27話 砦の攻防
剣聖イングリスと最高司祭のエリザ王女は、ティアモ市民と難民の避難のためティアモ砦に籠る。彼らはサンフォーレの軍勢に戦術的に勝利できるのか。
剣聖イングリスは、着弾する魔道砲の砲声と悲鳴が交錯する戦場を見つめていた。サンフォーレの軍勢は、容赦なく砦を攻め立て、フロストヴァルドの兵士たちは、必死に抵抗していた。
しかし、兵力差は歴然としており、
補給もままならない砦の陥落は時間の問題だった。
砦に残った兵は、わずか300。
エリザの防御魔法がサンフォーレの対要塞魔道砲を防いでいるが、彼女の魔力も限界に近づいていた。
既に五体満足な者は少なく、エリザの魔力枯渇により、ヒーリングもかけられない。イングリス自身も片目を負傷し、ほぼ見えない状態だった。
「イングリス様… これ以上の抵抗は無謀です! 退却を…」
副官が、血まみれの顔で進言する。
「…駄目だ…」
イングリスは、静かに、しかし、断固として首を横に振った。
「このティアモ砦を落とせば、ティアモは 無防備になる。
住民たちの避難が完了するまで、一歩も引かん」
「しかし…このままでは、全滅です…!まだ今ならば、撤退が可能です。」
「民を見捨てた臆病者と誹りを受けるならば、
それは私の名が死ぬのも同然だ…
私はここで死ぬかもしれないが、私の名前は死なせない。」
イングリスのもうよく見えぬ瞳は、覚悟と決意に燃えていた。
イングリスは、フロストヴァルドとエリドールの民が共に手を取り合い、平和を築くためのエリザの努力をずっと見守ってきた。背後にあるものは、エリドール出身のイングリスの未来でもあるのだ。
「イングリス!あなただけでも撤退しなさい!」
と再びエリザは言う。
「エリザ様… あなたのお気持ちは、ありがたく頂戴いたします…」
イングリスは、エリザの方へ顔を向け、
静かに、しかし力強く言った。
「私は、この砦の指揮官として、フロストヴァルドの国の指揮官として兵士たちと共に、最後まで戦うと決めたのです。私の命が、民を守ることに費やされれば、それが私の軍人としての本望なのです。
そしてこれは私からのお願いですが、エリザ様こそ、撤退ください。もし万一、私がお慕いする女性を守れないのであれば、私の名が泣くことになりましょう。」
エリザは答える。
「私はこのティアモを、そしてイングリスを守護するのも私の役目です。イングリスが残ると決めたのなら、その守護をするものが必要ですわ。私も残ります。」
と言われ、またも強く出れないのであった。
翌日には守備隊は50にまで減った。
エリザの魔力は既に枯渇していたが、生命の根源のエネルギーを使用して魔法を使い続ける。
砦は完全に包囲され、もう包囲を突破できるリソースも、兵士も残されておらず、防御魔法で時間稼ぎをするだけであった。それでも牽制の為に、ホーリーレーザーで本隊に一撃を食らわせる。
その時、エリザの元に、
ルーナの念話が駆け込んできた。
「エリザ様、報告します!
ただいま、住民たちの避難が、無事完了しました!
撤兵ください。」
エリザは、イングリスと顔を見合わせ、静かに微笑んだ。
「…そうですか…よかった。今から撤退します。」
エリザは、杖をおとした。
もう限界であった。
「今回は、民もアッシュも守りきれた。
これで…思い残すことはない…か」
イングリスは、もう力が入らないエリザを力強く抱きしめた。
光がみえた。
サンフォーレの魔道砲が砦に直撃し、砦は粉砕された。
エリザとイングリスの名が、フロストヴァルドの象徴となるのか、それともポトニャフのように誰の記憶にも忘れ去られていくのかは、アッシュ王子の采配にゆだねられることになった。




