28話 戦術ですりつぶす
剣聖イングリスと王女エリザの犠牲により市民の避難は完了した。アッシュと「自称」天才参謀ルーナに、彼らの未来がゆだねられた。
ーフロストヴァルド最南端都市ティアモ周辺ー
ティアモ砦の崩落をルーナは観測していた。
エリザの強大な魔力をもう感じない。
エリザとイングリスは、任務を全うしたのだ。
アッシュは、姉とイングリスが自分と市民を守るために犠牲になったことに対して、かなりの責任を感じることだろう。
軍人でもあるイングリスはともかくである。王族であり最高神官のエリザをなくすことは、戦略上どうなんだろうとルーナは思いながら、アッシュと市民の防衛を計画していた。
イングリスとエリザの「特殊な」思い入れは別にして、難民や市民といった一般人の命と王族の命では、ルーナは単純に釣り合わないと思ったのだ。
戦術目標である「難民の避難誘導」は完了したのだったが、難民の移動は遅く、彼らを守りきるには、この初戦でサンフォーレ軍に大ダメージを与える戦術が必須であった。
体制としてはたとえこんな砦の時間稼ぎをしても、戦争の準備をしてきたサンフォーレ軍主力と、辺境の国防軍のみフロストヴァルト軍では、いまだ10:1以上の戦力差なので、通常の戦術では対応困難なのである。
それも多数の難民を保護しながらというのも、どだい難しいように思われた。
そこで軍師ルーナ・ノーヴァは、提案した。
「この戦力差をひっくり返すには、戦術の力でひっくり返すしかなーい!」と
「ルーナ、この戦力差、どうひっくり返すの?」
アッシュは、ちょっと厳しいのではないかと考えつつ、ルーナの計画に聞き入る。
「王子、おっしゃる通りです。正面から相対しても勝てっこないのです」
まず数からいって、正面から戦って勝てる相手ではない。これで正面から戦うのは、正気の沙汰とは思えない。しかしながら、フロストヴァルドの地は、深い森に囲まれており、森を経由して難民が逃げる限り、追撃をかわすことは容易ではあるのだ。
「そこで、私は罠を準備しました。」
これまでに、森の中に、ゲリラ戦の準備と罠を何重にも大量にかけ、「悪魔の森林」と呼ばれる防御陣地をルーナは展開していた。
砦の防衛で二人が稼いだ貴重な時間だ。
罠の設置は軍人でなくても可能で、市民や難民でも支援が可能だった。幸い、なぜか急に天候が悪化し、雪深くなったのである。ルーナは神の采配に感謝した。女、子供、老人、使えるものは皆動員した。
アッシュがふと疑問に思い、
「ルーナ、でも罠だけで、足止めできるの?」
「王子、そこで相手をこちらの「戦争決定点」におびき寄せ、一網打尽にします」
ルーナが、本陣の説明を始めた。
おそらく、森での進軍がままならないと理解した敵はまっすぐ山に囲まれた街道ぞいを進軍するしかなくなるのである。ただ、こちら側も足の悪い老人などは森を避難できないので、街道ぞいに逃亡ルートは一応設定せざるを得ない。条件は敵とは一部は同じなのであり、街道沿いの難民を保護することも必要なのである。
「ルーナ、でも、おびき寄せても、どうやって一網打尽にするの?」
「それは、敵後方から強力な打撃を加えて、同士討ちを誘発するのです!」
こちらの本陣を、街道沿いにブロックするようにおき、敵を後方からも挟み撃ちにして、相手に同士討ちを迫るという戦術である。
方法としては、正面は、ルーナの精霊魔法による「鉄壁な防御」でブロックし、後方からの機動部隊と遠距離攻撃による挟み撃ちと、敵の正面へ進行する圧を利用し、前方の敵主力を挟撃をするという作戦だった。
残った敵は、森に逃げ込まざるを得なくなり、おそらく無力化できるだろうという算段であった。
遠距離攻撃としては、ルーナは都市防衛用の魔道砲を曲射砲に改造し、そして着弾爆破魔法に術式を変換させた。
曲射砲にしておけば、街道沿いの山の向こう側から、直接街道を狙うことができるのである。敵も山の向こうまでは偵察は出さないだろう。背後からの攻撃なのでどこから攻撃されていることすらわからないはずだ。
街道の敵は街道にいる限り、どこからともなく強力な攻城兵器である魔道砲の攻撃を一方的に受け続け、指示系統も効かず前進し、ルーナの魔法により前進が許されることなく、魔道砲によりすりつぶされるのである。
横の森に逃げようとすれば、ルーナの設置した「悪魔の森林」により、足止めされ、全滅する。
街道沿いなので後退も困難。敵は四散するほかない。
剣聖イングリスなき今、階級が最も高いのは、軍参謀であるルーナであった。
アッシュへの説明が終わると、ルーナはアドレナリン全開で自分の唾液をじゅるじゅるさせながら、イングリスの元部下たちに指令していた。
魔導士たちは、魔道砲に専念させた。幸い機動力の高い、精鋭主力部隊は使用可能だった。フロストドラゴンのドラゴンナイツと、ペガサスナイツである。ドラゴンナイツは、首都防衛用の最終兵器をレイヴァルトが派遣し、やっとさっき届いたのだ。
飛竜部隊による突撃は、さぞかし気持ちが良いだろう。フロストドラゴンが魔道砲に突撃し、無力な魔術師を踏みつぶす姿なんかは最高だ。魔道砲の着弾でふきとぶ肉片をみるのはさぞかし美しかろうと、
ルーナはたいへん楽しみにしていた。
そう、ルーナは、幾分か「正気ではない」参謀なのであった。
全軍を前に、ルーナが魔法を駆使して大演説をする。
ルーナ
「エリザとイングリスは民を守るために散った!我ら軍は何とあるのだ!」
全軍
「民とある!」
ルーナ
「我らの将はどこだ!」
全軍
「ここにある!」
ルーナ
「民を守るため、サンフォーレに正義の鉄槌を下す!」
アッシュ
「我が姉と我が師の名誉にかけて!進軍!」
全軍
「うぉーーー!!!!」
軍隊の指揮は最高潮だった。
皆、エリザを愛していたし、
皆、イングリスのことは尊敬していた。
士気が上がらないはずがない。
基本としてフロストヴァルドは「少数精鋭」の国である。
極寒の土地にて、リソースがもともと少なく、
武道や魔術にて厳しくするしかないのである。
戦力差が10倍であろうが負けられないのである。
そういう意味では正直、今回のエリザとイングリスの戦死はかなり重い出来事でもあった。「役立たずな難民なんて見殺しにしまえばいいのに」などと半分は思っているルーナも、心のなかでは少し泣いていた。今となっては使えるものは使うしかないのである。
砦陥落の後、雪崩を打って、攻めてきたサンフォーレ軍は既に都市部に獲物が残っていないことを確認すると、難民の足取りを追って、四方八方に軍を派遣し出した。
ルーナの計画通りなのであった。サンフォーレ軍はルーナの「戦争決定線」に引っかかったのである。




