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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

旧)突然ですが、異世界で宝箱をやってます

作者: ぐまのすけ
掲載日:2021/11/25

「ちぇっ、また回復薬だよ」


 宝箱から取り出した回復薬を見て残念な表情を浮かべる少年。

 本当は強い武器や防具を期待したのだろうけれど運も実力のうちだ。


「でも回復薬だって買うと高いし良かったじゃん?」

「そうですよ? 私の回復魔法だって魔力が尽きたら終わりですしね」

「次に宝箱を見つけたら今度は俺が開けるぜ!」


 仲間との関係は良好なのか楽しそうに去って行く若い少年少女たち。

 身に着けている装備品からして見習いか初心者冒険者だろうか。強い武器や防具も良いけど、まずは技術をしっかり磨いて死なないよう頑張ってほしいものだ。



 ☆☆☆



『さて、もう大丈夫か?』


 誰もいないことを確認すると宝箱から腕を出して大きく伸びをする。

 この仕事を始めて一ヶ月になるけど未だに信じられない。


『まさか本当に異世界があるなんて思わないよなぁ』


 俺が住み込みで働いていた工場が閉鎖になって日々の生活どころか住む場所さえ失って途方に暮れていた時に、風で飛んできた一枚の広告に目が止まる。


 相手に品物を渡すだけの簡単作業。

 個室完備、食事付き、賞与あり。


 すぐに連絡して面接のために向かったアパートの一室で待っていたのは疲れた顔をした金髪美女。しかも背中には白い翼のようなモノまで見える。

 一瞬、ヤバい人に首を突っ込んだかと思ったけど今にも泣き出しそうな金髪美女の話を聞けば本当は女神様でそこから先はテンプレ小説の通り。


(うーん、異世界で宝箱の仕事って言われても……)


 俺は今の世界が嫌いなわけじゃない。

 毎週読んでいる雑誌もあるし、ゲームやアニメだって大好きだ。来週には新作スイーツがコンビニに並ぶから楽しみにしている。


 さすがに異世界に行きっ放しは困るから断ろうとしたら暇な時なら元世界に戻っても大丈夫らしい。それならと言うことで働くことに決めたんだよな。


『まさか魔物だとは思わなかったけどさ』


 女神様曰く、厳密には魔物ではなく管理者らしいけど……。

 俺の姿は某有名ロールプレイングゲームに登場する宝箱の魔物にそっくりで、違いと言えば高級感のある赤地に縁取りや鍵穴付近は細かい金細工が施されて外箱だけ見れば一流の美術品並み。


 宝箱の蓋が少し開いて飛び出しているのは薄灰色の肌をした見覚えのある二本の細い腕。左手首には金の腕輪が鈍い光を放ち、右手首には複雑な文字や記号が入り組んだ黒い線が幾重にも描かれて外箱の豪華さとは対照的にかなり薄気味悪い。


(この姿に何の意味があるんだ?……ってお客さんか)


 耳を澄ませるとコツコツと足音が近付いて来る。

 姿を見せたのは翠色の長い髪に尖った耳のエルフ族の女性だ。

 身の丈ほどの杖を持ち、大胆に胸元が開いた黒のドレスに金刺繍の入った外套(がいとう)を纏っている。装備品から推測するに高レベルの魔法術師だろう。


「あら? こんな深い洞窟に宝箱なんて珍しいわね」


 午前中の浅い洞窟とは違って今度はかなり深い洞窟に転移したらしい。……と言うのも俺は宝箱の仕様として一度蓋を開けてしばらく時間が経つか、月が空の真上にくるとランダムで転移させられるのだ。おかげで動けない宝箱の俺でも毎日、異世界の景色を楽しめるんだけど困った事も多い。


 先日はゴブリンの巣窟(そうくつ)に転移して三十匹以上のゴブリンに囲まれた挙句、宝箱を壊そうと攻撃を始めるゴブリンと戦闘になったのだ。まあ、相手の数が多かったから召喚魔法で強力な魔物を呼び出して全滅させてやったけど。


「罠は……無いわね。それにしても綺麗な宝箱」


 魔法で周辺の調査を終えたのか俺に近付くエルフの魔法術師。

 歩く度に胸が揺れるのはエルフ族の仕様なのか?


