魔法少女になるからわたしと契約してよ
霊界において、妖魔族と精霊族の戦争が始まって200年。
戦線の膠着に痺れを切らした妖魔族は、状況を打開するために人間界への侵攻を開始。人間の生命力を吸収することで戦力の拡大を狙った。
一方精霊族は、霊体との親和性が高い巫女の適性を持った少女達と契約することで、妖魔と対抗する魔法少女を各地で生み出した。
ここでも、また1人……
「私と契約して、魔法少女になってくれませんか?」
宙に浮かぶ小さな羽を持った光の玉が、分厚い本を抱える少女に語り掛けた。
少女は、広げていた本から視線を上げると、くいっとメガネを押し上げて問い掛ける。
「……ひとつ、聞きたいんだけど」
「はい、なんでしょう」
「あなた達が人間に手を貸すのは、その妖魔族? との戦争に勝つため?」
「はい、そうですね」
精霊のその言葉に、少女はくっと口の端を持ち上げて皮肉っぽい笑みを浮かべた。
しかし、人間と関わるのはこれが初めてな精霊には、少女のその表情の意味が分からない。
精霊がその意味を問う前に、少女が皮肉気な笑みを浮かべたまま口を開いた。
「いいよ、契約してあげる。ただし……」
そして、また1人新たな魔法少女が生まれた。
それから4年……人間界における妖魔族と魔法少女の戦いは、ますます苛烈さを増していた。
「フハハハハ! この程度かシザーズあきこ、フレイムきららよ! 大精霊の契約者と聞いていたが、大したことはないな!!」
「くっ!」
「っ!」
荒れ果てたオフィス街のど真ん中に、悠々と佇む異形の怪物。
筋骨隆々の漆黒の肉体は身の丈7メートルにも及び、その頭部には真っ赤に輝く4つの目と2本の角があった。
その悪鬼のような存在の前に倒れる、場違いなほどにファンシーで可愛らしい衣装を着こんだ2人の少女。
2人の手には、魔法少女の証であるマジックアイテム。大きなハサミと赤い宝玉が付いたロッドが握られていたが、既にハサミは激しく刃毀れし、ロッドの宝玉はほとんど輝きを失っていた。
「ふん、まあいい。この六大魔将が1人、ゼムグランドを相手によく戦ったと言っておこう。さて、大精霊との契約をも可能としたその生命力、我が糧としてくれようか」
妖魔、ゼムグランドはそう言うと、倒れ伏す2人の少女に向かって一歩を踏み出した──瞬間、その背後から強大な魔力が放たれた。
振り返る間もなく、その後頭部目掛けて一直線に飛来したのは、並の妖魔なら一撃で爆砕する強力な魔弾。
死角から放たれた必殺の一撃。彼女達3人の切り札は……
バガァン!!!
「ふん? ……なるほど、これが本命か。この弾丸……たしか、スナイパーもえみだったか?」
「なっ!?」
「そん、な……」
ゼムグランドの漆黒の体表に傷1つ付けることなく、あっさりと弾かれた。
「小賢しい……返すぞ」
特に気負った様子もなく、ゼムグランドはそう言って、拾った弾丸を後方へと放り投げた。
まるでキャッチボールでもするかのように軽く放り投げられたそれは、しかしレーザービームかと思うような速度でビルの一角に突き刺さり、そこに潜んでいた少女を地面に叩き落とした。
「もえみ!!」
「もえみちゃん!!」
ビルの6階から地面へと落下した仲間に、2人の少女が悲鳴じみた叫びを上げる。
同時に、背中を向けたゼムグランドをハサミで切りつけ、火球を叩き込むが……それらは、やはりゼムグランドに一切のダメージを与えることが出来なかった。
「フハハハ! 無駄だ無駄だぁ! その程度の攻撃、我には通用せぬわぁ!!」
日本で最強のチームと言われている彼女達の攻撃に、防御姿勢すら取らないゼムグランド。
その圧倒的な力に、少女達の表情に絶望が滲んだ──その時、
「そこまでよ!!」
オフィス街に響いたその声に、ゼムグランドと3人の魔法少女は一斉に振り返った。
そこには、大通りのど真ん中を堂々と歩いてくる1人の魔法少女。
彼女は注目が集まったことを察すると、その手に持った無数のカラーストーンでデコられたロッドを構え、ビシッとポーズを取った。
「魔法少女コントラクターまりん、参上!!」
「なに? そうか、貴様が……」
その名乗りに、ゼムグランドは初めて警戒心を覗かせた。
コントラクターまりん。彼女に倒された妖魔は数知れず、相対して生き残った妖魔も誰もが口を噤み、決してその素性を語ろうとはしない。そして、まるで呪いでも掛けられたかのようにいつしか姿を消す。
ただ強いということ以外、何も分かっていない謎の魔法少女。妖魔族の間で、ある種死神のように語られる存在を前にして、ゼムグランドはその全身に闘気をみなぎらせた。
一般人なら見ただけで失神してしまいそうなその威容を前に、まりんは気にしたそぶりも見せずにひょいっとロッドを振る。
(来るっ!!)
