chapter12:林間学校1 出発
今日から林間学校だ。
朝の集合が早く、いつもより1時間早く家を出なければ行けない。
「ふぁ~、おにぃ、もう行くの??」
日頃、雫より早く起きないため、久しぶりに寝起きを見た気がする。
「あぁ、時間だからな。」
「兄ちゃん、5日間帰ってこないから、飯とか洗濯とか頼んだぞ。」
「うん、任せて。」
「おにぃ居ない間、楓が止まりくるから。」
「なら心配いらないな、んじゃ、行ってくる。」
「ほーい、行ってらっしゃい。」
学校へ行く途中、目の前に人がいた。
「少し早い時間だったから、誰か分からなかったよ。」
「ごめんなさいね、連絡も無しに居て。」
そこに居たのは姫野だった。
「どうしたんだ??」
「変な物でも食ったのか?」
「あなたねぇ…」
「まぁいいわ、行きながら少し話しましょ。」
「ねぇ、あなたって何か好きなものは無いの??」
「唐突だな。」
「まぁ、そうだな…――。」
朝だからというのもあって考えても、何も思い浮かばない。
幼い頃から欲が無いわけじゃなかったが、家族に迷惑を掛けまいと無意識に押し殺していた。
特に母さんは忙しくて妹の面倒を見ている方が長かったから、欲しいものなんて無かった。
「んー、しいて言うなら休み??」
「あのね、物って言ってるでしょ。」
「いてででぇ、!!」
また頬をつねられた。
「んなこと言われても、無いもんはしょうがないだろ。」
「まぁいいわ。」
「この話は終わりよ。」
えぇーー。
中身のない話だな。
というより俺が話を潰したのか??
「じゃあ、姫野は何か無いのか??」
「好きな物とか。」
「そう、ね。」
好きだったものなら、たくさんある。
家族だった人、姉だった人、友達だった人、全部好きだった。
でも、それも今では、とても大嫌いだ。
いや、【友達】は、今は好きになったかな。
「ふふっ!」
「そうね、今、かな。」
「なんだよ、それ。」
「姫野も結局、俺と似たようなもんじゃないか。」
彼女は少し微笑んでいた。
そして、そうこうしていると、学校へ着いてしまっていた。
「おーい!、ゆうー!」
先に到着していたのか、俊哉含め、4人がもう集まっていた。
そうだ、先に説明していなかったね。
この林間学校は、一年生全員では行かない。
理由は、人数が多いから管理が難しいとのことだ。
なので、A、B、C、Dクラス、E、F、G、Hクラスで分かれて、別々のところへ向かうことになる。
基本は山登りが一般とされているが、割り振りのため、教師陣で話し合いを行い、山登り、海辺の二択を決定する。
今年はA、B、C、Dクラスが海辺、E、F、G、Hクラスが山登りとなった。
「んじゃ、お前ら乗り込めー。」
そう言われて、俺らはバスへ乗り込んだ。
移動中・・・
バスの中。
俺の隣は、柏木さんだった。
そして、俊哉と姫野、叶夢と白崎が隣同士になった。
「ねぇねぇ、黒田君って、中学で何か習い事してたの??」
「いいや、何にもしてないよ。」
「妹の面倒とか、家事をやんなきゃいけなかったから、する暇なんて無かったな。」
「へぇー、妹さんいるんだ。」
「でも家事って、親御さんは夜勤とかそんな感じ??」
「あー、少し説明が難しいんだ。」
この話題は、はっきり言って、あまり話したくない内容だ。
一度、姫野には話した事があるが、いいものではない。
聞いている方も、どうリアクションしていいか分からなくなるから。
「そう、ならいいわ。」
「なんか、あんま話したくなさそうな顔してるし。」
ニコッと笑って、彼女は話題を終わらせた。
「じゃあ、私の話をしてもいいかな??」
そう言って、柏木さんは少し真剣な顔になって話し始めた。
「私って、昔からこういう性格と見た目だから、結構軽く見られちゃうんだ。」
「私自身は注意深く気遣っているつもりでも、軽く見られちゃって、どうしても嫌がれたりする。」
「後ろに、椛が居るでしょ?? 彼女、昔からあんな感じじゃなかったのよ。むしろ私より明るいぐらい、活発な子だった。」