「さて、どんなアイテムが出るのかしら。危険な洞窟なんだからそれに相応しいアイテムを頼むわよ」


 一応、俺の仕事は宝箱なので普段は正体を隠して何の変哲もない宝箱として過ごしている。出現するアイテムも聖剣レベルの装備品から薬草や石ころまで自由に決められるけど普段はランダム設定だから運次第。

 罠を警戒しつつ蓋を開けて中身を取り出すと美しい顔が歪む女エルフ。


「……何でこんなクズアイテムが入ってるのよっ!」


 眉間に皺を寄せて無造作に地面に叩き付けられたアイテムを見ると超初級アイテムの薬草だった。因みに回復薬はこの薬草を魔力水と混ぜて錬成するらしい。


「こんな豪華な宝箱なんだから高価なアイテムを出しなさいよねっ!」


 俺から少し離れると杖の先に魔力を込めて炎魔法をぶっ放してくる。

 当然、女神様が作った宝箱の俺には効かないけど滑稽な姿に思わず声を出して笑ってしまった。


「えっ!? まさか宝箱じゃなくて魔物だったの!?」

『あ、ばれた?』


 宝箱の中から二本の腕を突き出して正体を見せると慌てること無く杖を構える女エルフ。その表情はさっきまでの珍妙な態度とは違い一流冒険者そのものだ。

 俺も普段は宝箱として過ごしてるけど身の危険を感じたり、不確定要素が多い場合は魔物として対処を始めるようにしている。


「下等な魔物のくせに私を笑うなんていい度胸してるわね? これでも帝国で数人しかいない上級魔法術師(ハイウィザード)なのよ?」

『いや、笑って悪かったよ。でも薬草って……ぶふっ』


 堪えきれずに吹き出すと真っ赤な顔で俺を睨んでいる。しかも体が小さく震えているように見えるのは俺の気のせいか?


『も、もう大丈夫だ。笑ったお詫びに珍しい素材を渡すから許して――』

「私を馬鹿にしたことを後悔させてあげる。<火炎の槍(フレイムランス)>!」


 俺の話を最後まで聞かず杖の先から炎の槍で次々と攻撃してくる女エルフ。

 その全てを片手で受け止めて握り潰すと美しい瞳に驚きの色が浮かぶ。


「なっ!? それならこれでも喰らいなさい! <爆炎の円陣(フレアサークル)>!」

『ちょっと――』


 止める間もなく魔法詠唱を始めると魔法陣が展開され巨大な炎の壁が俺を包み込む。目の前で轟々と燃え盛る炎の質はとても高く彼女が超一流の上級魔法術師(ハイウィザード)だと証明していた。


「どう? 私が作り出す炎はあなたを焼き尽くすまで消えないわよ? 降参するならすぐに殺してあげるけど?」

『……』


 最初に笑った俺が悪いんだけど……。

 想像していたエルフ像と違い過ぎてやり場のない不満が頭の中を駆け巡る。あのボディーをこの世界から失うのは残念だけど傲慢な女エルフに付き合うのも面倒だし終わらせるか。


「降参する気はないのね。なら、さっさと死になさ――」

『今度は俺の番だろ?』


 燃え盛る炎を全て宝箱の中に吸い込むと女エルフが口を開けたまま驚いて固まっていた。


「……焦げ跡すらないなんて、あなたは何者なのよ……?」


 彼女の質問を無視して召喚魔法を唱えると一人の悪魔が姿を現す。

 見た目は細身のインテリではあるけれど溢れ出る圧倒的な暴力の権化に女エルフは腰を抜かして倒れこんだ。


「……上位悪魔公アークデーモンデューク……、嘘でしょ……?」


 目を大きく見開いたまま徐々に顔は青褪め、震える両手の振動が杖から地面に伝わりコツコツと鳴らしている。両脚の間から漏れ出た液体は地面に吸い込まれることなく周囲にはアンモニア臭が立ち込めた。


『あとは任せるからよろしく』


 深々と俺に頭を下げる悪魔と女エルフの悲鳴を背に異世界を後にした。



 ☆☆☆



「あいつのせいでちょっと疲れたな」


 元世界に戻って部屋の扉を開けると一人の女性の寝姿が目に入る。

 枕元には電源が入ったゲーム機やお菓子、飲みかけのジュースが散乱して夜遅くまで遊んでいたんだろう。

 下着一枚で布団を蹴り上げて腹を()いてる姿に百年の恋も冷めそうだ。


「女神様ー? ミロア様、起きてくださいー」

『ん……、んあ……おかえりーっていつ帰ってきたんだい?』


 何度か体を揺らすとようやく目が覚めたのか口元の(よだれ)を手で拭いながら大きな欠伸(あくび)をしている女神ミロア様。乱れた寝間着の隙間からナニかが見えそうでドギマギしていると俺の視線に気付いたのか口端を持ち上げて笑みを浮かべている。


