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ある一生の記録

作者: 天川ひつじ

私のお師匠様のところには、色んなものを寄せ集めて作った機械がある。

訪れると、寄せ集めの盆栽のような外見に似合わない、澄んだ可愛らしい声で「あら、いらっしゃいませ」と声をかけてくれる。

性別などないはずだが、お師匠様に言わせれば女性だそうだ。


ある日、お師匠様は言った。

「私が死んだら、ここはこのまま触らないように」


私はキョトンとした。

私は欲深い性分ではない。

ただ、私はお師匠様の弟子であり、お師匠様はたくさんの書物や収集品に囲まれた部屋に居り、私はお手伝いを少ししており、つまり、お師匠様からこの部屋を継ぐのだと思っていたのだ。

違ったようだ。驚いた。


お師匠様は見抜いていたように、

「ここは私の部屋だから、死んでもあるがまま、私がいたままだ」

と言った。

「勝手に物を持ち出してはならない。私の身体もそのままだ。変わらないように世話するために彼女を作ったんだぞ」


なるほど…。そうなんですね…。


私はまだ驚いていた。

まさか亡くなってもそのままとは思ってもいなかったせいだ。


お師匠様は分かっているように、

「きみにはまぁ、これを上げるよ」

と透明に見えがちなある程度の厚みのある本を脇から取り上げ、私に渡した。

私は受け取った。

私はすぐに開いた。すると、それは本と言うよりも鍵だった。中から大きな鍵が浮かんだからだ。


「知識と言うのは色んな場所を開ける鍵。とはいえそれはこの部屋も開ける。だから、いつでも変わらず、きみもここを訪れると良い。彼女も変わらず声をかけるだろう。そのための彼女だ」


そうなんですね…。


***


その部屋を去ってしばらくしてから、お師匠様が亡くなったのを知った。


亡くなってから、階段を昇って部屋を訪れて、扉を開けると、お師匠様は、常に向かっていた机に向かい、いつもの椅子に座って、居眠りするような姿でそこにあった。

「こんにちは。元気ですか」

と、土や木や機械やゴミや、色んな物から作られた、声だけ美しい機械が私に声をかける。


まるで、変わらなかった。亡くなっていても。存在していた。

とはいえ、このように変わらずあるのは、この彼女のお陰だと思った。


なるほど。

私は酷く納得した。

そして、いつでも、これからも、ここを訪れて良いのだと理解した。


***


月日が流れた。

私は、私の拠点を作る事は無く世界を歩いて回っていた。

気が向いた時にお師匠様の部屋を訪れて、

「いらっしゃいませ」

と機械に声をかけてもらい、師匠の、亡くなっているけれど綺麗にメンテナンスされ続けている身体を見ながら、自分の見聞きしてきた事を話して暮らした。


私はこの頃には自分の役割に自覚があった。

私は、世界がどうであったかを見て、それをお師匠様に告げる役割だった。

それは亡くなっても変わらなかった。なぜなら、お師匠様の部屋は、この世界の縮図であり、世界と同一だったから。私が話すことに、世界全てが耳を傾けている部屋だということだ。

