育てたモンスター同士を戦わせる「モンスターバトル」、モンスターの飼い主である少年同士の究極バトルに発展する
今世界で最もスリリングでエキサイティングな競技といえば、「モンスターバトル」である!
世界中に存在するモンスターを捕まえて、愛情と厳しさを込めて育てて戦わせる。
モンスター育成のプロになれば人気者になれるし、お金も稼げる。そのため幼少の頃からプロを目指す少年少女は後を絶たない。
今日も将来のプロを夢見て、二人の少年が「モンスターバトル」で激突しようとしていた。
10歳の少年ヒロシが言う。
「へっ、オレのレッドドラゴンに勝てるもんかよ!」
彼の連れているレッドドラゴンは彼より遥かに大きく体長は3メートルほど。その名の通り真っ赤な皮膚に覆われ、鋭い牙を生やしている。
もう一人の少年、ケンジが言い返す。
「ボクのビッグスライムの方が強いに決まってるさ!」
ケンジのパートナーはワゴン車ぐらいの大きさがある巨大スライム。体色は青く、優れた弾力と軟性を誇る。
モンスターバトルは両者の合意があれば、いつでもどこでも始めることができる。
二人は同時に叫んだ。
「モンスターバトル……スタート!!!」
まずはケンジの指示を受けたビッグスライムが体を伸ばし、打撃を与える。人間でいうパンチといっていいだろう。
よろめくレッドドラゴンだが、すかさずヒロシは――
「炎を吐け! レッドドラゴン!」
レッドドラゴンが口から炎を吐く。
「どうだ! 5000℃の炎! すごいだろ!」
ビッグスライムの体表面が焼け焦げてしまった。しかし、ケンジは焦らない。
「ビッグスライム、体を飛ばすんだ! 弾丸のように!」
ビッグスライムが体の焼け焦げた部分を切り離し、勢いよく飛ばす。
弾はレッドドラゴンに何発も突き刺さり、苦悶の声を上げる。
「くっ……怯むな! 反撃だ、頭突きしてやれ!」
「ガオオオッ!」
レッドドラゴンの強力な頭突き。
だが、ケンジはこれを読んでいた。ニヤリと笑う。
「ビッグスライム、ドラゴンを包み込め!」
ビッグスライムがレッドドラゴンの顔にへばりついて、窒息による失神を狙ってくる。失神すればもちろん勝負ありである。
ここでヒロシは――
「炎を吐けぇ!」
顔面を包まれたということは距離がないということでもある。
超至近距離から放たれた炎は、ビッグスライムに大打撃を与えた。
「ピギィィィィィッ!」
これにはビッグスライムもたまらずダウン。
「尻尾で攻撃ィ!」
ヒロシの指示でレッドドラゴンが尻尾を振るう。これでビッグスライム、完全にKOとなった。
一進一退だったが、ヒロシとレッドドラゴンの勝利である。
「へへ……やったぁ!」
ガッツポーズをするヒロシに、ケンジは不服そうな目を向ける。
「な、なんだよ」
「ヒロシ……最後の一撃は余計だったんじゃないのかい」
「モンスターバトル」において、ダウンしたモンスターに“追い打ち”をかけることはマナー違反とされている。弾みということもあるだろうし、厳密に禁じられているわけではないが、あまりにひどい場合はペナルティが課されることもある。
「んなことないだろ。尻尾の一撃がなきゃ、スライムが反撃するかもしれなかったし」
「いいや、絶対余計だった。君はルールもまともに守れないのかよ」
「なんだと!? 負けたからって変なこと言うなよ!」
「変なことじゃない。尻尾の攻撃がなければ、ボクは素直に負けを認めてたよ」
公式戦ではない草試合では審判がいないので、こうした口論が起こることも珍しくない。
適当なところで折り合いがつけばいいのだが、今日のバトルは白熱したこともあって、お互いヒートアップしていく。
「君はいつもそうだ!」
ケンジが右手でヒロシを突き飛ばした。
「いたっ! やったな!」
ヒロシも負けじと突き飛ばす。
やられたらやり返すを繰り返し、突き飛ばし合いになっていく。
そしてついに――
「覇ッ!!!」
ヒロシの右手での一撃がケンジの腹部にめり込み、ケンジは十数メートル吹き飛んだ。
「技を使わせやがって……。オレの掌底による衝撃は外部のみならず、体内にまで響いて骨と内臓をズタズタに破壊する。可哀想だがもう立てないだろう」
しかし、ケンジは平然と立ち上がった。
「なんだと……!?」驚くヒロシ。
「ボクを甘く見ないでくれよ。あんな一撃で倒れるほどやわな鍛え方はしてないからね」
「くっ……!」
「今度はボクの番だ!」
ケンジは音を越える速度でヒロシに接近したかと思うと、その勢いのまま猛烈なラッシュに入った。
「どうだい、ボクのラッシュは!? “機関銃のように弾を発射できるロケットランチャー”とでも表現すべきかな!?」
速いだけでなく一撃一撃がとてつもなく重い。
ケンジの猛攻にヒロシなすすべなし。と思われたが――
「ガァァッ!!!」
ヒロシが炎を吐き出した。
ケンジも両腕をクロスさせ、どうにか防御に成功する。
「やるね……今の炎、軽く100億℃はある」
「大したことはねえ。肺を激しく振動させることで肺の中の空気の温度を上げ、灼熱の息を吐いただけのことさ」
得意げに解説するヒロシに、ケンジもニヤリと笑う。
「君がここまでやるとはね……面白くなってきた!」
「オレもさ!」
二人の拳が激突する。衝撃波で雲が割れて晴天となった。
二人の蹴りが激突する。余波で地平の彼方まで続く地割れが起こった。
「はああああああああああああっ!!!」
「でやあああああああああああっ!!!」
