chapter15:林間学校4 過去の記憶2
それから周りの状況が一変した。
「私は私立の小学校に受験をして、入学したの。」
「今から話すのは、私が11歳の時の話よ。私は姉達と違って不愛想で不器用な人間だったから、幼い頃から周りから白い目で見られてね、陰でイジメに会っていたのよ。原因は色々あるのだけれど一人の男の子が私に告白してきたことから始まったわ。」
――――――――…
「ねぇ!! どういうことっ!!」
「え? な、なに?」
「しらばっくれてんじゃないわよ!!」
「六原くんを泣かせたのあなたでしょ!」
その日の前日、私は空き教室に呼ばれていた。
「ごめんね、こんな所に呼んじゃって。」
彼は六原 輝
大手菓子メーカーの社長の息子だそうで、温厚で友達思いなところから、周りから人気があった。
彼とはクラスがずっと違うため、面識は少しあれど、話した事は殆どなかった。
「その、用って?」
私は知らないフリをしていた。
柳沢家で色々と教え込まれてきている為、幼い私はそこまで鈍感ではなかった。
顔色、息遣い、そして緊張したものがする独特の動き。全部教え込まれていたからこそ察し、気まずかった。
それと似たようなシチュエーションを何度か経験している。
「ひ、姫野さん!! あ、あの!!」
彼は、少し間を置いて続きの言葉を言った。
「僕と、付き合ってくださいっ!!」
でも、私はどうしていいかわからなかった。
その子の事は、ただの人気のある子としてしか認識していなかった。
ましてや相手はお金持ちであろうボンボンの息子。
でも、今の生活に余裕が無かった私は気の利いた断り方はできなかった。
「あ、ご、ごめんなさい。」
「その、君のこと好きじゃないから。」
「ごめんなさい。」
私は、ただ「ごめんなさい」と一言、でも今思えば言葉が足りなさすぎると思っている。
翌日から学校へ行くと周りの状況が一変していった。
まぁ、恐らくは行為を抱いていた彼が原因だろう。
良くしていた友達だった子たちが、たちまち口を聞いてくれなくなり、私は孤独になった。
「そこから女子独特の陰湿なイジメが始まったわ。元々私は柳沢財閥の末っ子としてみんな何か言ってきたりして来てこなかったけれど、後々、私が落ちこぼれだと知るや否やどんどんとエスカレートしていったわ。」
「そこから一年間、ある日から物は無くなる、靴は泥まみれ、傘はすべての骨を折られたりと数えるだけ無駄だった。帰るときも体中びしょ濡れで帰るなんて日常茶飯事だったし、それをバレないように隠していくのにあまりに精神をすり減らしていったわね。」
「でも、それを察してか紫翠姉様がお母様に掛け合って、本来行くはずだった中学の場所を変えて受けさせてくれた。今思えば、道具として成り立たなくなるから、環境を変えたとしか思えないけど。」
「中学に上がるときに家族内の状況もどんどんと変わってしまっっていった。ある日突然、4つ上の霞姉様が跡継ぎとして選ばれ、紫翠姉様が忽然と姿を消したの。」
「私にとっては、正直もうどうでもよかったのよ、家のことなんて。でも仲良くなったと思った紫翠姉様まで私の前から消えてしまった。」
「そこから私は霞姉様の言いなり奴隷になったわ。当主が絶対であり、逆らうことはできないから。」
「それからの3年間は最悪だったわ、人との話し方も忘れてしまってろくに友人もできない、家に帰ると奴隷の扱い、中学になっても、擦り切れた心と精神までは変わることはなかったわ。」
「そして、私は高校を一人暮らしを条件に、柳沢財閥の保有する、この高校に入ることになった。」
「これが私の隠してた事よ。まだまだ言えてないことはあるけれど、どう? 聞いてみて。」
彼の方を見ると、今にも情報過多で発狂しそうな程とても難しい顔をして腕を組んでいた。
「情報量多かったかな...」
少し返答を待っていたが、帰ってくる様子が無かった。
まぁ、普通に生活をしていたら絶対辿ることの無いような、非日常に近しい与太話だ。
「んー、分からん!!」
彼は考えるのを諦めたような顔をして、こちらを見ていた。
「まぁ、そうよね。」
「ごめんなさいね、こんな話してしまって。」
俺は下を向きながら話す彼女を見つめた。少し元気が無いように見えた。当たり前と言えばそうなのだろう、過去の記憶を思い出しながらそれを他人に話す。当然本人は嫌な気持ちだろう。俺も思い出したくもない事を伝えるのは、少し躊躇う。それが人というものだろうから。
「まぁ、過去に何があったかなんて俺はどうでもいい。今見てる、目に映ってる君が、俺の知ってる姫野っていう人物なんだから。」
「そういうものなのかな。」
「多分、俊哉や叶夢に話しても同じ反応されると思うよ。」
「一つ言えることは、俺らと居て良かったって思えるようになって欲しい、かな。」
「まだ、ひと月ぐらいしか経ってないから何ともだけど、今を楽しめばいいんじゃねぇーのか?」
「おい、優。」
後ろから声を掛けられ、ビクッっとした。
恐らくは見回りをしている先生なのだろうが、声が夢月姉だった。
「もう就寝時間だぞ。こんなところで話すなら、さっさと部屋に戻れ。」
「へいへーい、分かったよ。」
「んじゃ、俺は部屋に戻るね。」
「う、うん。」
黒田君は、そそくさと足早に戻っていった。
「私も戻らなきゃ。」
「おい、待て。」
夢月先生の横を通り過ぎようとしたとき、呼び止められた。
「お前、柳沢の人間だろ。なんでFクラスに居ないか疑問に思ってたが、まぁいい。」
「優達とは上手くやれてるか??」
「え? あ、はい。」
「そうか、なら良かった。だが警告しておく、もしもお前らのせいで、優に何か起これば、お前はこの学園に居場所がなくなると思え。あいつは数少ない私の家族だ。何かあれば私は許さんからな。」
「分かりました、肝に銘じておきます。」
彼女の目を見ると、先ほどまでとは嘘のように、しっかりとした真っすぐな目をしていた。
「それと優の事は好きか??」
「え...??」
「そのまんまの意味だ、恋愛感情として聞いている。」
「その、まだ分かりません。」
「彼とは一ヶ月程度しか話してませんから。」
「ですが、いい人だなって思います。優しいというより気遣いが出来る人っていう感じな気がします。」
「そうか。」
「いい時間だ、そろそろお前も自室に戻れ。」
そう言って、夢月先生はポケットに手を入れながら去っていた。
「はぁー、なんか重たい話した感じなのに、そう思えないわ。」
「でも、好き、ね。」
「未だに分からない感情かもしれないわね。」
家族、友達としての好きは少しだけど、知っているつもりだ。
「ふっ、彼、いや彼らは違うかもしれないわね。」
そうして私も、二人が待つ自室へ戻った。