お出かけ2
先程の店はちょっと浅慮だった。
その後何軒か焼き菓子を取り扱う店を覗いたが、日持ちしそうなものはパウンドやクッキーばかり。
これなら王宮の料理人に頼んで作ってもらった方がいいだろうということで焼き菓子の案は無くなった。
実際に見て選ぶって大事だな。
「次の店はここから少し歩くんですけど…」
店が立ち並ぶこの通りは商店街のようになっていて、馬車や荷車は通れない歩行者専用になっている。
店の裏に回れば馬車が普通に通れる道になっている。
王宮へ向かって続く道は、王宮側が貴族街となっており、この商店街も次第に貴族向けの店が増えていく。
次に行く店も、どちらかと言えば貴族向けだ。
「次が一番オススメなんだっけ?」
「はい。やはり贈り物のお菓子といえば、『アリエッタ・ショコラ』です」
「母上がもらったら大喜びするところだな…」
カインの母親、侯爵夫人という身分の方さえ滅多に食べれないらしい。
王都随一のチョコを扱うこの店は、予約しても三ヶ月待ちという噂だ。
今回は侯爵夫人が手に取るような最上級のチョコではなく、比較的お手頃価格のチョコだ。
ここで私がチョコを買うなら、3日は食事代を切り詰めなければならない。
一粒でもだいぶお高いチョコだ。
「………って」
店先にある雑貨を覗いていると、微かに聞こえる美声。
「…なせってっ」
気の所為ではない。
これは、この魅惑の低温ボイスは宮舘昴の声だ。
ということは、この付近にヒルメス・エンメントがいるはず。
私はキョロキョロと当たりを見回す。
「あ!」
「どうした?」
声を上げた私に、カインが私が指差す方を見る。
「あれは、ヒルメスか?」
私達のいる側とは反対の道端、二人の男性に囲まれた眉目秀麗の黒髪の青年がいた。
「何かお困りのようですね」
カインをチラリと見る。
「君はここで待っていて」
カインは私に言い置いて、ヒルメスの方へと向かう。
待っていてと言われましても、気になるので付いていきます。
だって、ヒルメスを近くで見るチャンスだし。
「君達、何をしているんだ?」
カインが自分の護衛を連れて、男性達の間に割入る。
「いや、それが……コイツがぶつかって来ましてね……」
ヒルメスはもっさりとした黒髪褐色の肌をしていて、ヒョロい。着ている外套も綺麗なものではなかったから、侮られたのだろう。
弱そうな異邦人にぶつかられて、腹が立って絡んでる貴族様の図らしい。
しかし、ヒルメスにイチャモンをつけていたのは、どう見ても子爵かそこらだ。
仕事上貴族の顔を多く覚えているが、彼らに見覚えはない。
下っ端の騎士が意気がってるのでしょう。
「君達はぶつかってきただけで、二人がかりで詰め寄るのかい?見たところ怪我も何もないようだが……」
ヒルメスを背中に庇い、カインが二人に対峙する。
二人はカインが上位貴族だと、その身なりからわかったのだろう。
「た、大したことないので…」
「今度から気をつけてもらえば…」
二人はアワアワと慌てて、その場から逃げ出した。
「大丈夫か?」
二人が人混みに消えたのを見届け、カインがヒルメスを見る。
「大丈夫です」
ヒルメスが外れていた外套のフードを被る。
彼の特徴的な褐色の肌が見えにくくなり、ヒルメスはホッとしたようだ。
「護衛はいないのか?」
カインがキョロりと見回すが、護衛どころか付き人もいない様子だ。
「また一人で街に来たのか。いくらそんな格好してたって一人での外出はやめろとあれほど……」
カインが呆れたため息をつく。
ヒルメスの薄汚れた外套は、もしかしたら平民の偽装だったのか。
たしかヒルメスはたまに立つ市場に出かけて、輸入品などを物色するのが趣味だった。
もちろん一人でフラフラとそこら辺の店を覗くのだ。ゲームでもそんなことを主人公ともやって、さっきみたいに絡まれて二人で手を繋いで逃げるってヤツだったような。
今考えたらとっても危ない。
「うちの馬車があるから、それに乗って帰れ」
カインがそう言えば、ヒルメスが視線を彷徨わせる。
これは絶対にまだ帰る気がないやつだ。
そんなヒルメスを見て、カインの額に怒りマークが見える。
ヒルメスはアイザックのご学友として幼少より王宮に来ていた。
同じく小さい頃よりアイザックの側近としてそばにいたカインは、アイザックと共にヒルメスの面倒をみることがよくあった。
「迷惑をかけるわけには…」
「もう帰るだけだろう?」
カインにたたみかけられ、ヒルメスがう~と唸る。
「あのっ…ご用事はお済みなのですよね?」
まだ一人で街歩きしたいヒルメスと彼を帰らせたいカインのにらみ合いが始まりそうで、私は恐る恐る声をかけた。
「はい。まあ……」
このままほっといてくれとヒルメスの顔に書いてある。
けれど彼は考え事に熱中すると周りが見えなくなるタイプだ。
それで先程の人達にぶつかったのだろう。
学園に通っていた時もよくあった。
カインもヒルメスのその状況をよく知っているから、強引に自分の馬車に乗せて帰らせたいのだ。
「もしこの後お時間があるようでしたら、ご一緒に『アリエッタ・ショコラ』まで行きませんか?」
「えっ!?」
「おい…」
私の提案にヒルメスが嬉しそうに私を見る。
喜ぶヒルメスの顔にちょっとクラクラしそうで、慌てて気持ちを持ち直す。
カインが私に咎める視線を向けるが、おそらくこの提案が一番良い考えだと思う。
ヒルメスはチョコが大好物なのだ。
ゲームでも、『アリエッタ・ショコラ』のチョコをヒルメスにプレゼントしたら好感度ばく上がりで、チョロ…とても役にたった。
「ご迷惑でなければご一緒しても?」
長い前髪から覗く目がキラキラとかがやいている。
迷惑だと断りたいカインだが、ここで断ればヒルメスは一人で帰る。
さすがにそれは見過ごせない。
「わかった、一緒に行くぞ」
カインは、渋々了承した。