『ボクが気になるの? キミにはお世話になってるし少しくらいなら触ってもいいよ?』

「ぶふっ!」


 女神様のくせに何を言い出すんだか……。

 これでも健全な男子なんだから誘惑は勘弁してほしいよ。


『あははっ! キミって本当に楽しいねー。ところで異世界の方は順調? 何か困った事とかは無いかな?』

「はぁー……」


 異世界から戻るたびに、こんな風にいじられっぱなし。

 でも女神様と言うより面倒見の良い近所のお姉さんって感じで悪い気はしないんだよな。

 小さなため息をつきながら近況報告と気になったことを聞いてみる。


「こっちの世界の物って異世界に持ち込めないんですか? 待ってる間、暇だから雑誌とかスマホがあると助かるんですけど……」

『なるほどなるほど。異世界に持ち込む事は可能だけど電気や電波が必要な物は使えないよ? でも雑誌とか食べ物なら問題ないかな』


 ミロア様の言うように異世界の時代背景は地球の中世に近く、電気が必要な家電は使えないし電波が必要なスマホアプリも不可能だろう。


「雑誌が持ち込めるだけありがたいですよ」


 事実、宝箱として向こうに常駐しても毎回誰かがやって来るわけではなく暇な時間も結構多いのだ。

 だだっ広い平原に転移した時は雲の形が変わるのを日がな一日見ているだけだったし、海の底に転移した時は珍しい深海魚の数を数えて終わったっけ。


『逆に異世界の物をこっちに持ち込むのは不可能だからね。でも異世界で稼いだお金は私がこっちの世界で使えるように換金してあげるからいつでも言って。慣れたら宝箱をしながら商売を始めてもいいよ』


 異世界で商売を始めるなんて考えもしなかったよ。

 因みに宝箱から出るアイテムを店先に並べるのは駄目だと釘を刺された。あくまでも自分で準備した素材に限るらしいので、そこだけは注意しておこう。


「それじゃ、今から買い物に行くけどミロア様は食べたい物とかあり――」

『牛丼っ!』

「……」


 間髪入れずに返ってきた言葉が牛丼って……。


「ミロア様のおかげで財布も少しは潤ったし高い物でもいいですよ?」

『牛丼がいいっ! あれこそ至高の食べ物……』


 胸の前で手を組んで恍惚(こうこつ)の表情を浮かべているミロア様。

 ついでに口端から涎が出てるけど敢えて指摘はしない。


「そ、それじゃ、買い物に行って来ますねー」


 アパートを出ると近所のコンビニへ行ってミロア様が食べ散らかしたお菓子とジュースを追加で購入しておく。特にコーラとポテチの組み合わせがお気に入りみたいなので少し多めに買っておいた。


「さて雑誌も手に入れたし、最後はミロア様の牛丼を買って帰るかな」


 お腹を減らして待っている可愛い同居人のために急いで牛丼を注文する。もちろん並盛りじゃなくて大盛りだ。



 ☆☆☆



(今度はどこに転移したんだ?)


 あたりを見渡すと石造りの大きな部屋だった。

 天井や壁には見事な装飾や魔法による照明が取り付けられて妙に明るく、手入れが行き届いているのか綺麗に片付けられている。


(あれって宝箱……だよな?)


 部屋には大小様々な宝箱が置いてあって驚いてしまった。

 女神ミロア様の話だと異世界に派遣された人間は俺だけって聞いている。


『あのー、俺は宝箱だけど誰かいませんか?』


 返事がない。ただの宝箱のようだ。

 やっぱり気になって声をかけるけど某有名ロールプレイングゲームのメッセージが頭に流れる。


 気まずい空気に本当に一人でよかったと思ったその時、向かい側に置いてある宝箱の陰から一人の少女が俺を見て呆然としていた。


『……えっと聞こえてました?』

「……は、はい」


 見開いた目をさらに大きくしながらも小さく(うなず)き返す少女。

 年の頃は十代半ばくらいだろうか。胸元まで伸びた金色の髪は少女が動くと優しく揺れて、灰色の瞳に薄紅色の唇が愛らしい。


「……あの、あなたは誰なのでしょう?」


 少女が至極当然の質問をしてくる。

 まさか人がいるとは思わなかったけど返事をした以上、このまま無言を貫くのも申し訳ない。

 問題は少女が俺の姿を見て耐えられるかどうか……。


『えっと、俺の姿を見ても怖がらないでくれるか?』

「わ、わかりました」


 少女の返事を聞いて宝箱の蓋を静かに開ける。

 中から二本の腕を伸ばそうとした時に、女神ミロア様の話を思い出した。


(そう言えば俺って宝箱以外に別の姿に変身できるんだよな?)


