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20話 サイレンサーは消去する

配給制度を改善させても、抜本的な改善にはならない。エリザ王女は「サイレンサー」との対峙を決意する。

ー フロストバルド最南端都市 ティアモ ー


 ヨハンは、元エリドール宮廷の書記官だった。今は、フロストヴァルドの最南端の都市、ティアモの難民キャンプに住んでいる。


小太りで神経質な彼は、常に人の顔色を伺い、

擦り切れた高級官僚服を身に纏っていた。


 サンフィオーレの侵攻時、真っ先に逃げ出した彼は、現在は難民キャンプで、スパイのような真似を楽しんで行っている。


 エリザはヨハンを「サイレンサー(沈黙者)」と名づけていた。彼は、批判を封じ込める役目を負っているのだ。


 ある日、難民キャンプの井戸端で、女性たちがサンフィオーレに加担するイザベルの噂話をしていた。


「…見た? イザベルが、また若い子を連れて行った…」

「…ひそひそ… あいつ、サンフィオーレの犬らしいわ… 」


 怯える女性たちをよそに、ヨハンはいつものように偽りの笑顔で近づいた。


「あらあら、奥様方、そんな噂話はやめましょうよ。

イザベル様は、きっと、あの子を良いところに就職させてあげたんですよ」

「サンフィオーレでは、エリドールの民も歓迎されてると評判ですよ」


 しかし、女性の一人が「でも… 噂では…」と反論しようとすると、ヨハンは豹変した。


「噂は、いけませんよ! ガレス様に叱られますよ?

ガレス様は、私たちを救ってくださる方なのです!」


ヨハンは、意味深に女性たちの肩に触れ、その場を去った。

翌日、イザベルを批判したアンナの姿は、キャンプから消えていた。


 残された女性たちは、井戸端に集まりながらも、不安な表情を浮かべていた。

「…あれ? アンナは? 今日は遅いのかしら?」

「朝から、見かけないわね… どうしたのかしら…」


ヨハンは、再びいつもの笑顔で現れた。

「おはようございます、奥様方。今日もいい天気ですね!」

「あら、そうですか? それは心配ですねぇ…

昨日、ガレス様とお話しされていたので、

いい稼ぎを紹介いただいたいのかもしれません。」


そして、わざとらしく明るい声で、昨日の出来事を忘れさせようとする。


「奥様方、昨日のことは、もう忘れましょう。

過ぎたことを、いつまでも気にしても仕方がありませんよ。」

「それよりも2度とあのような誤解のあるようなことは口にしないことですな。」


女性たちは、恐怖から何も言えず、ヨハンの言葉に頷くしかなかった。


「…そうね… ヨハン様の言う通りだわ…」

「…ごめんなさい… つい、うっかり…」


ヨハンは、満足そうに微笑みながら、井戸端を後にした。


その夜、残された女性の一人は、自分のテントで震えながら、心に誓った。


「アンナ… あの子、どこへ行ったのかしら… きっと… きっと、ガレスに…」

「…もう… 何も言わない… 誰にも… 言わない…」


 こうして、ヨハンは、巧みな話術とガレスへの密告によって、難民キャンプに『沈黙』を強いるのであった。


______________________________


 ヨハンがガレスに密告した女性、アンナが連れ去られてから数日。彼女の母親は、憔悴しきって、王女のエリザに助けを求めた。


「エリザ様… お願いです… 娘を… 娘を助けてください…」


エリザは、母親の悲痛な訴えに、心を痛めた。


「必ず、アンナを取り戻しましょう。私にできることは、全てやります」


エリザは、守備隊長のガストールと子供たちの証言をもとに、

アンナが消えたルートを洗い出す。


「ガレスは、サンフィオーレに、若い女性を売り渡しているようです。

そのルートを突き止めれば、アンナも…」


エリザは、『エリザの』子供たちに、お願いをした。

彼女の目となり、耳となることをお願いしたのである。

そして子供たちの証言と、魔法探知を駆使して、

ついに近郊の廃村を突きとめることに成功した。


 エリザはとガストールは廃村へと向かい、教会が親衛隊の拠点になっていることをつきとめ、電撃的な奇襲を計画した。確かにエリザが魔法探知をすると、アンナと呼ばれる女性の生命反応を探知した。


教会の扉を蹴とばすとガストールは剣を構え、

目に入る親衛隊に奇襲を仕掛けた。


その剣さばきはまるで風のように軽やかで、敵を一瞬で斬り伏せる。


しかし、敵の数はあまりに多かった。


ガストールは必死にエリザを守りつつ戦い続けたが、

次第に疲労が見え始める。


「エリザ様、このままではもちこたえきれません!」


 ガストールは懸命に声を張り上げるが、その声は次第に焦りに変わっていった。エリザの背後には、既に数名の親衛隊が迫っていた。彼女の周りを取り囲むようにして、兵士たちはじりじりと距離を詰めていく。