お師匠様はこの世界を作った人だった。

だからお師匠様の世話をする機械は、世界の全てを詰め込まれたから、統一感のない奇妙な姿なのだった。


私は世界をよく褒めた。

なぜなら私の言葉が世界の質を決めていくのだと察していた。私は褒めて育てる方針でいた。


世界を維持するために私の役割は必要だった。

私は世界を愛でた。神のようにそれらを愛でた。


そうしてある時、また訪れたお師匠様の部屋で、私は瞬きをした。

扉は開いたが、別の世界が広がっていたからだ。


「あなたは誰?」

とあの機械ではない、似た声で尋ねられた。女性に見える。

その向こう、一つ遠くなった世界に、お師匠様とあの機械が見えた。

どうやら代替わりした。この人はお師匠様、あの部屋たちの生まれ変わりだ。


私は言葉を飲み込んだ。どう伝えて良いのか分からなかったし、私の戸惑いと不安を彼女が理解するか分からなかった。

しかし彼女は敏い質に生まれたようで、どこか高みのような微笑みで、

「また来てください」

と私に告げた。

また来て良いのだ、と思って安心し、私は頷いた。言葉を数回かわした。


そうして、また私は世界を見て回る。褒めて育てる。

そして、変わりなく、階段を昇って、扉を開けると、

「また来ましたね」

と迎えられる。

今までと変わらないように見てきた事を話す。


すると、ある時から、彼女の方も、彼女の方の世界について話してくるようになった。

私には私の世界があり、彼女には彼女の見て回る世界がある。行き来はできない。しかし話はできる。

かつてはお師匠様だった彼女と、私とは今は対等の存在。


そうやって過ごして、また話すために訪ねたある時に、彼女から言われた。

「相談があるのです。一緒に新世代を作りませんか」

構いませんよ、と私も答えた。

そこで世界を超えて手を取り合った。握手だ。

それで世界が活性化した。新しい刺激は世界に反映され、色んなところで、小さな次世代がたくさん生まれた。


多くが生まれたことで、世話をするために、私はよく世界を歩いた。

全て継いでくれる者たちだ。

私は彼らに言葉と術を伝えるようにした。

物質を与えた場合は有限だが、知識と技術ならば、無限にものを生み出すからだ。

語り聞かせ、歌い聞かせ、絵を描いて教えることもした。皆熱心に私の言葉を聞いた。


私は私のお師匠様を思い出した。

知識はたくさんの扉を開ける。

全くその通りだ。


「あなたも定住しませんか?」

ある時、そう彼女に提案されて、私は近くの場所を住処に定めた。つまり居場所を固定し、情報を物質化し、他者に与える事の出来る状態にする方向に変更した。

私も年を取ったという事だ。


私が訪れなくなったので、たどり着けるものたちが私の元を訪れるようになった。

私は小さい彼らに手伝いをしてもらいながら、今後の自分の事を考えた。


私たちは有限の命なのでいつか死に至る。

私は、私を訪れる多くの弟子と呼べるものたちを思い浮かべた。数は非常に多かった。


私はそのうち自分の世話もおぼつかなくなる。サポートが必要だ。

そのサポートを、未来の子たちにさせるつもりはない。彼らは彼ら自身のために未来を使ってもらいたい。

だから私は、かつてのお師匠様の行いに納得しながら、私自身も、自分をサポートをする機械を作った。

この世界の全てを詰め込んだ。やはり聞き妙な姿になった。声だけ、選んで可愛らしい声にした。私と手と手を取り合った彼女を模したからだ。

なお彼女の方も老化を控え、手伝いの人形に私に近い声を与えたと先日便りを寄越したので、互いに似ている。


さて、まるで私が小さな頃と同じように、私を訪れる小さな子らが、私のサポートの、つぎはぎの奇妙な機械をじっと見つめる。姿と可愛い声のギャップを不思議に思うのだろう。気持ちは分かるよ。


子らの中には、意を決したように、

「私がお世話をいたします」

と告げてくる子もいた。

可愛らしいことだ。それを私は笑いながら断った。

私の世話にわざわざ作ったのだ、存在意義だ、世話は機械に任せなさい、お前たちはお前たち自身に時間を使いなさい。


そうして、そろそろ死が近づくのを意識した。

この段になって、私は、お師匠様の事をまた一つ理解した。なぜ部屋を与えず、死後もそのままだと言ったのか、だ。


同じようになって私には理由が良く分かった。

私にも弟子がいるからだ。

弟子にとっては私は唯一の師匠だろう。それはかつての私でもある。

ただし、弟子たちには自覚の無かった事に、師匠である私には、弟子は一人ではなく大勢いるのだ。


私は大勢の弟子に、等しく変わりない愛を与えたい。

だから、死後も変わらないように。死んでも保てるよう、機械も備えた。

そうして、大勢が変わらずにこの場所を訪れられるよう。迎えられるよう。

だから、この部屋はこのまま、私のものだ。誰にとっても、等しく師匠の部屋のままだ。


大勢の弟子に、この部屋を訪れる権利を。知識と鍵を体力を。


そして私は死んだ。

安心している。

世界は変わらず周るのだから。


死後どうなるのかも、おぼろげながら分かっている。お師匠様が先に示してくれている。



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