 普段は宝箱だけど、その姿では困る場合だってある。

 そんな時に対応できる様、ミロア様が準備をしてくれていたのに、すっかり忘れてたよ。もちろん今まで一度も使ったことがないから、どんな姿に変身するのか不明だけど宝箱から飛び出す二本の腕よりマシだと思う。


「あの……?」

『ああ、悪い悪い。本当に怖がらないでくれよ?』


 少女に念を押すと宝箱の蓋を半分ほど開いて中から飛び出した。

 その瞬間、背中の羽を自然に動かすと少女の目の高さまで浮かび上がる。


(ん……? 何か自然だったけど羽って? 少女が大きくなった?)


 さっきまで普通だった少女が数倍以上の大きさになっていた。

 何が起きているのか混乱していると少女が嬉しそうに俺の前へやって来る。


「まぁ! あなたは可愛い妖精さんなのですね!」

『うん、可愛い妖精?』


 少女の言葉を聞いて近くに置いてあった美しい大盾(タワーシールド)に自身の姿を映す。

 見た目は十歳くらいの少年だろうか。短い金髪にスラリと伸びた手足と背中には透明の羽。芸能人モデルも真っ青の可愛い三十センチほどの妖精が映っていた。


(しかも全裸って……)


 視線を下げると年相応のモノが付いている。

 ふと大盾(タワーシールド)を見ると手で顔を覆いながら指の隙間からバッチリ下半身を覗いている少女と視線が合う。


「……あっ!? ご、ごめんなさいっ!」


 俺の視線に気付いて少女は後ろを向くけどその顔は真っ赤だ。

 今さら急に隠すのも変だし妖精って全裸も多いから俺もそれに(なら)おう。


(郷に入っては郷に従え……だな、うん)


 自分自身を納得させると全裸のまま気にせず、少女の目の高さまで飛んで話を聞くことにした。


『ここってどこ?』

「あ、はい、ここはフレディール聖王国の宝物庫です」


 確かによく見れば宝箱の他に、宝飾の付いた燭台や小箱などの古美術品、淡い光を放つ黄金の錫杖(しゃくじょう)や白銀に輝く戦斧(バトルアックス)。他にも大量の装飾品や装備品が飾ってあって見事としか言いようがない。


『そんな宝物庫で何をしてるんだ?』


 一番怪しい俺自身は置いといて少女に聞いてみた。


「私はフレディール聖王国の第一王女でサラフィーナと申します。数刻前に突然、条約を破って隣国のオリンス帝国が攻め込んできました。私たちは城外に逃げる時間もなく護衛と共にこの宝物庫へ……」


 悲しそうな表情で(うつむ)くサラフィーナ王女。

 その手はドレスの裾を強く握りしめて悔しさが伺える。


『そうだったのか。戦況はどんな感じなんだ?』

「騎士の皆様が頑張ってくれていますが――」


 突然、宝物庫の扉が開いて一人の女性が姿を見せた。


「王女殿下、ただいま戻りましたっ!」


 ゲームやアニメで見るような銀色の鎖帷子鎧(チェーンメイル)の上から装飾の入ったサーコートを着込んだ立派な騎士で、かなり急いでいたのか額には玉のような汗が滲んでいる。


