chapter14:林間学校3 過去の記憶1
「はぁー...疲れた。」
遡る事、数時間前。
俺らは夜の海へ駆り出されていた。
訳は、昼に行われたゴミ掃除の際にさぼってしまい、ばれた挙句にこの始末だ。
課せられた内容は、90L用の袋×2つ、という何とも鬼畜であった。
「あんな所、行くんじゃなかったよ。」
「まぁまぁ、そう言うなって。」
「そうだぞ、犠牲に生まれた光景ってのも案外悪くなかったしな。」
始めたの18時過ぎた頃だったからか、夕焼けが海に沈んでいるのが分かる。
「なぁ、俺らいつまで一緒なんだろうな。」
「俺は少し怖い。あいつが居なくなったときは正直、立ち直れそうになかった。」
「でもお前らが居たから、今の俺がいる。他にも夢月姉や雫と楓ちゃん、叶夢のお姉さん達もそうだ。いろいろな人が居たからこそ、今がある。」
「でもそんな幸せだと思える日も、大人になるにつれて無くなってしまうんじゃないかって思うと、寂しい、そして怖い。」
袋とゴミトングを徐に下げ、後ろから見る優の姿は、その言葉の通り寂しさを感じさせた。
そのまま、優も消えていきそうなぐらいに、夕焼けと共に当たりが暗くなっていく。
何も言えなかった。
俺含め、叶夢もそれを眺め、言葉の意味を嚙み締めて、優を前目に沈みゆく夕日と共に見つめていた。
「なぁ、いつかみんなで来れるかな、ここに。」
「あぁ、そうだな、今度は皆で来よう、いちごや楓、雫ちゃん達も連れて。」
「そうだな、今いる、姫野、柏木さん、白崎さんも連れてみんなで。」
ホテルに帰ったときはもう、20時前だった。
みんなそれぞれ自由行動になっていて、ロビーで話している子もちらほらいた。
それぞれ順番に風呂に入り、俺はロビーで暇を潰せないかと思って向かっていた。
「あれ? 姫野どうして居るんだ??」
そこには姫野が居た。
「なんでって...あなたLINE見てないの??」
確認すると、姫野から「20時までにロビー来て」と返信が来ていた。
その時間は丁度、ホテルに帰って来た時間ぐらいだった。
今はもうとっくに21時を回っている。
「いやー、すまん、すまん」
すると、げしっと軽くだが足を蹴られた。
可愛いとこもあるもんだなと思いつつ、疑問に思った。
「でもなんで、姫野一人でここに居るんだ??」
「―――それは...」
返答を待ったが帰ってこない。
何か相談事だったら聞いてやりたいが...
私は今どんな顔をしているだろうか。
はっきり「あなたを待ってました」なんて言えるわけがない。
呼んだ理由は簡単で、朝から今まで、ほとんど話していなかったから。
私、ほんとなんでこんな事しちゃってるんだろ。
自分でも最近、訳が分からなくなる。自身の気持ちと行動が一致しないことが増えた気がしてならない。
「ごめんなさい、私も分からないの。」
「そう、か。」
「まぁでも、今日ほとんど話せなかったし、いいんじゃないか?」
彼も、同じ気持ちだったのかな?
分からない。あの日から閉ざしてた何かを、彼は開けてくれた気がする。でも怖い、こんな気持ちになるのが、とても怖い。
「なぁ、姫野って夢ってあるか??」
「いえ、無いわ。」
「じゃあ、将来やりたいものとかも無いのか??」
彼の言葉を聞くまで、私はそのようなものを一度たりとも考えたことがなかった。
ある言葉が脳裏に焼き付いていた。
「茜、あなたは何も出来ないのだから、何もしなくていいわ。」
「夢なんて持つだけ無駄よ。」
私を、嘲笑うかのように吐き捨てる、無慈悲な言葉。
母でありながら、己が為に、我が娘も道具としてしか見ていないあの目。
あの時以降、私は考えるのをやめた。誰かに期待をしても初めは良くしてくれるが、どんどんとその笑い声が嘘に聞こえてきて仕方が無かった。小学生の時はイジメに会い、中学に上がると、周りの男どもが、金持ちだからと近づいてくるやつがたくさんいた。
でも彼は違った、私を何とも思わず、接してくれる。でも身分を知ったら今のままの態度で居てくれるだろうか?