「でも小学生の6年生の時かな。」
「私と椛は、よくクラスの男の子たちと外で走り回って遊んでた。」
「だからなんだろうね、他の女の子、私たちの遊んでいたグループの男の子を好きな子が居たんだよ。」
「それだけなら、まだよかった。」
「小学生は、なまじ制御できないから残酷でね、高校生や大人みたいに陰でやらないんだよ。」
「そしてある時、椛が体育館裏に呼び出された。」
「椛がその場に行くと、高校生だったかな、大人に近い子たちが3人がかりで椛を拉致したんだよ。」
「私はやけに椛が帰ってこないから、行くと、靴とミサンガ落ちていた。」
「それから捜索が始まって、2日後に無事保護された。」
「誘拐したのは、クラスに居た女の子が親の権力を使って雇った、素人の集団だったみたいなんだ。」
「政治家の娘というのは知っていたけど、まさかここまでするとは思っていなかった。」
「理由は、その子の好きな子が椛に告白したところからの怨恨だった。」
「それから、椛はその日を境に、トラウマを発症してしまって、中学の3年の時を全て失ったんだよ。」
「今でこそ、特に男性と話せているけど、少し声を上げられると動機が激しくなっちゃうんだ。」
「だから私は、彼女の唯一の拠り所だから、絶対に泣かせないと誓ってる。」
「そうか。」
あの時少し、彼女と被ったところがあった。
柏木のいう事が、俺には凄くわかる。
でも、彼女は今でも白崎さんの横に居て守っている。
俺は違う、彼女を守り、助けられなかった。
そのせいで、目の前からいなくなってしまった。
「ごめんね!、こんな重たい話しちゃって。」
「いや、ありがとう。」
「こんな話、誰にでも言える話じゃないだろう?」
僕もいつか、この二人には話す時が来るのだろうか。
弱虫だった、心の弱い僕が招いた話を。
一方、一つ後ろの席、俊哉と姫野。
「――――...。」
「――...。」
沈黙が訪れていた。
(いや!、気まずすぎだろ!!)
(なんか、すげー怖い顔してるし。)
(話しかけてくるな感、半端ないし。)
――――すると。
「ねぇ、白幡くん。」
彼女から話しかけてきた。
「お? なんだ??」
「彼、黒田くんとは昔から一緒に居るの?」
「ああー、そうだな、何かとなんかやるときは俺と優、そして後ろに居る叶夢と一緒だったな。」
「あぁ、あと中学の途中まで、もう一人居たな。」
「もう一人?」
「そう、女の子で結構明るかったんだけど、ある時を境にイジメの標的にされてさ、それから俺は話すことがなくなったな。」
「いじめ、ね。」
「ん?? なんだ、気になるか??」
「えぇ、少し。」
あの時、黒田くんは暗い顔をしていた。
ほんの一瞬だったけれど、忘れはしない。
少し躊躇したようにも感じられた。
でも、聞く権利を私はまだ持ち合わせていない。
「まぁ、聞きたいんだったら本人に直接聞いた方が早いぞ。」
「概要は知ってるが、俺は話したくない。」
「というより、あいつの為に話したくない。」
「分かっているわ。」
「ごめんなさいね、このような事を聞いて。」
「おうよ、てか姫野さんってお喋りだったりすんのか??」
「いいえ。」
「でも、最近は話すことが少し楽しいわ。」
彼女は少し微笑んでいた。
(なんだよ…ゆう、あんなこと言っといて。)
―――そして、さらにその後ろの席では。
「――――...」
(この人、少し怖いな。)
(やっぱり、葵ちゃんと一緒がよかったよぉ~。)
(はぁ、苦手なんだよな。)
(こういう子はどう接していいか分からん。)
とりあえず、何か話そうと声を掛けた。
「あ、その白崎さn」
呼び終える前に、ビクッと体をさせていた。
驚かせてしまったか??
「あ、あの、ごめんなさい。」
「あ、いや、こっちこそ、ごめん。」
「驚かせたよな。」
まぁ、気まずい空気が流れていた。
俺は元々話が得意な人間じゃない。
こういう子なら尚更、無理だ。
それから、何も会話がなく、目的地までついてしまった。