「あぁ、フロリア! よくぞ無事に戻ってくれましたね!」


 サラフィーナ王女がフロリアと呼ぶ女性の手を取って出迎える。

 二十代前半のこの女性がさっき言ってた護衛騎士だろう。


「疲れているのに申し訳ないですが状況を教えてもらえませんか?」

「はい、わかりました。国王陛下は騎士団の一番隊と合流して現在は――」


 サラフィーナ王女の前に片膝を付くと報告を始めるフロリア。

 よく見れば鎖帷子鎧(チェーンメイル)の至る所が破損し、隙間から見える素肌からは血が滲み戦闘の激しさを嫌でも理解出来てしまう。


「――城内に侵入した敵の数が多く、このままでは……っ!?」


 サラフィーナ王女の足元に座って一緒に話を聞いていた俺と目が合って唖然としているフロリア。


『俺のことは気にせずに報告を続けて?』

「なっ……!?」


 驚かさないよう優しい声色で話しかけたつもりだったけど無駄っぽい。

 徐々に顔が赤くなり肩が震えて激高していく。


「貴様は何者だっ!? 城の宝物庫なのにどこから侵入して来たんだっ! 今すぐに王女殿下の側から離れろっ!」


 このままサラフィーナ王女の近くにいると彼女にまで被害が及びそうなので、羽を広げてフロリアの顔の高さまで飛んで行く。


『俺は宝箱の妖精だ。キミたちに危害を加えるつもりは――』


 ここでフロリアの視線がある一点に注がれている事に気付いた。

 別に見られて困るわけじゃないけど恥ずかしいぞ?

 隣のサラフィーナ王女もしっかり指の隙間から見てるし。


「王女殿下にそんな粗末なモノを見せつけるとは何たる不届き者がっ! 今すぐ切り落としてくれるから大人しくしろっ!」


 フロリアは物騒なことを喚きながら腰に()いていた剣を抜こうとするが、戦闘続きで金属が疲弊していたのと俺のモノを見て焦って抜いたために中ほどからポッキリと折れてしまう。


「き、貴様のせいで陛下から賜った私の大切なミスリルの剣が!? ……今すぐ握り潰してやるから覚悟しろよ?」

『怖いんだよっ!』


 この状況に慌てたサラフィーナ王女が完全に目付きが据わっているフロリアを止めてくれなかったら、俺の人生はここで終わっていたかもしれない。


『あ、ありがとう、サラフィーナ王女様』

「いえ、こちらこそフロリアが失礼なことを……。と、私のことはサラとお呼びくださいませ、宝箱の妖精さん」


 俺とサラのやり取りを横で静かに聞いているフロリア。

 一応、危険な魔物ではないと判断してくれたのか今は落ち着いている。


(……ん?)


 そこへ遠くから大勢の足音が宝物庫へ近付いて来た。

 フロリアも気付いたのかサラの前に立ち扉を睨んでいると、黒の鎧やローブを着込んだ男たちが大勢入って来る。


「見つけたぞ、サラ王女殿下? まさか宝物庫に隠れていたとはな」


 敵の中からぶくぶく太った男が一歩前に出る。豪華な装飾を施した被服(ひふく)を身に着け、いかにも権力者の一人だと思わせる人物だ。


「なっ、宰相(さいしょう)っ!? ま、まさか我が国を裏切ったのは……?」


 サラは目の前に現れた人物を知っているのだろう。

 宰相と言えば国のトップに近しい役職を務める者だ。そんな人物が裏から敵国に手を回していたと知ってサラは呆然とし、フロリアは怒りの表情を向けている。


「ぐふふっ、私の政策に首を縦に振らない国王陛下が悪いのだよ。しかも最近は私の周辺を探らせていたようなので寝返ることにしたのだ。手土産を渡そうと宝物庫を訪れてみればサラ王女殿下がいるとはな」


 自分の悪事がバレそうになったから国を売るついでに宝物庫を荒らしに来たって感じか……、いかにも悪者が考えそうなことだな。


「サラ王女殿下……いや、サラよ。(わし)の物になる気は無いか? 儂の物になるなら国王陛下や王妃殿下、妹の命は助けよう。断れば……ここにいる男たちが何をするかわからんぞ?」


