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風のまにまに  作者: ぶどう屋
3/3

風のうわさ



 なあ、聞いたかい?

 何を、って、あんた、田沼さんの話だよ、田沼さん。ほら、煙草屋の角の向こうに住んでる、あの禿げ頭のおっさん。

 何だよ、ワオキツネザルみたいな目して。何の話かわかんねえみてえだな。

 

 あのな、ついこの前、田沼さん家に泥棒が入ったんだよ。ほんと最近の話。三日くらい前だったかな。

 夜中にな、こっそり忍び込まれたんだと。ほら、小さい窓あるだろ。玄関の東側。あそこの鍵をかけてなかったらしいんだよ。それで入られたんだってさ。

 

 でもな、ここからが凄いんだよ。田沼さんはさ、二階の寝室で寝てたんだけどな、なんか予感がして目覚めたんだよ。急に、もうぱっちりとな。

 それで、一階からガタガタ物音が聞こえたから、これは何かいるなと思って、見に行くことにしたんだ。正直このときは何がいるかはわからなかったらしいよ。人間か、動物か、おばけか。いろいろ可能性はあるからな。でも田沼さんは気になって、布団から起き上がったんだ。ゆっくりゆっくりな。床とかきしませたら下に聞こえちゃうもんな。

 田沼さんは一階に降りる前に、ウクレレを持って行ったんだよ。ウクレレ。

 いや、一曲披露するために持って行ったわけじゃねえよ?武器だよ武器。なんか武器になりそうなもんがあったほうが安心だろ。ウクレレだって筋骨隆々の男に持たせれば人間のどたまかち割るくらいできるだろうしよ。まあ田沼さんは、どっちかっつーと筋骨凡々な男だけどな。いざってときのためによ。


 それで、階段をそーっと降りて居間にむかったんだよ。

 そしたら、消したはずの電気が点いてたから、これは絶対誰かいるなってことで、勢いよくドアを開けて「誰だ!」って突入したわけだ。ウクレレ片手にさ。すげえよな。度胸があるよ、あの人は。ただの禿げおやじじゃなかったんだな。

 居間にはな、棚をあさる黒い服の男がいたんだってよ。ここで田沼さん、こいつは泥棒だなってピンとくるわけだ。

 それで、慌てて逃げようとしてる男に突進、タックルきめて男を床にダーンと倒して、さらにウクレレでそいつの背中をぶん殴ったんだってさ。ウクレレの角のとこで。あれカーブしてるから角とは言わねえのか。まあわかるだろ、ウクレレの細長いとこ手で持って、太いカーブのとこの側面でハンマーみたいにゴツンとやったわけよ。

 田沼さんももうすっかりテンション上がってたみたいでな、馬乗りになってゴンゴン背中を殴ったらしいんだよ。十回くらいやったって言ってた。あんた、十回も人の背中殴ったことあるか?いくらウクレレとはいえ、十回って結構な数だぜ。ちょっと引くよなあ。

 それでまあ、泥棒の野郎はすっかり動けなくなって、田沼さんもようやく殴るのをやめて、警察に電話して、犯人は逮捕。盗まれたものもなく、無事解決したってわけだ。


 いやあ、ほんとおっかねえよなあ。

 え?何がって、あんた、だから田沼さんのことだよ。最初から言ってるだろ。

 あのおっさんはほんとにおっかねえよ。あんななりして、スイッチ入ったら一気にやっちまうタイプだもんなあ。

 あんたも気をつけたほうがいいぜ。





 あら、こんにちは。おでかけですか?ああ、お買い物ですか。

 今日はサバが安かったですよ。私もさっき行って三尾買っちゃいました。旦那が好きなんですよねえ、サバ。

 はい?田沼さん?ああ、煙草屋さんのそばの。あの・・・ちょっと頭髪の寂しい人ですよね。

 いや、禿げてるとまでは言いませんよ。失礼じゃないですか、そんな・・・。ええ、知ってますよ、泥棒に入られたそうで。気の毒な事件でしたね。

 はい?盗まれてない?ウクレレ?何を呑気なことをおっしゃってるんですか。


 数日前の夜のことです。

 田沼さんが裏口のドアの鍵を閉め忘れてしまって、泥棒が入ったんですよ。田沼さんの家って立派ですもんね。いかにも高価なものがありそうというか。

 聞いた話では、骨董品の収集をしているらしいですよ、田沼さん。魯山人とか集めてるんですって。ああいうのって、どうしてあんなに高いんでしょうね。テレビとかでも、本物なら何十万とか何百万って言うじゃないですか。私には本物も偽物も全然違いがわからないんですけど。でも好きな人、多いですもんね。高く売れるから、泥棒も目をつけたんですかねえ。

 