分からない。だからこそ怖く感じてしまう。ここ数か月しか話していないけど、それでも楽しかった。
―――いや、正直に言おう。彼を信じて、私の全部を。
「ねぇ、黒田くん、私の話を聞いてくれる??」
「ん? うん、いいけど...」
突然、何かと思い彼女を見た。真剣な眼差しでこちらを見ていた。その目は俺の中の姫野さんにはないぐらい強く、真っすぐな目。でもその強い眼差しとは裏腹に、どこか不安に満ちた表上だった。
「あ、あの、私ってどう見える?」
「う、うん??」
「そ、そうだな。一言でいうと無愛想な人、かな。」
「やっぱりそう見えるわよね。」
「私ね、ほんとは皆と話したいんだ。楽しく笑って遊んで、普通の女の子になりたかったの。」
「黒田君は、私の今住んでいる家を見てどう思った??」
「んー、お嬢様? かな。」
「そう、お嬢様なんて綺麗なものではないけれど、それに近いかもね。」
「今から数年前、まだ中学校に上がる前だった気がする。柳沢財閥ってあるでしょ?? 私はその直系の子なのよ。姉妹で4人、私はその末っ子。苗字が違うのは、母が柳沢の直系で、父が姫野だからよ。父の名を名乗っているのは柳沢として認められて初めて名乗ることが許されるからだわ。」
「姉達は凄く秀才で、求められたものすべてを卒無くこなしていた。」
「だから、その頃から求められることが多かった。様々な人が私に、ありとあらゆるものを教え込もうとした。でもダメだった。何をやっても、そこそこの結果しか出せなかった。」
「ある時、周りの見る目が変わってしまったの。後を継ぐのが次女に決まったあの日から。」
―――ふと夜に目が覚めてしまっって、屋敷の廊下で世話係の人たちの話を耳にしたことがある。
「聞きました? 次に継がれるの、次女の霞様になったのですって。」
「あら~、まだ14というお若いお年なのに。でも長女の紫翠様と、三女の小夜様も優秀なのでしょうに。」
「そうね、でも四女の、一番下の茜様ですっけ、あの子はダメね。あの三姉妹の方達と違って何も出来ないですもの。」
「ダメですわよ。滅多なこと言ってはいけませんこと、ホホホ」
「おい、お前ら、そこで無駄話をする暇があるなら職務に戻れ。」
「申し訳ありません、紫翠様。」
「分かったなら、戻れ。」
当時15歳で高校に入学したばかりの、長女の紫翠姉様だった。
紫翠姉様は、いつも求められた以上の成果を出し、幼い頃からその柔軟な発想で姫野家を助けていた。
「おい、茜、そこに居るんだろ。」
少し上を見上げると、壁の角に手を置き、笑顔でこちらを覗き込んでいた紫翠姉様が居た。
「聞いていたのか。」
私の自室でベットに座り、頭を抱えていた。
「でも、もう慣れてしまいました。」
「私は何をやっても、とことんダメな人間なんです。」
「もう誰も、私を期待なんてしてませんから。」
「茜、なんで私がこの家を継がなかった分かるか??」
「いえ、分かりません。」
「お前とはあまり話した事が無かったな。少し何か話すか。」
「私が当時お前ぐらいの時に、似たような経験があったんだよ。何をやっても期待に応えられない毎日だった。」
「ある時、側近の者と母が話している聞こえてきた。」
…――――――――
「お嬢様、いかがなさいますか?」
「何の事かしら?」
「申し上げにくいのですが、長女の紫翠お嬢様でございます。」
「ここの所、我々のカリキュラムをこなせていないのでございますゆえ、申し上げました所存です。」
「ふふっ、何をそんなに気にしているのかしら?」
「あの子達はただの私の道具よ。使えなくなったらそこら辺に捨てるだけよ。」
――――――――…
「私はそれを聞いてとても悲しくなった。それと同時に、いつかこの家をぶっ壊そうとも考えたよ。」
「姉様にも、その様なことがあったのですね。」
「あぁ、でも今は何も考えていないさ。」
「後々は、霞が後を継ぐだろうし、それにあいつはどこか母様と似てる。」
「だから、気負うな。私たちもお前と似たような気持ちだ。似たような道を辿り、似たような言葉を吐かれる。」
「でも折れるな、いつかちゃんと、支えてくれる友人や恋人ができるから。」
それから紫翠姉様は度々、私の部屋に来て、お話をしてくれるようになりました。
でも、それは一瞬だった。
程なくして、霞姉様が跡継ぎになった。
そのタイミングで、紫翠姉様は屋敷から姿を消してしまった。