 脂ぎった顔と下卑(げび)た笑みを浮かべる宰相。奴が何を考えているのか取り巻きの男たちの表情を見れば誰の目にも明らかだ。


「貴様、王女殿下に何を――ぐはっ!」


 宰相の言葉にフロリアが声を荒げるが最後まで言い終わるより早く敵の衝撃系魔法が顔面を襲う。


「フロリアっ!?」

「だ、大丈夫です、王女殿下……」


 片膝を付き苦痛に顔が歪み口の端から血が流れているが、手の甲で拭うと魔法を放った男を睨みつけている。


「サラよ、儂の物になるか否か。今すぐにここで決めるんだ」

「……あなたのような卑怯な男に捕まって(なぐさ)み者になるくらいなら私はここで自ら命を絶ちますっ!」


 手近にあった宝石の付いた短剣を自らの首に突き付けるサラ。

 フロリアも現状を何とかしようと宝物庫を見渡すが、ここに置いてある武具の殆どに殺傷能力は無く美術品としての価値しかないらしい。


「生意気な小娘がっ! それなら二人であの世に吹き飛ぶがよいっ!」


 宰相が手を上げると黒いローブを纏った数人の男たちが杖を向ける。


「……死ね。<火炎爆裂(ファイアバースト)>!」

「きゃぁぁぁーーっ!」

「サラお嬢様ぁぁっ!」


 瞬間、宝物庫が敵の魔法攻撃により吹き飛んだ。



 ☆☆☆



『まぁ、こうなると思ったよ。二人とも平気か?』


 床に(うずくま)って小さくなっている二人に声をかけるが返事がない。

 もう一度、声をかけようとしたその時、二人がゆっくりと顔を上げて呆然とした表情であたりを見渡している。


「……私たちは死んだはずでは……?」

「……サラお嬢様、大丈夫ですか?」

「え、ええ。私は何ともありません。一体、何が起こったのですか?」


 二人とも今の状況に混乱してるみたいだけど無事ならよかった。

 視線を敵に向けるとサラやフロリアと同じように何が起こったのかわからずに杖を向けたまま唖然としている。


『おい、そこの宰相と愉快な仲間たち。今すぐに投降するなら殺さずにおくけどどうする?』

「……な、貴様は何者だ! 儂の宝物庫にどうやって入った!?」


 いや、それはもういいから。それに宝物庫はお前の物じゃないだろ。

 激高する宰相の言葉に心の中で小さくため息をつく。


『俺は宝箱の妖精だよ。それとサラとフロリアは俺の庇護下にあるから傷付けることは不可能だぞ?』

「……妖精風情が何を(たわ)けたことを。<火炎弾丸(ファイアバレット)>!」


 宰相の隣に立っていた男が杖を俺に向けて魔法を撃ってくるが俺の周辺には<魔法障壁(マジックシールド)>を展開させてあるから問題なし。


「な、無傷だとっ!?」

『だから言ったのに。あと魔法ってのはこうやるんだよ。<焦熱の業炎(インフェルノ)>』


 俺が魔法を唱えると男の足元に小さな黒い炎が浮かび上がる。炎の大きさに安心したのか踏みつけて消そうとした時、炎が大きくなり瞬く間に男を包み込むと小さな悲鳴を上げてこの世から焼失した。


