チョコレート
『アンリエッタ・ショコラ』。
それは誰もが憧れる高級チョコレート専門店。
特殊な魔法がかかった硝子のディスプレイケースの中に艷やかな光を放って整然と並んでいる。
ゲーム中でもやたらと作画が良かったが、まさにその通りである。
「エンメント様はどのチョコレートがお好きですか?」
「ヒルメスでいいよ」
ディスプレイケースの前には私達3人のみ。
普通は注文するか、奥にあるティーサロンでお茶と共にチョコやチョコケーキを食べる。
ティーサロンはまだまだ薄給の私では、到底訪れることはできない。
「やはり贈答用なら、色んな種類の入ったアソートセットがいいんじゃないのか?」
カインがここに来た事情をヒルメスには簡単に説明している。
だからアイザックがメイナにプレゼントするモノを選んでいることは理解している。
しかし、ヒルメスは全くメイナには興味無い感じだ。
攻略対象だったはずなのだが、ヒルメスはメイナの好みも把握していないような気がする。
そういえば「僕は色んなことを知ってるけれど、君のことだけはわからないんだ」っていう甘々ボイスがヒルメスにはあったな。
ヒルメスは女子に奥手なタイプって感じだったけど、女子には興味なくて好感度があがってようやく主人公に興味持ったということか。
つまり、『アンリエッタ・ショコラ』のチョコを贈らないと、ヒルメス攻略は不可能に近かったのかもしれない。
「君はどう思う?」
甘いの匂いにギブアップしそうなカインが、早く決めて欲しそうに私を見てくる。
「こちらのチョコレートは特殊な保存が必要ですので、こちらのフルーツショコラが良いのではと思います」
四角いチョコレートは溶けないように持ち運びもディスプレイケースのような温度が一定になるケースに入る。
そのケースに入れるアソートセットはかなり高額な値段になる。
ちなみにすぐに食べる場合は気軽に売ってくれるので、私のような庶民は一粒だけ購入してすぐに口の中に放り込むのが定番だ。
もう少しお上品に食べるなら、馬車に持ち帰り家に帰り着くまでに食べてしまう。
一方のフルーツショコラは、ドライフルーツにチョコレートがかけてある。
そのチョコもすぐに溶けるものではないので、特殊なケースに入れる必要はない。
「じゃあ、このフルーツショコラを一通り包んでくれ」
何種類もあるフルーツショコラを箱詰めして馬車に届けてくれるらしい。
「それと、そのチョコレートを3つ。これは今持ち帰る」
「かしこまりました」
カインは3個セットのチョコを個人的に買うようだ。
「あ、じゃあ、僕は一つだけ持ち帰りで、4つ入りアソートは家に届けてくれる?」
ヒルメスが私の方を見るが、私は首を横に振る。
今日はここのチョコを買えるお金は持ち合わせていません。
二人はスマートにサインを書いて家の紋章の印を押す。
貴族なので後払いです。
個人的に購入したのは後々家に請求が届き、アイザックのために購入した品物は青の宮に請求が届くことになっています。
今日だけでどのくらい使ったのかわかりませんが、アイザックの私用の交際費として落とされます。
王族は一度に使うお金の規模が違い過ぎて、未だに慣れません。
こうして持ち帰り分だけを受け取り、私達はお店を出た。
「ヒルメスは自宅に帰るのか?」
お店を出て、店の裏手に回ると二台の馬車が停まっていた。
一つは護衛用兼荷物用の馬車で、チラリと見れば中には先程購入したものがいっぱい置いてある。
ここに先程購入したチョコが置かれて、王宮へと戻るのだ。
私達はもう一方の馬車だ。
「僕も王宮に帰るよ」
「いいのか?」
ヒルメスが買ったチョコは彼の母親へのプレゼントだろう。
彼の母親はチョコの原料であるカカオの原産地に近い南方の人間だ。
外交官だったヒルメスの父親が南方の国で一目惚れして連れ帰った奥さんらしい。
ヒルメスの褐色の肌は母親譲りなのである。
ヒルメスの前髪に隠された目はパッチリとしており、この国の人間とは造作が違う。
肌の色と大きな瞳、そして王子の学友という立場のせいで、ヒルメスは昔から色々と言われてやっかまれてきた。
南方の人間だと肌の色を揶揄されてきた母子だが、凛として恥じることなく過ごしている。
「今日は夜番なんだ」
「それなら、これ食べたら寝れないな」
カインが先程買ったチョコを取り出す。
袋の中には箱が3個。
カインがヒルメスと私に渡してくれる。
「え?私にもいただけるのですか?」
手の上にある箱とカインの顔を私は幾度も往復して見てしまう。
「今日付き合ってもらったお礼だ。さすがに俺一人じゃきつかった」
「ありがとうございます!!」
ここは素直にもらっておくのが礼儀だろう。
「僕にも良かったの?」
「ついでだ。とりあえず食べよう」
王宮に戻って食べるなんて、目立ってできない。
チョコの匂いを纏ったものを持ってるだけでも同僚達に囲まれそうだ。
私は箱を開けて一つ取って口に入れる。
「ん~~美味しい」
口の中に入れてすぐに溶けるチョコレート。
これはおそらく何も中に入ってないノーマルのものだ。
私は続けて赤い粒が乗ったチョコレートを食べる。
今度のチョコレートはラズベリーの甘酸っぱいペーストが中に入っていた。
チョコレートに夢中になっていた私は、視線を感じてハタと我に返る。
そういえばここは馬車の中で、カインとヒルメスの存在をすっかり忘れていた。
「え……あ……私ったら………すみません……」
恥ずかしい。
かなり素でした。
「美味しいよね、チョコレート。僕も好きだから」
ヒルメスが私の方を見てニコニコしている。
その声で「好きだから」とか言われたら、耳が幸せ過ぎて悶えてしまいます。
なんだ、この口も耳も幸せな空間。
「そんなに喜んでもらって嬉しいよ。あ、そうだ。君のことファルノって呼んでもいい?」
横にいるカインの笑顔付きの提案に、私はただただ首を縦に振るだけだ。
「じゃあ、僕もファルノさんって呼ぼう」
「………ありがとうございます」
手を合わせるのだけはどうにか堪えました。