 それで、寝ている隙に裏口から侵入されたらしいんです。ガタガタ音がしたので、田沼さんは目が覚めたらしくて。不思議に思って一階に行ってみたら、居間が荒らされていて、飾っていたはずの水瓶がなくなっていたんですって。

 苦労して手に入れたお気に入りの逸品だったそうなんですけど、でもその水瓶というのがまた、おかしな形なんです。ずんぐりしているのにひょうたんみたいにくびれがあって、首が細長くて。花瓶みたいですよね。それでも水瓶だと言うんですから、本当に私には理解できません。

 

 部屋が荒らされているうえにお気に入りの水瓶がなくなっていたので、田沼さんはすぐに「泥棒に入られた!」と思ったらしいんです。

 でも部屋には人影はなくて。

 庭に続く窓が開いていたので、一応外をのぞいて見たら、黒い服を着た男が水瓶を抱えて走っているのが見えたそうです。慌てて靴を履いて追いかけたら、なんと、泥棒を捕まえられたんですよ。凄いですよね。

 田沼さんってほら、いかにもおじさまって感じの年齢ですし、運動をやっているようにも見えないのに。じつは足が速いんですね。それか、よっぽど泥棒のことが許せなかったんでしょうねえ。気持ちが高ぶって物凄い力が出てきた、みたいな。火事場の馬鹿力とか言いますもんね。

 

 田沼さんに捕まって、焦った泥棒は、田沼さんの腕を振り払おうとしたんです。でも田沼さんは逃がしたくないわけですから、必死で腕や背中を掴みますよね。

 そうして揉めてたら、田沼さんは勢い余って泥棒を押し倒してしまったんです。アスファルトの上に。おかげで泥棒の確保には成功したんですが、倒れた衝撃で水瓶が見るも無残に割れてしまったらしくて。

 その途端、田沼さんは鬼の形相で水瓶の破片を掴んで、泥棒の腕に突き刺したんだそうです。

 それも何回も繰り返し刺したんですって。二十回は刺したと聞きました・・・。恐ろしいですよね。泥棒を押し倒したまま、のしかかるようにして右手を何回も振り下ろしたんだそうですよ。

 水瓶を盗まれ、破壊された怒りが爆発して。感情のままに泥棒の腕を刺したんです。

 

 水瓶は50万円で骨董商から買ったものらしいですから、被害額としたら相当なものです。大事にしていたそうですし、田沼さんも可哀想だなとは思うんです。

 でも、だからって腕を何回も刺してしまうというのは、やりすぎですよ。野蛮すぎます。警察には正当防衛だということで誤魔化したらしいんですが、私はちょっとひどいと思います。泥棒も可哀想ですよ。


 だから、これは気の毒な事件だったんです。田沼さんと泥棒、どっちも悪かったですし、痛い目に遭ったわけですから。

 とはいえ、田沼さんって結構恐ろしい方なんだなって思いました。私、ちっとも知らなかったです。今後は失礼のないように気を付けなくちゃいけませんね。

 あら、ちょっと長く話しすぎてしまいました。息子のお迎えに行かなくちゃ。

 それでは、失礼します。




 やあやあ、珍しいお客さんだね。何の御用かな。

 私に聞きたいことが?ほお、なるほどね。それなら上がりなさい。ちょうど夕食後に一杯飲もうかと思っていたところだ。付き合ってくれ。


 日本酒はいけるかい?それは良かった。九州の友人からいい酒をもらったのでね。遠慮せずぐいぐい飲みなさい。

 それで、話というのは?泥棒のこと?

 ははあ、なるほど。親切なご近所様方からいろいろ聞いたんだろう。それで混乱したというわけだね。 

 なに、誰も嘘をついているわけではない。きっとね。それぞれが自分の思っている話をしただけなんだ。

 話というのは生まれた時こそたったひとつだが、そのあとはいくらでも派生していくものだよ。派生するうえに変容する。気付いた時には、生まれたときとは似ても似つかない姿になっているということがざらにあるんだ。人の手によってね。正確には人の口、いや、頭によって、と言うべきか。

 つまりね、人は自分の都合のいいように話を作ってしまうという性質があるんだ。覚えておきなさい。


 私は泥棒に入られた。ひと月も前のことだ。

 こんな風に食後の酒を楽しんで、程よく気分も良くなっていたな。芥川の小説を読みながら、23時頃にはベッドで寝てしまっていた。寝室は二階にあるんだが、きちんと一階の戸締りをしてから寝室へ行く習慣をつけていたんだ。

 しかしなぜか、その日は和室の窓の鍵を閉め忘れていた。もちろん、そのことに気が付いたのはもっと後だったわけだが。


 物音が聞こえて、私は2時頃目が覚めた。寝ぼけているのかとも思ったが、耳をすませていると、やはりガタガタと音が聞こえた。一階で何かが動いているようだった。

 私はおそらく泥棒だなと思ったよ。うちは大した家ではないが、独り身の老いぼれにしてはそれなりの財があるからね。細々したものがほんの少し高価だったりするんだよ。それくらいしか金を使うところがないのだから。まあそういうわけで、金目のものを狙って泥棒が入ったんだなと見当がついていたんだ。

