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chapter5:彼の優しさ。

「はぁー、、蒸し暑い。」


 ――5月の下旬――

 涼しかったここ数日間とは思えない程、気温も上がっており湿度が高い日が続いている。

 制服も長袖から半袖に変えている生徒も、ちらほら伺える。


「はぁ~。」


 ついつい、ため息も出てしまっている。


「お、どうしたんだ。」

「最近、ため息多いぞ。」

「恋でもしてんのか??、ははっ!!」


(ほんとこいつは人の気も知らないで...)


 まぁそういうところがコイツらしい。

 でも、ほんとにどうしたものか。



 ――…昼休み。


「あぁ。ゆう!」

「このプリント、職員室まで運んでくれないか。」


 厄介ごとを頼まれていた。


「自分でやりなよ、姉ちゃん。」


「ここでは先生と呼べといってんだろっ!!」


 ベシッっと叩かれた。


 この人は黒田 夢月(くろだ むつき)、俺の実の姉だ。


 大雑把でやりたくないことは、とことんやらないタイプだが、面倒見が良くいい教師だ。

 普段の姉を知っているからこそ、悪いとこが際立つが知らなければただの優秀すぎる教師で模範的だ。


 その姉に頼まれて、俺はまた雑用をしていた。

 というより押し付けられていた。


「はぁ、全くここでも人使い荒いのはよくないぜ。」


 図書室に管理用の書類と、整理を任されていた。

 特段、暇だからいいけど昼休みを全部使いそうな勢いのプリントの量だ。

 まぁ、姉は無償でやらせないから後々、何かご飯でも奢ってくれるだろう。


 俺は、図書室に着いて作業を始めた。

 図書室は別館になっていてかなり広い。


 くの字の踊り場があるタイプの階段で、上っているところが見えるようになっている。

 初めてここを訪れた時はとても驚いた。


 探索をしようもんなら、小一時間は余裕でできるレベルだろう。

 図書館の場所は校舎がある東側で、南側にグラウンド、西側に大きな体育館が設備されている。

 まぁ、広すぎる気もするが。


 しばらく整理をしていると丁度、室内の端あたりだろうか。

 見覚えのある人物が居た。


 頬を膨らませて弁当を頬張っている、姫野さんが昼食だろうか、口いっぱいに食事を取っていた。


「え。」


「う゛ぅ、んぐっ!!」


 あ、詰まらせたなこれ。

 彼女は慌ててペットボトルのお茶を飲んだ。


「な、なんであなたがこんなところにいるのよ。」


 あ、しゃべった。

 今まで口も聞いてくれなかったお嬢様が、やっと喋った。


「ふふっ、ははっ!!!」


 思わず大きく笑ってしまった。

 何時ぶりだろうか、こんなに清々しくなったのは。

 俊哉や叶夢といても、最近は心の底から笑ったことはなかった。


 ダンッと音を立てて彼女が机を叩いた。

 流石に笑いすぎただろうか。

 怒っている。


「ねぇ、なんでここにいるの。」


「なんでって、それは、、」


 雑用を押し付けられていると言おうとした。

 しかし、それを彼女の言葉が遮った。


「なんで、なんで!!」

「私に構うのよ!!」


 言っちゃいけない。

 彼を傷つけてしまう。

 そんなこと本心から、思っていない。

 ただの、自己中心的な気持ちだ。

 羨ましいのだ。

 彼が、彼らが。


 今まで、私はお母様や姉達の残像を押し付けられてきた。

 叶わなかったことをやらせる為に。

 その時から、自分の何かが壊れた音がした。

 幼少期という心の成長期に差し掛かるときに、純粋な子供ではなくなった。

 誰かの機嫌を損ねないように、失敗しないように、絶対にやらなくちゃいけない使命感に。

 でも結局は無駄だった。


「お姉ちゃん!!」

「これ...」


「話しかけないでよっ!!!」

「あんたみたいなのがいるから、私たちに負担がかかるんでしょ!!」


「あ、お、ねぇちゃん。」


 頑張った。

 感情を殺して。

 羨ましかった。

 普通の生活が。


「ひめの、さん、??」


 彼女は泣いていた。

 真っすぐこちらを見て。


「もう、私に構わないで。」