「「「……」」」


 宰相以下、愉快な仲間たちも何が起きたのか理解できないらしい。それでもすぐに正気に戻ると俺に杖を向けて魔法を唱える。


「<火炎爆裂(ファイアバースト)>!」

「<大気の刃(エアカッター)>!」

「<毒の針(ポイズンニードル)>!」

「<水の衝撃(ウォーターショック)>!」

「<石礫(ストーン)>!」


 赤色や青色、黄色に緑色の魔法が俺目掛けて飛んできたけど、その全てが魔法の障壁に(はば)まれて消えてしまう。


「う、うわぁぁぁーーーっ!」


 全ての魔法が俺に効かないと知って逃げ出そうとする男たち。

 そこには、すでに統率された軍隊は皆無だ。


『逃がさんよ? <獄炎の壁(ヘルファイアウォール)>』


 俺たちにとって唯一の出口と言うことは敵にとっても同じこと。地獄の炎で出口を塞ぐと、もはや逃げられないと悟ったのか地面にへたり込む。


「……お、お前は、何者なのだ……?」

『うん、俺か? だから宝箱の妖精だって言ってるだろ』


 宰相に言い放つと、そのままサラとフロリアへ視線を向ける。

 奴らの心はへし折ってあるし背を向けても問題ない。


『二人とも平気か? あいつらの処分は任せても大丈夫だよな?』


 口を開けて放心状態だった二人に声をかけて三回目で返事が返ってきた。


「あ、あの、宝箱の妖精さん。何てお礼を言えばいいのか……」

『サラも気にしないでいいよ。あのままだと俺にも被害が出そうだったしな』


 本当はあの程度の魔法如きで俺が傷付くことはないけどね。

 サラと話している横でフロリアが片膝を付いて俺に頭を下げていた。


「妖精殿にお願いがあります!」

『……き、急に改まって何だよ?』


 その姿に少し驚いて返事が遅れたけどフロリアは気にしていないっぽい。


「国王陛下や王妃殿下の救出に妖精殿のお力をお貸しくださいっ!」


 何となくこうなる予感はあった。

 出来ることなら俺だって手伝ってやりたいんだけど……。


『えっと、悪いが無理なんだよ』

「そ、そうですか……」


 残念そうな表情で俯くフロリア。

 実は女神ミロア様に第三者同士の争いに俺が直接介入するのは控えるように言われているのだ。さっきの魔法のように俺が直接力を振るえば一国程度なら吹き飛ばせる自信はある。でもそれをやり続けると、いずれ世界が破綻するらしい。光に対して闇があるように善に対して悪もまた必要ってのが女神様の考えなのだ。

 でも間接的になら――。


『フロリア、この宝箱を開けてみろ』

「で、でも勝手に王家の宝箱を開けるなんて……」

『この宝箱は俺の物だから問題ない。いいから早く開けるんだ』

「じゃ、じゃあ、開けます……えっ!?」


 フロリアが宝箱の蓋を開けると一本の剣が現れて顔の高さまで浮き上がる。

 幅広で磨き抜かれた美しい刀身は青白く輝き、冷気を纏っているのか大気中の水蒸気が冷やされて霧状に漂っていた。


「とても綺麗……」


 サラが剣を見てうっとりした表情を浮かべている。

 確かに異世界に来て一ヶ月近くは経つけどこんなに美しい剣を見たのは俺も初めてだ。


「あ、すごく軽い……」


 フロリアが手に取ると驚いている。

 身の丈近くもあって重そうに見えるのに実際は羽毛のように軽いらしい。


『問題は剣の切れ味だな。えっとコレが切れるか試してみろ』


 俺が指定したのは土属性の魔法で作り出した巨大な岩石だ。

 剣の見た目が普通ではないから余計に能力が気になる。もしこれで刃が欠ける程度なら別の方法も考慮する必要があるしな。


「で、でも、もし剣が折れたら弁償できない……」


 確かに見た目はとても美しく一級品の美術品にも劣らない。もし売りに出せば幾らの値が付くのか検討すらつかない。


『大丈夫だ。もし折れても請求書は回さんよ』


 少し泣きそうな表情のフロリアにもう一度、切るように言うと覚悟を決めたのか岩石に向かって剣を構える。


「でやぁぁぁーーーっ!」


 剣戟一閃(けんげきいっせん)


 上段からの袈裟斬(けさき)りで剣を振り抜くと岩石は大きな音と共に真っ二つになって転がっていた。しかも切った表面は磨いた石のように滑らかだ。


『よし、今度はこれを切ってみろ』


 敵が身に着けていた鎧に似た物を魔法で作ってフロリアに放り投げると、岩石と同じように真っ二つになって地面へと落下する。


「すごい……、妖精殿、この剣はすごいですよっ!」


 さっきまでの悲しい表情と違って今度はキラキラした瞳で俺を見つめるフロリア。その姿は一昔前に流行った小型犬みたいでちょっと可愛い。


 俺たちとは正反対に敵の表情は完全に青褪めていた。

 自分たちが身に着けている鎧が紙を切るように真っ二つになったのだ。目の前の半分になった鎧と自分を重ねて完全に戦意は喪失している。


『フロリア、その剣はお前にやるから城の人たちを助けに行ってこい。ついでに護衛を何匹かつけてやる』


 魔法陣から呼び出したのは二種類の召喚獣。

 艶やかな銀毛の狼は口から冷気を吐き出し、漆黒の黒毛の狼は口から炎が溢れている。そんな狼たちが総勢十匹、俺の前に頭を垂れて命令を待っている。


「妖精殿……、本当にこんな凄い剣をもらっていいのだろうか?」

『宝箱を開けたのはフロリアだし気にしなくてもいいよ。それより今からは時間が勝負だ。この蝋燭(ろうそく)が消えるまでに全てを終わらせて戻ってほしい。それまではサラは俺が守ってやるから安心しろ』


「わ、わかった! サラお嬢様を……王女殿下をお願いします!」


 フロリアは最後に片膝を付いて頭を下げると、一目散に出口へと向かって走り出す。もちろん彼女の傷は回復魔法で治療済みだし強化魔法もかけてあるから大丈夫だろう。それに十匹の召喚獣もお供に連れてるしな。


