7.旅立ち
とある宿屋の一室。
「師匠。戻りましたわ」
誕生日プレゼントを背中に隠すレティシアが、部屋のドアを開ける。
それと同時に、ローガンがベッドから起き上がった。
「戻ってきたか。何を買ったんだ?」
興味津々という顔で、ローガンがレティシアの顔を見る。
レティシアは少し恥ずかしそうな顔をしながら、「実は……」と切り出した。
そして、そのままローガンに近づいていく。
「誕生日プレゼントを買ってきましたの」
レティシアがリボンに巻かれているナイフをローガンに差し出す。
ローガンは、キョトンとした表情でナイフを見つめていた。
「俺に……か?」
「他に誰がいますか」
「そ、そうだな」
ローガンがナイフを手に取る。
微かだが、その手は震えていた。
「お誕生日、おめでとうございます」
「……ありがとう。大事に使わさしてもらうな」
「当然ですわ。そうでないと、プレゼントした甲斐がありませんから」
レティシアとローガンが笑い合う。
部屋には和やかな雰囲気が漂っていた。
「ところで、師匠は何をしていたのですか」
「少し荷物をまとめていた。レティに話したいことがある」
「なんでしょうか?」
問われたローガンは、後ろに置いてあったカバンから大きな紙を取り出す。
そして、それを広げた。
「とりあえず隣に座れ」
「わかりましたわ」
レティシアがローガンの隣に座り、紙を覗き込む。
「この国の地図ではありませんか」
「その通り。実は、本物の冒険に出かけてみようと思ってな」
ローガンが歯を見せて笑う。
「本物の冒険……ですか」
「そう。旧クリスティーネ領に引きこもり、ギルドで適当な依頼をこなして日銭を稼ぐ生活はもうやめだ。冒険者らしく旅に出る。まだ見ぬものを求めてな」
「……つまり、この国中を旅するというわけですわね!」
レティシアが目を輝かせる。
とてもうれしそうだ。
「そういうこと。でだ。ついてくる気はあるか」
「もちろん付いて行きますわ」
「そうか。なら、初めの目的地を決めるとするか」
そう言うと、ローガンは地図を指さす。
「俺たちの現在地はここだ。どうする、レティ」
「そうですわね……まずはこの街へ行ってみたいですわ」
レティシアが、いくつかある赤い点の中で、現在地に最も近い点を指す。
「私、あまり家から出してもらえなかったので、大都市のどこにも行ったことがないのです」
「まじかよ。そいつはもったいねぇ。なら、次の目的地はここで決まりだな」
ローガンはそう言うと、地図を畳み、カバンに戻す。
「レティさえよければ、明日にでも出発しようと思うが……。どうだ」
「私はいつでも構いませんわ」
「あっさり言うな。この街に未練とかはないのか」
「そんなもの、家を出た時に捨てましたわ」
「……悪い」
「師匠が気になさる必要はありませんわ」
レティシアが笑う。
「それよりも、準備の方をしませんか。明日、旅立つのですわよね」
「そうだな。そうするか」
こうして、二人は楽しそうに冒険の準備をするのだった。
◇◆◇
翌日の早朝。
二人は旅立ちの前に、ギルドに顔を出していた。
「というわけで、師弟共々、今日から旅に出ようと思います。長い間、お世話になりました」
「お世話になりましたわ」
レティシアとローガンが頭を下げ、そして上げる。
すると、受付嬢が口を開いた。
「ローガンさん。私たちの方こそ、お世話になりました。数々の依頼をこなしていただきましたし、後輩冒険者の育成にも力を入れていただきました。レティシアさんも、このギルドを明るくするのに一役買っていただきました。本当に、本当にありがとうございました」
受付嬢が頭を下げる。
ローガンは照れるように頭をかくのだった。
――面と向かってお礼を言われると、やっぱり照れますわね。
レティシアはそう思いながら、受付嬢を眺める。