しばらく互角の攻防が続くが、ケンジが両拳に黒い塊を生み出した。
ヒロシはすぐその正体に気づく。
「拳に……ブラックホール!?」
「その通り! ブラックホールを宿したボクの拳は光をも捻じ曲げ、触れるもの全てを圧縮させ、破壊する!」
この拳を浴びれば、さすがのヒロシもただでは済まない。
接近戦は不利と判断し、上空へと飛んだ。
「逃げるのかい!?」
「フィールドを変えると言ってもらいたいな!」
上空へ退避したヒロシは構えを取る。
「魔滅閃球!!!」
両手から無数のエネルギーボールを発射する。
「この技、ただのエネルギー弾じゃないな!」
「そうさ! これに触れた者は分子レベルで分解される!」
「何ィ!?」
魔滅閃球が何発もケンジにヒットする。
「ハハハハッ! これで終わ――」
ケンジは意に介さず、ヒロシに向かって飛んでくる。
「なぜだ!? なぜ分解されない!? 技が効かないのか!?」
「違うよ。分子レベルで分解されても、すぐ肉体を結合してるだけさ!」
明快な種明かしにヒロシは納得する。
「そういうことかぁ!」
空中で向き合う二人。
ここでヒロシはケンジの異変に気付く。
「ん? 右腕がない……?」
ケンジの右腕が消えている。魔滅閃球で分解されたのだろうか。しかし、ヒロシはそうではないと判断する。
「その右腕、どこに行った!?」
「これかい? 右腕だけ10億年前に飛ばしたんだよ」
「10億年前だと!?」
ケンジが説明を始める。
「“バタフライエフェクト”って知ってるかい?」
「確か……ほんの些細なことが結果に大きな変化をもたらす、みたいなことだよな。蝶の羽ばたきで竜巻が起こる、という風に」
「その通り。ボクは今、10億年前に飛ばした右腕で、ほんのちょっと細工をしている。地面に落ちてる石ころを動かす程度のことさ。だけどこんな小さなことが、10億年後の現在になるとどういう影響をもたらすか分かるかい?」
ヒロシはケンジのやろうとしていることに気づく。
「ま、まさかッ!?」
「そのまさかさ。ボクが10億年前に石ころを動かすことで、君の存在は……歴史から消える!」
「や、やめろおおおおお!!!」
ヒロシは急いで間合いを詰めるが時すでに遅し。肉体が薄れ、消失していく。
「オレの……体……!」
「じゃあね……親友」
ヒロシの肉体は完全に消滅してしまった。
ケンジが過去をほんのわずかに操作することで、歴史が変わり、存在そのものが消えてなくなったのだ。
「ハハハハハッ! ボクの勝ちだァ!」
高笑いし、ケンジが勝ち誇る。
――が、次の瞬間。
「ふう……あぶねえ、あぶねえ」
ヒロシが復活してしまった。
「なんだと……!? 君の存在は確かに消滅したはず……!」
「簡単なことだ。歴史を操作されて存在が消えたなら、歴史を修正すればいい。……だろ?」
「歴史の修正までできるのか……ッ!」
歯ぎしりするケンジ。
ここまでお互いに数々の技を繰り出したが、どれも決め手にならない。
ヒロシが提案する。
「なぁ……お互い分子レベルで分解だの、歴史を操作だの、小細工はやめようぜ」
「そうだね。君がそんな小手先の技が通用する相手じゃないことはよく分かった」
両者、ついに本気を出す決意をする。今までの戦いなど彼らにとってはウォーミングアップに過ぎない。
まず、ヒロシが己の全力を開放する。
「無明炎!!!」
黒よりも黒い漆黒のオーラをまとうヒロシ。
地獄の底の底で数千年修行してやっと会得できると言われるオーラを、ヒロシはすでに体得していた。
「エンジェルホワイトストーム!!!」
対するケンジは純白の神々しい光をその身から発した。
神や天使を生み出す元とされる聖なる光、その力をケンジは身につけていた。
「へへ……エンジェルホワイトストームか……。さっきはブラックホールを使ってたのに、白いオーラが切り札とはな」
「君こそ無明炎を会得しているとは思わなかった。そのどす黒いオーラ、惚れ惚れするよ」
「黒と白……おあつらえ向きじゃんか。今こそ決着をつけよう!」
「うん、望むところだ!」
両者がうなずくと、一瞬で間合いが縮まる。
――その時だった。
「コラァァァァッ!!!!!」
両者の間に二人の中年女性が割って入ってきた。
ヒロシの母親とケンジの母親である。
「まだ未熟なくせに無明炎なんか使って! このバカッ!」
拳骨で殴られ、ヒロシは泣き出してしまう。
一方のケンジも、
「喧嘩するんならモンスターバトルなんてするんじゃないの! まったくもう……」
母親に自身のエンジェルホワイトストームをあっさり抑え込まれてしまった。
「すみませんねえ、ウチのバカ息子が……」
「いえいえ、私の方こそケンジがご迷惑を……」
謝り合う二人の母親。
叱られて、落ち込んでしまうヒロシとケンジ。すでに戦意は消えている。
「悪かったなケンジ」
「ボクこそごめん……」
喧嘩両成敗である。
叱られた二人は握手をさせられ、仲直りした。きっと明日になれば今日のことも吹き飛び、また仲良く遊んでいることだろう。
「じゃあレッドドラゴン、帰るぞー!」
「ビッグスライムもー!」
二体のモンスターが呼ばれる。
少年たちについていきながら、レッドドラゴンとビッグスライムはこんな会話を交わした。
「俺らから言わせりゃ、人間たちの戦いの方がよっぽどスリリングでエキサイティングだよな」
「まったくっすね」
おわり
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