絡まれはじめ
王宮の侍女はその宮を使う主が快適に過ごせるために、朝早くから働く。
私は王子付の専属侍女というわけではないから、寝起きの世話をしない分、朝は遅い方かもしれない。
それでもこの青の宮の主、アイザックが執務室へとやってくる時間までにやることがたくさんある。
執務室のフロアは侍女といえど簡単に立ち入ることはできないのでまずは衛兵に身分チェックされて、侍女の待機室へと向かう。
ここは侍女の休憩や待機をしておく部屋であり、侍女として働くための道具が置いてある。
制服は王宮内にある寮で着替えてきているから、エプロンをここで付ける。
エプロンには青の宮で働く侍女である紋章と青いラインの刺繍が胸のあたりに施されている。
ポケットから自分の私物を入れる棚の鍵を開けて、そこから腕章を取り出す。
この腕章は、特定のフロアに立ち入ることができる身分を示すものだ。
これが無ければ、私は執務室フロアに入ることは許されない。
失くしたり悪用したりしたら解雇や実刑もあり得るような、管理も厳重にしなければいけないシロモノだ。
身支度を整えたら、一度部屋を出て場所を移して、朝から働く侍女達を集めてのミーティングだ。
青の宮の侍女長から、今日の青の宮及び王子の予定が伝えられる。
アイザックは1日執務だということなら、私はずっと執務室フロアに待機しておかねばならない。
来客は執務室フロアで行われる内々のものもあるけど、来客専用のエリアでも相手の身分によっては私がお茶出し担当をすることになる。
「今日、アイザック殿下は昼食を挟んで執務室でお仕事をされ、来客と共にお茶をされます」
青の宮はアイザックは第二王子で18歳、この前まで邪竜封印の旅に出ていたので、人員が少ない。
昼食は私とエルザの担当だが、お茶の対応は他の侍女が当たる。
私としてはお茶の方を担当したかった。
なんてったって、ヒルメス・エンメントとセドリック・デゼルが来客らしい。
ヒルメス・エンメントは18歳という若さで賢者という称号を与えられるくらいの博識だ。5歳になる頃には数カ国の国の言葉をマスターしていたらしい。落ち着いた低音ボイスの宮舘昴が声優を務めていた。
そして、最年少魔法使い、16歳のセドリック・デゼルは少年ボイスといえばという女性声優の安達なえだ。
実際にお聞きしてもらえないのが哀しい。
ぜひ給仕してお声を拝聴したかった。
推し声優ではなくても、魅力的な方々のお声を聴くことは私の栄養である。
アイザックが執務室で軽食を取っている。
「あー、そろそろメイナが戻って来るかなー」
「マクセル殿は明朝戻られたとの報告がありましたので、メイナ殿もお戻りでしょう」
カインが伝えれば、アイザックの食事の手が止まる。
「お前……」
現在、聖女メイナと魔法騎士マクセルは邪竜の影響で凶暴になった魔物の討伐のために部隊を率いて王国各地に出向いている。
メイナとマクセルは邪竜封印の旅の過程で思いが通じ合い、見事恋人同士となった。
ゲームのマクセル恋愛エンディングである。
大歓声の中二人見つめ合って凱旋してくるエンディングスチルはそれはそれは美しかった。
実際にその場面を見たかったという欲はあるが、私はメイナとマクセルが幸せになってくれて嬉しい。
けれど、ここの部屋にいるアイザックは違う。
どうやらメイナにガチ恋していたらしい。
「ボクだって、一緒に討伐に行きたかった…」
「王子が討伐に行けるわけないでしょう」
カインのツッコミは手厳しい。
ゲームではホイホイ気軽に魔物討伐に出れる王子だが、現実問題として王子が討伐に行くなら近衛騎士団一個隊は動かさなければならないので大変だ。
邪竜封印という大義名分があったからできたことで、今は王からの出征の命令がなければ難しい。
好きな子と一緒に旅したい、良いところ見せたい気持ちもわかるけど、アイザックはこの国の第二王子で王位継承権第二位なんだから仕方ない。
「ボクもメイナに会いたい…」
今日のアイザックの駄々はまだ終わらないらしい。
毎回これに付き合うカインも大変だと、同情の目で見てしまう。
「そうだ!」
ヤバい、カインと目が合ってしまった。
主達のやり取りを見ず、存在感を消すのが侍女の仕事なのに。
エルザがいたら、後で怒られるところだった。
「そんなにメイナ殿にお会いしたいのでしたら、贈り物でもなさったらどうでしょうか?」
「贈り物!?」
「討伐の慰労という名目であれば、角は立たないかと」
王子という肩書は、モノ一つ贈るだけでも色んなことを気にしないといけない。
「贈り物かぁ……」
カインの目配せに、私は贈り物の一覧が書いてある目録をアイザックの執務机に持っていく。
「何がいいかなーー」
そう言って目録を見るアイザックは、恋する男子そのものだ。
微笑ましく思えるが、手にしている目録は主に貴金属装飾品を扱うシアトン商会のものではないだろうか。
しかも、前半のかなり高額な部分を見てないか。
そこは王族やそれに準じた高位の方が身に着ける用です。
アイザックは王子だから、いつもそこら辺で選んでるかもしれませんが、メイナに贈ると大変なことになります。
