6.初報酬と誕生日プレゼント
レティシアが意気揚々とギルドの扉を開ける。
その後ろでは、やれやれと言った様子で、ローガンが頬をかいていた。
二人は足早に受付に向かう。
「依頼達成ですわ!」
受付に着いた瞬間、レティシアはそう言って、真っ二つに割れた核を受付嬢に差し出した。
「おめでとうございます。では、報酬をお支払いいたしますので、少々お待ちください」
受付嬢が奥に引っ込む。
「あんまり大きい声を出すな。こっちが恥ずかしくなる」
「いいではありませんか。初めて依頼を達成したのですから」
「まぁそうなんだが」
ローガンはそう言うと、ギルド内を見渡す。
そこまで人は多くなかったが、全員生暖かい目で二人を見ていた。
ローガンが乾いた声を漏らす。
レティシアはその様子を、首をかしげながら眺めるのだった。
「お待たせしました」
そうこうしている内に、受付嬢が奥から戻ってくる。
その手には小袋が握られていた。
「こちらが報酬になります」
「ありがとうございます!」
小袋を受け取ったレティシアが、ローガンを見上げて笑う。
「初報酬だろ。景気よく買い物でもしてこい」
「それはもったいないような気がするのですわ」
「なにを言っているんだ。これから幾度となく受け取ることになるんだぞ。それに、スライム討伐の報酬なんてたかが知れている」
ローガンが笑いながら言う。
「……わかりましたわ。街に買い物に行ってきます」
「そうしろそうしろ。俺はいつもの宿にいるから、好きな時に戻ってこい」
レティシアが頷く。
「それでは行ってきますわ」
そう言って、レティシアはギルドを出ていくのであった。
後には、にっこりと笑う受付嬢と、ローガンが取り残される。
「レティシアさん。すごくいい笑顔でしたね」
「ええ。準備したかいがありました」
ローガンの言葉に、受付嬢がくすりと笑う。
「案外弟子バカなんですね。わざわざ通常報酬の倍額で、スライム討伐依頼を用意するなんて」
「レティには言わないでくださいよ。俺がスライム討伐の依頼を出したこと」
「わかっていますよ」
二人はそんなやり取りをするのだった。
◇◆◇
「さて、何を買おうかしら」
街に出たレティシアは、店が並ぶ大きな通りを歩いていた。
その手には、貰ったばかりの小袋が握られている。
「あっ、レティだ」
「ほんとだ。さいじゃくのぼうけんしゃだ」
そこに子供たちが集まってきた。
――またからかいに集まってきましたわ。でも……。
「残念ですわね。私はもう最弱の冒険者ではありませんのよ。今日、ちゃんとスライムを討伐してきましたから」
「ええー。うっそだー」
「そう思うのなら、ギルドに行って、受付さんに聞いてみなさい」
レティシアは自信満々に言う。
「でも、スライムをたおせないぼうけんしゃなんていないよね。だから、スライムをたおしただけだと、さいじゃくなのはかわらないよー」
「うぐっ!」
「そうだそうだー。さいじゃくだー」
「言わせておけば……」
レティシアが体を震わせる。
その姿を見た子供たちが笑いだす。
「おこったー」
「にげろー」
そして、反転して走り出した。
「待ちなさーい!」
レティシアが子供たちを追いかける。
声とは裏腹に、彼女は嬉しそうに笑っていた。
ちなみに余談だが、彼女たちが走り去っていった後の街。そこでは人々が口を揃えて、『レティシアちゃんは相変わらず面白い子だな』と言うのだった。
――しばらくして。
「まったく。あの子たちときたら」
レティシアは疲れた表情で、再び大通りに戻って来ていた。
その手には、しっかりと小袋が握られている。
「さて、今度こそ買い物といきましょう」
レティシアはそう言うと、手近にある店のショーウィンドウを覗く。
服ですわね。……昔なら目を輝かせていたでしょうが、すっかり興味が失せてしまいましたわ。