 ふと横を見ると両膝を地面に付けて祈るようなポーズで俺を見ているサラと目が合った。


「宝箱の妖精様、心からの感謝を申し上げます……」

『いや、まだ早いって。それにここへ来たのは偶然だから気にしなくていいよ』

「あの……、宝箱の妖精様が本当のお姿を隠しているのは何か理由がおありなのでしょうか?」

『――っ!? ……何でそう思うんだ?』

「私のこの目は<看破の魔眼>といって隠している物事の性質を見抜く力があるのです」


 まさか俺の正体に気付かれるとは思わなかった。

 でも<看破の魔眼>なんて能力もあるとは、さすが異世界だよな。


『本当の正体を見せるけど怖がらないでくれるか?』

「もちろんです! 私を……国を助けてくださった妖精様を怖いだなんて思いませんっ!」


 サラの要望に妖精姿の俺は宝箱の中に入ると変身能力を解く。

 そして少しだけ深呼吸をすると蓋を開けていつものように薄灰色の骨と皮だけになった腕を突き出した。


『これが本当の俺だ。こっちでは魔物の扱いになるかな』


 サラは優しく俺の腕を取って自身の両手で包み込む。少し気恥ずかしいけどしばらくサラの好きにさせていると温かい雫が手の甲を濡らしていた。


「うっ、ひくっ、うぅっ……」


 驚いてサラを見ると小さく震えて声を押し殺して泣いていた。

 いくら王女殿下といえども見た目は中学生くらいの女の子。敵に見つかればいつ殺されてもおかしくない状況が怖くないわけがないか。


『……』


 俺は黙って震えて泣いているサラを抱き寄せる。

 口にする言葉が見当たらない俺にできるのは小さな女の子の背中をさすりながら頭をいつまでも撫でるだけだった。


『サラにこれをやるよ』


 しばらくして落ち着いたのか顔を上げたサラに優しく声をかける。

 俺が取り出したのはコンビニでお菓子を買った時に付いていたオマケの小さな動物の人形。これは宝箱の中身とは関係なく俺が持ち込んだ物なので問題ない。


「かわいい……。妖精様、これは?」

『これはお守りみたいな物だよ。首飾りにでもして常に持っていればサラの身を護ってくれるはずだ』

「そんなすごいアイテムを……本当によろしいのでしょうか?」

『ああ、もちろんだ。サラと出会った記念だと思ってくれればいいよ』


 サラに渡した人形には俺が防御魔法と強化魔法をかけてある。たぶんこの魔法を破れるのはフロリアに渡した聖剣くらいだし俺が消えても大丈夫だろう。


 蝋燭を見ると残り時間は少ない。

 俺は宝箱なので一度開けると時間が経てば転移してしまう。これだけは俺にも止められないから一種の賭けだったけど……。


「「「うわぁぁぁぁーーーっ!」」」


 城のどこからか大きな歓声が聞こえてきた。

 召喚した狼たちの視界から状況を確認するとフロリアは無事に国王陛下や王妃殿下を救い出し、敵の排除に成功したらしい。


『サラ、もうすぐお別れだ。フロリアが勝利して王様たちとこっちへ向かってるから、もうすぐ姿を見せるだろう』

「ああ、本当に終わったのですね!」


 俺の声が聞こえたのだろう、宰相や帝国の者たちは俯いたまま身動きすらしない。今後、奴等をどう扱うかは俺の知るところではないしな。


『俺の出番は終わりだ。サラ、素敵な王女様になるんだぞ? それじゃ!』

「えっ、あっ、ありがとうございます! 妖精様……いえ、――様!」

『――!?』


 俺が驚いた瞬間、転移が始まって気付いたら今度は緑の草原だった。遠くには大きな山脈が広がり手前には森が見える。

 蓋を開けて腕を伸ばしながら深呼吸をしていると、箱の中を吹き抜ける風がとても気持ち良い。


(最後に俺の本当の名前を言ったよなぁ。あれも魔眼のおかげか?)


 いつか転移していれば、どこかでまた会う機会もあるだろう。

 その時を楽しみにしながら今日も宝箱の仕事の準備を始める。


(その前にミロア様と一緒に甘い物でも食べるかな)


 空を見上げれば雲ひとつない青空がどこまでも広がっていた。


最後までお読みいただきありがとうございます。

続きは色々考えていますが未定です。


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