と、その時だった。
ギルドの扉が開き、レティシアに祝い金をくれた男性冒険者が入ってくる。
手には一枚のビラを持っていた。
「号外号外!」
「なんだなんだ。面白いネタか」
「おっ、ローガンか。見てくれよこのビラ」
「なになに」
ローガンがビラに目を通す。
「ふははははっ。マジかよ」
「師匠。そんなに面白い内容なのですか?」
「見てみればわかる」
ローガンからビラを受け取ったレティシアが、見出しを見る。
そこには、『第二王子、漏らす。そして離婚!?』と、でかでかと書かれていた。
なんですのこれ。ええっと、詳細は……。
レティシアはそう思った後、ビラに目を通す。
『第二王子、妃殿下と旅行の最中にスライムと遭遇。格好をつけようとしたのか、剣を片手にスライム挑む。その結果、スライムを数十にまで分裂させた挙句、絡みつかれて身動きが取れなくなる。そして、最後には股下を液体で濡らした。』
「ぷっ……」
レティシアは思わず吹き出す。
ま、まだ途中ですのよ。最後まで読まなければ……。
そう思い、レティシアは続きを読んでいく。
『それを見た妃殿下は、「貴方みたいな人、もう付き合いきれません。離婚です!」と言い、その場を去る。どうやら、この件以外でも鬱憤が溜まっていたようだ。家臣たちの静止を聞かないあたり、余程耐えかねていたのだろう。』
私、あの方と結婚できなくてよかったですわ。
レティシアは心の中で嬉しそうに呟き、締めの一文を見る。
――スライムを最弱の魔物と侮るなかれ。第二王子みたいになるぞ。
「ふふっ。ふふふふっ」
「レティ、傑作だろ」
「ええ。本当に。たかがスライム。されどスライムですわ」
師弟で仲良く笑い合う。
傍目からは家族のように見えた。
その様子を見る男性冒険者が口を開く。
「ビラの件はこのくらいにして。ローガン、随分朝早くからギルドにいるな。割のいい依頼でも見つけたのかぁ、コノヤロウ」
「肘でつつくな。……お前にも挨拶しておくべきだな」
「なんだ。改まって」
「実はな、師弟そろってこの街を出ることにしたんだ」
男性冒険者が一瞬だけ固まる。
しかし、どこか納得したように息をついた。
「そういうことはもう少し早く言え。ここのギルドにいる冒険者は、なんだかんだ言ってお前を慕っている奴が多いんだ。まったく、見送りくらいさせてほしかったぜ」
「すまん。昨日急に思いついたんだ」
「そうかい。……じゃあ、俺はここで失礼させてもらう。こういうのは苦手なんだ」
男性冒険者が二人に背を向けて歩き出す。
そして、ギルドの扉を開けた。
彼は小さく鼻をすする。
目には涙が溜まっていた。
「腰のナイフ。似合っているぜ、ローガン」
「そうか。やっぱり似合っているか」
ローガンは嬉しそうに、赤いリボンが巻かれているナイフを撫でる。
そんなローガンの横で、レティシアは男性冒険者に向かって小さく頭を下げるのだった。
やがて、扉が閉まり、男性冒険者の姿が見えなくなる。
二人は見えない彼を見送るように、しばらくの間扉を眺めていたのだった。
そして、幾ばくかの時間が流れる。
「……俺たちも行くか、レティ」
「そうですわね、師匠」
二人は同時に歩き出す。
ゆっくりと、一歩一歩。
そして、ギルドの扉を開ける。
晴れ渡る青空が二人を迎えた。
「さぁ、冒険の始まりだ。行くぞ、レティ」
「ええ。どこまでもお供しますわ、師匠」
二人は手を取り合って笑う。
――そんな二人の間で、赤いリボンが柔らかい風に吹かれて揺れるのだった。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございました。
感想や評価等、いただけたら幸いです。
<追伸>
個人的に一番お気に入りのキャラは、名無しの男性冒険者です(笑)。
以上。