフロストヴァルド軍は、

奴隷や農奴兵の吸収や義勇兵の活躍と海軍の支援により形勢が逆転しエリドール領域のほぼ全域を占領、

地上軍もほぼサンフォーレの首都近辺まで進軍するに至ったのだった。


焦燥したサンフォーレ皇帝レオンドゥスは、宰相に命じた。


「和平交渉を開始しろ! そして、奴らの食料が尽きるまで、決して交渉を終えるな!」


南の王は、狡猾な罠を仕掛けたのだ。

それは、戦場で戦うのではなく、敵を飢餓によって滅ぼすという、残酷な経済戦争だった。

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