 

 一階には男がいたよ。居間にある時計や置物を物色しているようだった。

 全身黒ずくめで、マスクをしていた。私が来たことにも気づかず、ごそごそと手あたり次第金目の物をリュックにしまっていたよ。あれは手際の悪い泥棒だった。

 じつはね、私はこういったことには慣れているんだ。60を過ぎたころから、なぜかよく空き巣や泥棒に狙われるようになってね。泥棒に鉢合わせたのももう何度もある。

 したがって対応の仕方はよく心得ているんだよ。聴きたいかね。はっは、好奇心旺盛な若者は嫌いじゃないよ。まあ少しは落ち着いて、酒でも飲みなさい。


 これを見なさい。

 私がいつも持ち歩いているものだ。この小瓶のなかにはちょっとした薬品が入っていて、少しでも摂取すると、頭がくらくらと回って思うように手足を動かせなくなる。飲んだり、嗅いだりさせるだけでいい。一滴飲ませれば5分は動けない。

 なに、そんなに恐ろしいものではないよ。詳細には教えられないが、こういう類のものは少し苦心すれば容易く手に入るものだ。

 この薬品を泥棒の顔めがけてかけて、動きが鈍ったところで口に数滴含ませる。あとは手足を縛って警察に通報すればいいというわけだ。

 どうだい、簡単だろう。親切なご近所様方からはどう聞いたか知らないが、事の顛末は以上だよ。私は無事だし、何も盗まれていない。泥棒は警察に引き渡した。めでたしめでたしだ。


 なんだか不満そうな顔をしているね。もっと血なまぐさい話を想像していたか。血気盛んな年ごろだ、物足りないだろうな。

 では、こういうのはどうだね。

 この薬品は無味無臭でね。本来は護身用ではなく暗殺などに重宝される代物なんだよ。食事のなかに小さじ一杯垂らすと、大の大人でも五分ともたない。息ができなくなるんだ。この薬品にはそういった成分が含まれている。だから泥棒相手には一滴二滴で十分なんだ。本来は。

 しかし、このまえは少しばかり誤ってしまってね。

 私も薬品を扱うプロではないから、誤ることだってある。こぼしてしまったんだ。動けなくなった泥棒の顔に。うっかり。この小瓶ごとこぼしてしまって、奴は口からも鼻からもそれを吸い込んでしまった。なんとも不運なことだよ。

 泥棒がどうなったか?はっはっは。気になるかね。

 警察には引き渡していないよ。息が止まってしまったからね。騒ぎになっても困るので、知り合いに引き取ってもらった。こういうのを上手く処理できる昔馴染みがいてね。事を荒立てず、不要なものは始末して、綺麗に穴埋めしてくれるんだ。

 彼に頼んでしまったから、あの後泥棒がどうなったかは私も知らないな。申し訳ない。


 酒は足りているかね。どうした、なんだか顔色が悪いじゃないか。もっと飲みなさい。

 おやおや、もう帰るのか。これしきのことでへばるとは情けない。

 私が怖いかね?はっは、純粋だな。最初に言っただろう。人は自分の都合のいいように話を作るものだと。私の話だって例外ではない。私の頭で組み立てて、私の口から発している時点で、それは私の作った作り物なんだ。

 今の話は嘘なのかって?それは君が決めることだ。

 私にとっての嘘と君にとっての嘘が同じとは限らないだろう。私に聞くのはお門違いだよ。自分で決めなさい。

 

 なんだね。小瓶?ああ、この形か。

 なかなか洒落ているだろう。くびれがあって、ひょうたんのようで持ちやすいんだ。それに口が細くて長いから、少しだけ中身を垂らすのに最適なんだよ。

 うん?ああ、言われてみればウクレレやギターのような形だな。なるほど、気が付かなかったよ。

 いよいよ顔色が優れないようだ。そんなに飲んでいたかね。私は小さじ半分も入れていないつもりだったんだが。無味無臭とはいえ、少しくらいは酒が薄いことに気が付いても良かったと思うぞ、若者よ。

 なに、そんなに恐れることはない。これは私の作った話だ。風にのって次の人間に渡るときには、まったく違った話になっている。

 

 君も今のうちに誰かに話しなさい。私の話にとらわれているようではいけないな。大切なのは、君の口から話すことだ。君の作る話だけが、君にとって本当になるのだから。

 さあ、もう帰るといい。とにかく誰かに話しなさい。体の動くうちにね。







 風は今日も人々の間を吹いている。




噂話の話。

すっきりしない話ばかりになりましたが、お読みいただきありがとうございました。

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