手
暗いところが昔から苦手でした。
両親は私のために働き詰めでしたから、夜暗い部屋に一人ぽつんと座ることが多かったです。
自分以外が居ない静かな部屋では、時計のカチカチという音とか、機械の常日頃かすかに鳴らすジイイイイ、という音がいやに大きく聞こえました。
いつからでしょうか。怖くなったのです。
両親の居ない心細さからか、カチカチという音は怪物が歯を噛み合わせる音のように聞こえました。ジイイイイ、という音は怪物が私を見定めている音のように聞こえました。
両親に言うことはできませんでした。
いつも忙しそうだったし、自分のことで心配をかけたくなかったのです。
日に日に、恐怖は増して行きました。
カチカチという音は、眼の前の暗闇に怪物が潜んでいるかのように、夜目に、私の視界に、ぎょっとするほど大きな歯を幻視させました。
ジイイイイ、という音は、小さな私が両手を広げても足りないくらいの、大きな目玉をハッキリと想像させました。
幻だと、そう思いました。実際そうだったのだと思います。
しかし、その姿を見まいと目を瞑れば瞑るほどに、その姿はよりハッキリと、脳裏に浮かんでくるのです。
恐ろしい怪物の姿が。よだれを垂らして、私を見定めるその姿が。
別のことを考えようとするほど、どんどん近づいてくるのです。
ちょうど、だるまさんが転んだ、のように。
けれど、両親が帰るとその姿はたちまち煙のように消え去るのです。
疲れた両親は、決して遊んでくれることはありませんでしたが、それでも近くにいるととても安心しました。
年齢とともにその幻視も少しづつ薄れていきました。それでも私の心には、ただ暗闇への恐怖が残っていたのです。
それは私が一人暮らしを始めた日の事でした。
寝る前、電気を消して暗くなった部屋の隅に、奇妙なものが見えるのです。
たちまちのうちに、私の心はあの頃の恐怖を思い出しました。怪物の恐怖を。
しかし、それは怪物などとは違う、それはまるで人の手のように見えました。
まっすぐに生えた四本の指、少しずれて親指、向けられた手のひらには片仮名のテのようなシワがありました。
その手は、私に向けて差し出されたように見えました。ころんだ子供に差し出すような向きをしていました。
私はその手を取ってしまいました。
なぜだか、自分でもうまく分かりません。
でも……怖かったのかも知れません。
あの暗い部屋が。静かで、一人ぼっちのあの空間が。
あの日から、暗闇は怖くなくなりました。
仕事でも結果を出せました。
何も不安はありません。
だから、あなたもそれを見たときは、その手を取って、一緒に仲良くしましょう?
義手を差し出して、彼はそう言った。
あの日から、評価は怖くなくなりました。
仕事でも結果を出せました。
何も不安はありません。
だから、あなたもこれを読んだときは、その手を取って、一緒に評価をしましょう?