身構えるゼムグランド。だが、予想に反して彼の身には何も起こらなかった。
代わりに、シュンッという微かな音と共に、追い詰められていた3人の魔法少女がその場から姿を消した。
(空間転移!? そうか、こいつの力は空間系か!)
その希少な属性に驚きを覚えつつも、早々にタネを暴けたことに笑みを浮かべる。
魔法少女が持つ力は一系統のみ。なぜなら元々精霊は1つの属性しか持たず、人間と精霊の契約は一対一でしか行われないからだ。
そして、まりんが持つ空間系の力は希少で強力ではあれど、ゼムグランドにとって脅威ではなかった。
「オオオッ!!」
強制退避させられた3人の魔法少女のことなどもう気にせず、ゼムグランドは一気にまりんへと襲い掛かった。
迫る巨体に、まりんが魔法を発動させる。
敵を対象にした空間転移。敵をそのすぐ真下、地面の中に転移させ、圧死させる。まりんの十八番であり、必殺技でもあった。だが……
「バカめ! 効かぬわぁ!!」
「!」
魔法は、発動しなかった。
これがゼムグランドが持つ能力。自身を中心とした一定範囲内の魔法発動の無効化である。
この能力に加えて、生まれ持った強靭な肉体であらゆる攻撃を耐え抜き、極限まで練り上げられた圧倒的な物理戦闘力であらゆる防御を打ち砕く。
ゼムグランドの強さは、極めてシンプルだ。そして、シンプルだからこそ隙が無かった。
「喰らえぇぇい!!」
まりんが驚きに動きを止めた一瞬で間合いに踏み込んだゼムグランドは、生命力の吸収など考えず、ただ必殺の意思を持って拳を振り下ろした。
この距離ならば、もはや魔法の発動すら不可能。
決まった。その確信と共に打ち下ろされた拳の前に、まりんの左手に出現した盾が割り込んだ。
バガァァァン!!!
凄まじい衝撃音と共に、ゼムグランドの上体が大きくのけ反り、まりんの体がゴムボールのように吹っ飛ぶ。
「ぬっ、なん、だと!?」
派手に吹き飛び、正面のビルのエントランスへと突っ込んだまりんを追撃することもなく、ゼムグランドは弾かれた己の拳を見詰めた。
今の盾は、確かにマジックアイテムだった。だが、ありえない。精霊との契約によって生まれるマジックアイテムは1つのみ。ロッドと盾、2つのマジックアイテムを持つ魔法少女など存在するはずがない。
混乱するゼムグランドの耳に、ガラスを踏みしめる小さな音が届く。
顔を上げると、正面のぶち破られたガラス扉の奥から、まりんが姿を現すところだった。
その全身を包む柔らかな光を見て、ゼムグランドは更なる驚愕に襲われる。
「バカな! 治癒系魔法だと!?」
ありえない。2種類のマジックアイテムに続き、2種類の魔法。
絶句して固まるゼムグランドに向かって、まりんがロッドを掲げた。
次の瞬間、凄まじい数の色とりどりの光線、火球、冷気、電撃、謎の煙に毒々しい色の液体。それらが一斉にゼムグランドに向かって放たれた。
「うおおおぉぉぉおお!?!?」
弾幕の如き密度で殺到したそれらに、ゼムグランドは反射的に頭の前に両腕を掲げて防御姿勢を取った。
その腕に、全身に、容赦なく様々な攻撃が降り注ぐ。
それを、まりんは冷徹な瞳で見詰めながらぶつぶつと呟く。
「火はダメ。水も風も雷も氷もダメ。単純な属性攻撃は効かない?」
淡々と分析しながらも、一切手は緩めない。
独り言のように呟きながらも、恐ろしい密度で攻撃を放ち続ける。そして、ゼムグランドはひたすらそれを耐え続ける。
「ぐっ、無駄だ無駄だ無駄だぁ!! 効かぬわぁ!!」
「即死は……まあ効かないとして、呪縛も劣化も分解もダメ。というか、直接作用する系の魔法は発動自体を潰されてるっぽい?」
「無駄! む、無駄、と言ってるのが、分からんのかぁ!!」
「斬撃も刺突もダメージ無し。むしろ点攻撃や線攻撃よりも、打撃や爆発での面攻撃の方が有効?」
「む……いや、ちょっ、待っ……」
「魔法毒も効果なし。腐食液は……煙は上がってるけど……?」
「む、無駄……む、だ…………む、無理……」
「あ、なんかイケるっぽい。結局どれが効いたのか分かんないけど、力押しでイケそうだしまあいっか」
実際は、急激な熱変動によって体表に細かなひびが入り、様々な衝撃でひびが広がったところに腐食液がしみ込んだのが決め手だったりする。
ゼムグランドの強靭な肉体がボロボロと崩壊し、そこにダメ押しとばかりに嵐のような弾幕が叩き込まれる。