 彼女は持ってきていた荷物をまとめて去っていった。


 何も言えなかった。

 彼女が抱えているものが分からないから。

 いや、内心ビビッていたのかもしれない。

 人の気持ちに踏み込むことは、その気持ちの一端を預かるのと同義だ。


「あぁ、、やっちゃったな、わたし。」


 鞄に付いていたキーホルダーがより、罪悪感を際立たせる。



 今日の予報は晴れだった。

 しかし、大粒の雨が静かな図書室に鳴り響く。


 放課後、俺は泣いていた彼女が頭から離れなかった。

 一種の呪いのように。


「あ、傘忘れた。」


 玄関へ向かう。

 思い出す。

 そこまで前ではなかったものの、ここ最近は色々と考えこみ過ぎていたせいか、すごく時間が経ったと感じる。

 この雨の中、走ろうとした。だけれど、もうそんな気力はなかった。


「歩いて帰るか。」


 そうして帰ろうとしたとき。


「おーい、ゆう~。」


 姉さんの声がした。

 傘を持って、こっちと手を振っていた。


「私の使え。」

「雫から連絡があった。」

「兄さん傘忘れてるからお願いって。」


「あぁ、そっか、連絡あったな。」


 昼休みにあんな事があったため、忘れていた。


「はぁー、お前、何悩んでるか知らんが、家に帰ってその腑抜けた顔を絶対に持ち込むなよ。」

「雫が心配すっから、マジでやめろよ。」


 流石姉だ、まぁ顔に出やすいタイプだから出ていたのだろう。


「分かってる、心配はかけないよ。」

「傘、ありがとう。」


 雨の中、姉からもらった傘を差し、歩いて帰っていた。

 思い出す。走って帰ったあの時を。

 ふと俺が休憩していたバス停に目を落とす。


「あれ?」


 見慣れた人がそこで雨宿りしていた。

 見た感じ遠めでも分かるほど、かなり濡れていた。


――――…

「もう、私に構わないでよ。」


 予報では晴れだった。

 まさかこんな日に限って雨なんて、ついていない。

 おかげでかなり濡れてしまった。


「はぁ、最悪だ、わたし。」


(黒田くんには悪いことしたな。)


 今日に始まったことじゃないけど、彼といると私がおかしくなっていくように感じる。

 正直なんで家に上げて、一緒に出掛けるなんてことをしたのかが分からない。

 気でも触れたかのように、別の自分がそうしているように感じてしまう。


 ――はぁ、寒い。

 今日は蒸し暑くなると思って、夏服を着て来ていた。そのせいもあってかなり体が冷える。


「早く帰ろう。」


 立ち上がろうとしたとき、前に人がいた。

 その影は少しずつ、丸くなっていきその影の主の膝が見えていく。


「よう。」


 見慣れているようで、そうでもない。

 傘を差し、屈んでこちらを少し見上げる形で黒田くんが居た。


「なに。」


「はぁ、あの時の言葉をそっくり返すよ。」

「何が君をそうしているのか知らないけど、風邪、引くよ。」


 あ。

 真逆だ、あの時と。

 苦しい、この人の優しさに触れてからとても苦しい。

 どうしても泣きそうになる。

 甘えていいものだろうか、でも彼に嫌なことをした。



 彼女は、今にも触れると崩れそうな感じがした。


 ――どうしていいかわからない。


 人はこういう時、優しい言葉が欲しいのか、それとも自分を見つけてほしいのか分からない。

 まぁ、とりあえずは室内に入らないと、いくら5月だとはいえ、濡れた状態では体温が下がってしまう。特に今日は少し冷え込む。


俺は少し微笑んで、彼女と目線を合わせた。

「別に俺は怒ってないよ。」

「君にどんな理由があるか知らないし、咎めるつもりもない。」

「いきなりあんなこと言われたのはびっくりしたけど、でも、今は帰ろう。」


すると、彼女は張り詰めた糸が完全に切れたのか


「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛。。。」


 大きな声を上げ泣いてしまった。

 まるで子供みたいだった。


 俺はそっと彼女を抱きしめた。

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