 エリザは瞑目したまま、静かに魔力を練り続けていた。ガストールが振り返ると、エリザに向けて剣を振り下ろそうとする兵士の姿が目に入った。


「エリザ様!危ない!」


ガストールは全力で駆け寄るが間に合わない。

エリザは詠唱を続けながらも、

彼女は錫杖をしっかりと握りしめ、敵の動きを見極めていた。


 兵士が剣を振り下ろすその瞬間、エリザは素早く杖を振るい、鋭い一撃を相手の鼻っ柱に叩き込んだ。兵士は悶絶し、そのまま後ろに倒れ込む。


 さらに背後から襲いかかろうとした別の兵士に対しても、エリザは素早く対応し、錫杖を彼の腹部に打ち込んだ。


「エリザ様?」


ガストールは驚きの表情を浮かべた。


 剣聖イングリスから教わったエリザの錫杖戦闘術はその力を存分に発揮し、次々と襲いかかる敵を打ち倒していく。


「これで…終わりではないわ…」


 魔法の力を宿したエリザの錫杖が、大規模な足払い魔法を発動させる。親衛隊の約半数が、バタバタと倒れこむ。


フル装備の王国戦士と、ハイプリーストである。


親衛隊たちは勝ち目がないことを悟り、お約束の行動にうつりつつあった。


「そこまでだ。この娘がどうなってもいいのか?」


ナイフを握りしめた男が、若い女性の頬をぺちぺちと叩き始めた。

エリザの怒りが頂点に達する。


「卑怯な…!」


エリザは叫び、視線を鋭く投げかけた。


「あなたがた、そんな覚悟がおありなの?

ハイプリーストである私に対して、そんな卑怯な手を使うの?」


男は不敵な笑みを浮かべながら答えた。


「戦いに手段を選ぶ余裕なんてないのさ。

お前たちをここで始末するためなら、何だってやる!」


エリザはにっこりと笑い、静かに言葉を紡いだ。


「それでは私も、どんな手を使ってもいいってことですね?」


「へ?」と男が間抜けな声を上げた瞬間、


エリザはだいぶ前にはほぼ完成させていた詠唱を完成させた。


「ペティナンス!」


 その声と共に、神聖な光が一瞬で周囲を包み込んだ。親衛隊たちは次々とその場に崩れ落ち、苦悶の声を上げることなく、静かに倒れていく。


「皆さん、今日から悔い改め、キャンプの民のために仕えることを誓いなさい!」


 エリザの声が響き渡り、倒れた親衛隊の面々は、キラキラとした目をして起き上がった。彼らはまるで生まれ変わったかのように、その悪意が完全に消し去られ、『純粋な心』を創造されていた。


「自分はなんてひどいことをしていたのだ…」


悔い改める親衛隊たちは、一人一人がエリザに誓いを立てた。


 ハイプリーストであるエリザの究極の神聖魔法『ペティナンス』は、エリザが『つよい』プリーストを目指すために創造した、「神聖魔法の加護」を受けたエリザのオリジナルの魔法である。人間の悪意を完全に消去する、『凶悪な』神聖魔法である。


そもそも人間には悪意も最低限は必要である。

悪意の存在がなければ、自己防衛すらもできないのだ。


 悪意がゼロの『キラキラな』人間は、悪意からの防御もできないお花畑な人間である。しかしながら、この魔法はそんな人間の根源を消去してしまう、いわば『洗脳魔法』だ。エリザも実はこんな魔法、使いたくもなかったが、致し方なかったのである。


 エリザはさきほどの女性を保護し、他に選択肢がなかったかもう一回確認した。


エリザ一行は教会に入る。

教会の奥から、かすかな泣き声が聞こえる。

エリザは、急いで教会の奥へと進む。

そこには、アンナを含む数人の若い女性たちが、監禁されていた。


エリザは、アンナを発見し、抱きしめ、優しく声をかけた。


「もう大丈夫よ… 私が、あなたを守るわ…」


エリザ達は、女性たちを解放し、

安全な場所へと避難させた。


人身売買に関わっていたサンフィオーレ兵やガレスの親衛隊の残党は、

フロストヴァルド兵によって捕らえられた。


エリザは、人身売買のルートを1つ断ち切り、小さき命を救った。


しかしながら、「サイレンサー」であるヨハンと、

「扇動者」であるガレスを容疑者として拘束できたのは、

大きな一歩であった。


「1つづつつぶす」

とエリザは自分の方針を確認するのであった。

_______________________


 一方、エリザは、麻薬の流入には、一切の譲歩をするつもりがなかった。

これは国防の問題であるし、エリザにとっては戦争なのである。遊びではない。


 どだい麻薬という廃人を作成するようなものに手を出しながら、音楽で人心を惑わしたり、心の弱さなど説いても、現実主義者のエリザにはさっぱり共感ができない。


 そして彼らは、罪なき者を犯罪者に仕立て上げるのだ。


最悪である。


 エリザは、麻薬に関しては一切妥協しないことを最初から決意していた。かえって対応を甘くしてスパイ組織に介入され、『修羅の国』になったら困るのである。かつてそうやって地域有力者が連続で暗殺されるようになってしまった地域の事例をエリザは報告を受けていた。


 まず最初に吟遊詩人だったレイモンドは「暗殺」した。


彼は、サンフォーレ兵に見せしめに声を奪われて以来、

音楽で人を癒すふりをしながら麻薬を売っていた。


 売人は一人殺しても、ころころ売るものがでてくるのだ。見つけ次第、王族直属の暗殺組織に人知らず消去させた。麻薬を売るもの、買うもの、かかわるものはすべて消去した。最後に搬送ルートをみつけてつぶした。


一切の譲歩なく消去した。 


 ただ、一方、エリザは酒だけは許可した。酒も強力な麻薬であるに違いないが、酒は王国公認の麻薬なのである。不本意ではあるが、この部分だけは妥協した。本当に不本意ながら。

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