「ぐ、うおおおぉぉぉーーー!!! かくなる上はぁぁぁーーー!!!」
その瞬間、ゼムグランドは正真正銘の奥の手を切った。
発動したのは、妖魔王より託された最凶の呪術。
10万の妖魔族の、精霊族に対する怨念を詰め込んだ即死魔法。
大精霊であろうが一撃で屠り、たとえ魔法少女相手であっても、契約という魂の繋がりを遡って、霊界にいる契約精霊本体を攻撃できる正に呪い。
発動した回避不能な呪術がまりんの胸に命中し、その魂と繋がっている精霊を……精霊、を……
「……は?」
いない。この少女と契約をし、力を与えているはずの精霊が、存在しない。
対象を失った呪術は、その効果を発揮することなく霧散した。
呆然とするゼムグランド。自分の胸を不思議そうに見下ろしていたまりんが顔を上げ、2人の視線がかち合う。
「……」
「……」
「……(スッ)」
「いや、ちょ──」
無言でロッドを掲げるまりん。次の瞬間、嵐のような攻撃が再びゼムグランドに襲い掛かった。
* * * * * * *
「待て! 取り引き、取り引きをしよう!!」
ビルの壁面に追い詰められ、半ばめり込んだゼムグランドが、まりんに向かって手を上げた。
その体は、満身創痍という言葉でもなお足りないほどにズタボロで、数分前の威容はすっかり失われてしまっていた。
「わ、我をここで見逃すのならば、貴様に妖魔軍の情報を流そう! 人間界に攻め込んでいる妖魔族の情報を、全て差し出そうではないか!」
六大魔将としてのプライドをかなぐり捨てた、ゼムグランドのみっともない命乞いに……しかし、右手にガトリング砲、左手に大太刀を持ったまりんは、攻撃の手を止めた。
ゆっくりと瞬きをし、首を傾げる。
「……それは、契約?」
「む……そ、そうだな。契約だ。貴様が望むなら、裏切らないよう契約を交わそうではないか」
わずかに見えた希望に、ゼムグランドはなりふり構わず飛びつく。
彼女と契約しているはずの精霊がなぜ存在しないのか。彼女と相対して生き残った妖魔が、なぜ彼女のことを一切口にしないのか。
その意味を、深く考えることもなく……
* * * * * * *
それは、彼女が最初の精霊と契約してから約2ヶ月後のこと。
「そんな! まりん! どうして!?」
羽を持った光の玉。少女と契約した精霊が、契約者たる少女に向かって悲痛な叫びを放つ。
しかし、それに対する少女の反応は冷淡だった。
「どうしても何も……契約の時にちゃんと言ったじゃない。わたしの呼び掛けに3秒以内に応えなかった場合、その時点で契約は破棄するって。緊急時に即座に変身出来ないとかありえないでしょ」
「それは……今、霊界でも戦いが起きてて……それに、今回は緊急時じゃ」
「そんなの知らない。とにかく、契約通りあなたにもらった力はそっくりそのままもらうわね。あと、このことは他言無用だから」
「そんな……私達、仲間じゃない! ずっと、一緒に戦って来たじゃない!」
徐々に輝きを失いながらも、必死に叫ぶ精霊。それに対して、少女は呆れたように返す。
「あなたが何を言おうと、契約は契約だから。そもそも最初に契約を持ち掛けてきたのはあなたでしょ?」
「そん──」
そこで、遂に精霊は消滅した。
何もいなくなった虚空に、少女は静かに語り掛ける。
「あなた達精霊だって、人間を戦争の道具として利用している点では妖魔と一緒じゃない。わたしが利用し返して、何が悪いの?」
* * * * * * *
ゼムグランドは、知らない。
まりんの持つ数々の力が、精霊と妖魔から契約を盾にして奪い取ったものだということを。
力こそ至上とされる霊界において、およそ契約というものに対する意識が低い彼らを、話術と詐術で巧みに操り、恐ろしく細かい契約で縛った上で向こうから違反行為をするよう仕向ける。
そうして、口封じをした上で力を奪うこと71回。この日、彼女は妖魔とまた新たな契約を交わした。
そして、彼女はまた新たな戦場とカモを求めて飛び立った。
「わたし、魔法少女コントラクターまりん! 父は弁護士母は詐欺師。愛読書は六法全書! 今日も、無法地帯出身の蛮族達に契約の恐ろしさを教えちゃうゾ☆」
口元に無邪気な笑みを、瞳に冷徹な光を宿しながら、可愛らしい声で決めゼリフを吐く世界最強の魔法少女。
そんな彼女に新たに魔法発動無効化能力が備わり、ますます手が付けられなくなるのはこの9日後のこと……