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春を前に

キッシェリア王国にはもうすぐ春が訪れようとしていた。

春といえば社交シーズンの始まりだ。

春迎の会に先駆けてあるのが、ミッドウィン公爵家が開催するガーデンパーティーだ。

身分立場関係なく気軽に参加できるパーティーで、王宮主催のパーティーに招かれないような人々も参加する。

また、今年デビュタントになる男女の参加もゆるされるため、社交経験の浅い人間の顔見せのような役割もしていた。

そんなパーティーに、私も兄シェルノと共に出席していた。

「ファル、眉間に皺が寄っている。ちゃんとして」

豪奢で広いミッドウィン公爵邸。

次々と馬車が停まり、出席者が降りてくる。

綺麗な石畳には来客を誘導するように、花が咲いた鉢植えが並んでいた。

「毎年、楽しみにしてる行事だろ?」

「うるさいですわ、お兄様」

エスコートしてくれる兄を横目で睨む。

私だってこのミッドウィン公爵のパーティーを楽しみにしていた。

高位貴族ではないから頻繁にパーティーに出れるわけもなく、こういった誰にでも開かれたパーティーくらいにしか私は参加しない。

兄のシェルノは次期子爵として、私よりかはパーティーに出席している。

それに私が眉間が寄っているのは、場馴れしていないからではない。

せっかく美味しいものを食べて、友達とおしゃべりして楽しもうと思っていたのに、そんなことができる状況ではなくなったからだ。

私の上司ともいうべき、我が国の第二王子アイザックのせいである。


来たる春迎の会を前にして、アイザックはどうしても結論を出さないといけない問題があった。

「どんな令嬢だって一緒だろっ!」

手に持っていたご令嬢の姿絵をカインに投げつけ、アイザックはソファへとダイブした。

「どのような令嬢でも一緒だとおっしゃるならば、リリアーネ様でもよろしいではございませんか」

アイザックの側で眉間に皺を寄せているのは、クラッグ侍従長だ。

アイザックの幼少の頃から仕え、今はこの青の宮を取り仕切る男だ。

今はアイザックの春迎の宴のエスコート相手兼婚約者候補を選定中だ。

「リリアーネ嬢だけはいやだ……」

クッションに顔をうずめつつも、拒否だけは怠らない。

「では、この中からお決め下さい。そろそろリリアーネ様にもお返事しなければなりません」

ワゴンの上に山となって乗っているのは国内外の婚約者候補の身上書だ。

主に未だ学園未入学者か国外の令嬢だ。

リリアーネは正統派ともいえる悪役令嬢といえる性格をしているのである。

彼女は幼少の頃からアイザックが好きで、アイザックの婚約者になるための努力は厭わない。

アイザックには婚約者候補となる令嬢が何人かいたのだが、リリアーネの嫌がらせや圧力によってどの令嬢もアイザックの婚約者となることを辞退した。

もしゲームのようにメイナがアイザックと恋仲になったのなら、リリアーネの執拗な嫌がらせを受けていただろう。

この『りょくいぶ』の攻略キャラにはそれぞれライバルの女性キャラが存在する。

その中で一番質が悪く主人公をいじめ抜き、使命を果たそうとする主人公やアイザックをリリアーネは妨害するのだ。

それによって、邪竜封印がうまくいかなくて王国ではかなりの被害が出る。

というドン引きなエピソードがあるのがリリアーネだ。

「リリアーネ嬢じゃなければ誰でもいい…」

今回の春迎の会にも、リリアーネは自分をエスコートするよう要求した手紙が何枚もきている。

だけど、アイザックが重い愛を示すリリアーネをずっと拒絶してきた。

あまりにもアイザックがリリアーネとの婚約を嫌がるので、国王も王妃もカールトン侯爵もアイザックとリリアーネの婚約を決定することはなかった。

しかし、リリアーネは納得できていない。

彼女を納得させるためには、アイザックが婚約者を決めるしかなかった。

ひとまず春迎の会のエスコートとダンスの相手をどうするのか、 クラッグはそれを促すために執務室にきていた。

そして、クラッグが示した数人の令嬢と接する機会を持つことをアイザックは了承した。


「カインはなー、こういう面では頼りにならんからな」

令嬢達の下調べをしておくとカインは告げるが、アイザックは大きなため息と共に首を横に振った。

「それならば、ここにいるファルノにどのような令嬢かを教えていただいては?」

クラッグにいきなり振られ、私はポカンとしてしまう。

いきなり何を言うのか、この侍従長は。

しかも、カインも名案だと同意している。

「ファルノはミッドウィン公爵家のガーデンパーティーに出席しますから、その時に見てきてもらいましょう」

クラッグは老獪さにしてやられてしまった。

さらに兄にも話を通してあるというのだから抜かりない。

一介の侍女には重すぎる仕事だった。


だから、今日のパーティーは楽しめないのだ。