そんなことを思いながら、ガラスに薄く映る自身の顔をなぞる。
「変わりましたわ。本当に。それもこれも、師匠のおかげですわ」
レティシアが笑う。
「そうだわ。この報酬で、師匠へのプレゼントを買いましょう」
妙案を思いついたとばかりに、レティシアが大通りを早足で歩いていく。
そして、少し古ぼけた感じの武器屋の前で足を止めた。
「冒険者へのプレゼントと言えば、やはり実用品に限りますわ」
レティシアが中に入る。
すると、店番をしている老人が口を開いた。
「今日はローガンと一緒じゃないのかい? レティシアちゃん」
「ええ。今日は師匠へのプレゼントを買いに来ましたから」
レティシアはそう言うと、老人に小袋を見せつける。
それを見た老人は、柔らかく笑った。
「おめでとう。その袋を持っているということは、なにか依頼をこなしたのじゃろう」
「ええ。スライムを討伐しましたわ」
「そうかそうか。ゆっくり見ていっておくれ」
老人の言葉に頷いたレティシアは、店内を見回っていく。
――これがいいわ。
レティシアは一本のナイフを手に取る。
それは、レティシアがスライムに絡みつかれた時に、ローガンが使用していたナイフと瓜二つだった。
値段は……うっ、報酬じゃ足りない……。
そう思い、レティシアがため息をつく。
その時だった。
「じいさん。邪魔するぜ」
一人の男が武器屋に来店する。
レティシアが初めて訓練場を訪れた時に、ローガンと話していた冒険者だった。
「おっ。ローガンのところの弟子じゃないか。今日はどうした?」
「師匠へのプレゼントを買い来たのですわ」
「プレゼント……そうか。そういえば、今日がアイツの誕生日だったな」
その呟きに、レティシアが反応する。
そういえば出会ったときに――。
レティシアが出会った時のことを思い出す。少し酔った様子で、翌日三十九歳になることを嘆くローガンの姿を。
「おじいさん! これ、後払いで買えませんか!」
「レティちゃんには悪いが、ウチも商売だ」
「そう……ですわよね」
レティシアが肩を落とす。
そのやり取りを見ていた男性冒険者が、レティシアの姿を――いや、レティシアの手に握られている小袋を見つめる。
そして、察したように、小物入れから何かを取り出した。
「これと合わせれば足りるだろう」
男性冒険者がレティシアに向かって小袋を投げる。
それをキャッチしたレティシアは、小袋の中を覗く。
――いくらかのお金が入っていた。
「う、受け取れませんわ。こんな――」
「嬢ちゃんへの祝い金だ。初めて依頼をこなしたんだろう。おめでとう」
彼はそう言うと、すぐさま反転して店を出ていく。
レティシアは茫然とその姿を見送るのだった。
「……まったく、ワシが悪者みたいになってしまったわい」
老人がため息をつく。
「あ、あの」
「少し待っていてほしい」
老人が奥に引っ込む。
レティシアはどうしていいかわからず、立ち尽くしていた。
やがて、老人が戻ってくる。
手には赤いリボンが握られていた。
「女の子からのプレゼントじゃからな。こういう方がいいじゃろ」
「え、えっと……その……」
「買わんのか? そのナイフ」
「買います!」
老人がにこやかに笑う。
「なら、さっさと会計を済ませた方がよいのう。待ち人が、首を長くして待っとるぞ」
「その通りですわね」
レティシアが老人に近づき、ナイフと代金を渡す。
受け取った老人は、手早くナイフにリボンを巻いて、結び目を作った。
「お買い上げ、ありがとうございますじゃ」
レティシアにナイフが手渡される。
「……すぐに渡してきますわ!」
「うむ」
レティシアが満面の笑みで店から出ていく。
老人はその後ろ姿を見て、目を細める。
「ローガンには過ぎた娘じゃな」
――そう言って、嬉しそうに笑うのだった。