私の視線だけの必死の訴えに、カインが気付いてくれた。
「殿下、さすがにそこら辺はメイナ殿には贈れない」
「何故だ?」
「何故って……」
何故と問われると思っていなかったのだろう、カインは思っいっきりため息をついた。
「その商会はいつも殿下が使ってるところですから、何かとまずいです。それに、気軽なプレゼントとするなら不適切かと」
ウンウンと頷きたくなるのを私は必死に堪える。
「では、どんなのがいいのだ!」
王子ともなればちょっと個人的な贈り物を自分で選んだ経験がないのだろう。
そして、侯爵令息カインも婚約者がいないので、実は女性にまともに贈り物をしたこのがない。
「ちょうどメイナ殿と同じ年頃の侍女がおりますから、彼女に聞きましょう!」
せっかく壁と一体化していたのに、カインが私を指してくる。
アイザックはその手があったかと、目を輝かせてこちらを見てくる。
「エイシル、こちらに」
カインが手招きする。
「エイシルはメイナ殿のことはご存知ですか?」
「もちろんでございます」
「アイザック様の気持ち程度贈り物を選ぶ相談にのって下さい」
アイザックの気持ちって、だいぶ拗らせた恋心を込めるのですか。
なんて軽口は叩けないので、私は雑貨を扱う商会の目録を手に取る。
優秀な侍女は王宮出入りの商会がどんなものを扱っているか把握していなければなりません。
上級侍女になるためのテストに出ますので、私はもちろん把握済みです。
「こちらの商会は、お茶会の手土産などに多く利用されております」
私が差し出したのはコアン商会のものだ。
ここは可愛らしい砂糖菓子や焼き菓子を綺麗なガラス容器に入れてギフトセットにしている。
庶民から貴族まで、気軽な贈り物として喜ばれるモノを扱っている。
アイザックがパラパラと目録をめくる。
目録には挿絵やどういったものかの説明が書いてある。
「やはり、装飾品よりもお菓子ですかねぇ…」
「さっきこっちにあったコレではダメか?」
アイザックは先に見ていたシアトン商会の目録の、髪飾りのページを開く。
アイザックの手元の目録を覗き込むが、その髪飾りは小ぶりの石が3つ嵌まる金細工の髪留めだ。
目録にはお値段は書いてないけれど、気軽に贈れる物ではないことだけはわかる。
「メイナに似合いそうだろ?」
確かにメイナのピンクの髪に金細工の髪留めはよく似合うだろう。
意中の女性へのちょっとした贈り物であるなら、このチョイスは100点満点だ。
「エイシルはどう思う?」
カインが顔を引き攣らせながら、私に意見を聞いてくる。
カインの目配せは、否定しろってことですよね、わかってます。
「恐れながら、殿下。婚約者や恋人ではない男性から、髪留めといった装飾品を贈られるのは、女性は困ってしまうと思います」
メイナ、ではなくて女性として一般的なことと濁す。
恋人の髪に、違う男からの贈り物が付いてるのは誰だって嫌だと思う。
それに、メイナがアイザックからもらった髪留めをしていたら、アイザックの意中の相手だと言って回るようなものだ。
「メイナに似合うと思ったんだけどなー…」
アイザックがガックリと肩を落とす。
「ダメか?」
アイザックがカインを見上げる。
「ダメです。慰労をかねて贈るにはそぐわない品物です。やはりエイシルが提案してくれたように、コアン商会から選んではどうでしょうか」
コアン商会の品物はピンとこないらしい。
アイザックが私を見てくる。
女性に気があると誤解されない程度の気軽な贈り物ってどんなものがいいのだろう。
お花はダメだし、装飾品はもってのほか。
メイナは子爵家の令嬢なので、高額商品はもってのほかだ。
しかし、ここにある目録に載ってる商品は、だいぶお値段がはるもの。
子爵令嬢に気軽に贈れる優しい値段のものなんてない。
「ここの目録にはございませんが、街で流行っているお菓子をメイナ様に取り寄せて差し上げたらどうでしょうか」
アイザックが食べるには問題だが、メイナが食べるには取り寄せた菓子でも大丈夫だろう。
「メイナ様はお忙しく街のお菓子を手に入れるのも難しいのではないかと推察されます」
「なるほど……」
侍女達の間で食べたいと言われている人気店の名前をいくつか上げる。
「どんなものかわからんな…」
店の特徴や商品を説明するが、私の拙い言葉ではいまいち伝わらないらしい。
困った。
「そうだ!カイン、お前が店に直接行って選んでこいよ」
「ええ…!?」
「じゃあ、ボクが直接買いに行ってもいいのか?」
「それは無理だな」
「だったらカイン、お前が買ってこい」
王子の側近って、大変だな。
なんて呑気に考えながら、目録をまとめてしまう。
「俺も女の子がどれがいいとかわかんないんだけど…。そうだ、エイシル!」
「はい!」
背中を向けた状態で声をかけられ、慌てて振り返る。
「買い物付き合ってくれる?エイシルが提案してくれたんだし……」
「それがいいな。間違いないだろう」
ここで嫌だと言える権利は私には無い。
「よろしくな」
アイザックとカイン、二人の良い笑顔にダメージを受けながら、私は後日カインと二人でのおつかいが決まってしまった。