ここに来るまでに、アイザックの婚約者候補の令嬢の姿絵とプロフィール、そこの家や身内の情報を覚えさせられた。

分厚いその書類に、エルザは今日まで私の仕事を減らしてくれるくらいだった。


「俺もフォローしてやるからさ。まずは公爵夫婦にご挨拶だ。そこに、カレリーナ嬢もいるはずだ」

アイザックの婚約者候補の筆頭は、ミッドウィル公爵の姪であるカレリーナだ。

彼女は、公爵夫婦に実の娘のように可愛がられている。


私達は公爵夫婦への挨拶の列に並んだ。

「ファルはよくわかってなかったみたいだけど、これからもこういう仕事を振られると思うよ」

「なんでですか?」

「エイシル家は王家の忠臣と言われているが、それは王家の目となり耳となり、時には手となり働く家だからだ」

王家が表立って動けない場合に、手足となり動く家臣というのが我が家らしい。

情報収集やこの前のような個人的な買い物、そういった私用というのは信用がなければ任されない。

「ファルは無事に認められたようで、兄としては嬉しい限りだ」

王家の使いっ走り認定なんて、嬉しくない。

これからもアイザックに色々と振り回されるらしい。


「ほら、カレリーナ嬢だ」

遠目で見て、まだデビュタント前の令嬢が識別できる兄がこわい。

そのくらいのことはわかって当たり前なのだろうか。

そういえば、兄のシェルノは皇太子の友人という立場だったか。

幼少より皇太子のそばに世話役としていた兄は、こういったことに慣れているのかもしれない。


「まるで自分がここの家の娘のようだな…」

公爵夫婦に紹介されているカレリーナは、遠目から見ても豪華なドレスを着ているのがわかる。

ドレスはキラキラと光っており、太陽の光を反射するストーンがいくつも散りばめられているのがわかる。

さらに胸元には大きな赤い宝石。

公爵令嬢であると紹介されたら信じる出で立ちである。

公爵夫婦の娘はすでに隣国に渡って結婚している。

それ故にカレリーナを可愛がっているのだろう。

だとしても、公爵の二組の息子夫婦は別のエリアにいて、カレリーナを手元に置いているから奇異な状況に映る。

周りの貴族達もカレリーナのことをヒソヒソと噂をしているのが聞こえる。


「ミッドウィン公爵、夫人、本日はお招きありがとうございます」

兄と共に公爵夫婦へと挨拶をする。

「妹のファルノもようやく仕事に慣れたようで……」

雑談の中で兄がそう触れれば、公爵がピクリと反応をする。

「ファルノ嬢はどこにお勤めでしたかな?」

「幸いなことに、青の宮にて働いております」

「青の宮!アイザック殿下の下ですか…」

「あそこは優秀な侍女しか付けないと聞いておりますわ。ファルノ嬢はとても優秀なのね」 

私が青の宮勤めときいて、公爵夫婦が目の色を変える。

「カレリーナ、こちらにおいで」 

挨拶する人間が下位貴族ばかりになって興味がないとばかりに近くで友人達とおしゃべりをしていたカレリーナを、公爵が呼び寄せる。

「この子は私の末の弟の娘でね。今年、学園に入学するのだ。カレリーナ、ファルノ嬢のような優秀な方のお話をよく聞いて学びなさい」

カレリーナは私のことを上から下まで見て、そしてニコリと笑う。

彼女自身は子爵令嬢のはずだが、立ち居振る舞いは高位の令嬢そのものだ。

公爵の横に立つカレリーナは髪の色が同じとあって、実の親子のように見える。

「カレリーナ・ミッドウィン・フォン・オーゼズですわ」

それから二言三言会話をして公爵夫婦の挨拶を終え、カレリーナからも離れた。


「公爵はカレリーナ嬢を殿下に宛てがいたいようだな」

公爵夫婦がいたエリアから他のエリアへと進む。

広いミッドウィン公爵邸の庭では、何か所か休憩するエリアが設けられている。

そこには飲み物や軽食があり、人々は主にそこに集まりお喋りに興じている。

「もう疲れたわ…」

いつもより長い公爵夫婦への挨拶とカレリーナの観察だけで、私はすでに疲れていた。

「今回は俺がフォローして欲しいとグレッグ殿に頼まれているが、1人でこなさいといけない時も来る。場数を踏んで慣れるしかない」

使用人から果実水のグラスを受け取って、兄が私に渡してくれる。

「後の令嬢達は出席してるか確認してからだな」

ウェルカムドリンクを振る舞うこのエリアには、目当ての令嬢はいない。

もうすでに公爵邸に来ていて別のところにいるか、まだ来ていないか。

「そういえばお兄様。グレース様は今日はよろしいの?」

グレースは兄の婚約者だ。

もうすぐ二人は結婚する。

「独身最後のパーティーだからね。好きにしてくれと言ってある。マーキス伯爵を見かけたら挨拶はしないとだけど」

「申し訳ないわね…」

多分私のために、兄は婚約者のエスコートができないのだろう。

「俺に気兼ねなくおしゃべりができると喜んでいたから、気にするな」

「ありがと……」

私もやることやって、早く友達とおしゃべりしたい。


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