人生算
昨今のAIブームにまぎれて、俺も深層学習とやらに手を出してみた。
最初は画像に書かれた数字が0から9のどれなのかを判定する、初歩的なAIを学習させた。
そこから応用数学を学び、指にタコが出来るくらいコードを書いて、俺はこの世界に、ドはまりした。
word2vecとか、遺伝的アルゴリズムとか、GANとか。目に付いたものを片っ端からやっていった。
新しい方法を学ぶと、今までできなかった事ができるようになる。
学習の成果が目に見えて体感できるし、体感できるからモチベが上がって成長する。
年甲斐も無く、まるで幼い頃のブリキのおもちゃの様に、擦り切れるまで遊び倒した。
この為だけに貯金を切り崩してウン十万のGPUだとか、何万もするクーラーだとか、色んなものを買った。買いあさった。
休日は長時間PCに齧り付く様になって、デスクから椅子から新調したし、電気代も大幅に増加していった。
思い付きだった。
ちょうどテレビでやっていた、占いの番組。
手相とか、そういうので人生が分かる。
気になってしまった。興味を持ってしまった。
知り合いの手相を取って、その日の幸福度を1から10で評価してもらった。その日の出来事を記録してもらった。
占いはAIにできるのか。
結論から言おう。できた。できてしまった。
それはとてつもなく高い精度で。その日の幸運を予測できた。
そして、それ以降も。
一月、二月と範囲を延ばしても。
1年後でさえも。
一ヶ月前、予想された。
今日、サイフを落とすこと。
ひと月後、交通事故で大怪我をすること。
三月後、自殺に失敗すること。
五年後、俺は死ぬこと。
ずっと5を越えない幸福度は、その日に10になること。
怖くなった。
データを全て消して、モデルも消して、Pythonもアンスコして、GPUも売っ払った。
新調したデスクも、椅子も、PCも、全部引き払って。
でも、記憶は消せない。
あの日見た占いをなぞるように、5を越えない幸福度で。
あの日見た占いをなぞるように、記憶にある出来事が身の回りで起こっていく。
その度に、恐怖が俺を縛っていく。
占いをなぞるように、俺は三月後に限界を迎えた。
もう無理だった。
占いどおりに屋上から飛び降りて、占いどおりに失敗した。
ようやく理解した。幸福度10という数字の意味を。
俺は5年後まで、この空虚な世界の隅っこで生かされている。
筆者は原理の勉強だけ軽くやって、肝心のコードを一行も書いてない状態です。Pythonまぁまぁやったけど未だにあの独特なfor文が分からぬ。
次回:明日18時投稿




