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5.再戦

「いよいよ初仕事ですわ」


 レティシアが緊張した面持ちで、ギルドの掲示板を眺めている。

 隣には、ローガンが腕を組んで立って、小さく微笑んでいた。


「えっと……ありましたわ」


 レティシアが一枚の張り紙を手に取る。

 紙には『スライム討伐依頼』と書かれていた。


「よし、それを持って受付に行くぞ」

「はい」


 二人は受付へ移動する。


「この依頼を受けますわ」

「ありがとうございます。それではこの用紙に、参加される方の氏名をご記入ください」


 用紙を受け取ったレティシアは、自身とローガンの名前を記入し、受付に返却する。

 返却された受付嬢は、嬉しそうに笑いながらハンコを押した。


「ではレティシアさん。頑張ってください。応援していますから」

「任せなさいですわ」


 レティシアはそう言うと、自信満々と言った様子で返事をする。

 そして、すぐさま反転した。


「師匠。行きますわよ!」

「はいはい」


 こうして、二人はスライムを討伐しに行くのだった。



 ◇◆◇



 その後、二人はレティシアがスライムを倒し損ねた草原を訪れていた。


「さあ、スライムを探しましょう。今すぐに」

「気合入ってるな~」

「当然ですわ。一年越しの雪辱。今こそ晴らしてくれますわ!」


 レティシアがそう言って、ローガンの顔を(にら)みつける。


「なんで俺を睨む」

「覚えがないとでも言うつもりですか」

「なんのことかな~」


 ローガンは目を逸らし、口笛を吹く。

 レティシアはその姿を不服そうに見つめた。


「誰が『スライムすら倒せない最弱の冒険者』ですか!」

「事実だろうが」

「だからといって、それをあちこち言いふらす必要はないではありませんか」


 レティシアが唇をとがらせ、ジト目になる。


「一年間、ずっとそれに耐えながら訓練に励んできたのですよ」

「おかげで身になったろう」

「むぅぅぅぅぅぅ!」


 レティシアが頬を無くらませ、ローガンの背中を叩く。

 乾いた音が草原に響いた。


「いってぇぇぇぇ! 何しやがる!」

「当然の報いですわ」


 レティシアはそっぽを向く。


「……まったく、俺がお前のことを思ってやってやったのに」

「最弱冒険者を言いふらすことがどうして私のためになるというのです!」

「はぁ。それじゃあ、少し真面目な話をするか」


 ローガンの雰囲気が柔らかいものから(とが)ったものに変わった。


「なんですの、いきなり」

「レティは、他の冒険者達に『最弱の冒険者』として噂されることをどう思う」

「不愉快に決まっていますわ。どこへ行っても笑いの種にされるのですよ。しまいには、自分よりはるか年下の子にまでバカにされるのですから」

「なるほど」


 ローガンはそう言うと、優しい表情をする。


「それは、レティが皆に覚えられている証拠だ。みんな、レティをからかうのが楽しいんだよ」

「ムキィィィィ! これのどこが真面目な話なのですか!」

「すごい真面目な話じゃないか。死んだら悲しんでくれる人たちがいるんだぞ」

「えっ……」


 ローガンの言葉に、レティシアは戸惑う。

 その姿を見たローガンは、くすりと笑った。


「最初に言ったろう。俺たち冒険者は死と隣り合わせなんだ。死ぬことは当たり前。日常の出来事だ。冒険者が一人死んだところで、誰も悲しんでくれはしない。でも、レティは違う」

「私は……違う?」

「だってそうだろう。レティをからかうために、わざわざ訓練場に足を運んでくれる冒険者がいる。街を歩いていれば、話しかけてくれる人がいる。ギルドの受付嬢だって、応援してくれていたじゃないか。それは、皆の心の中にレティがいるからだ」


 ――私が……皆の心の中いる。

 レティシアが心の中でその言葉を呟く。


「アイツらはきっと、レティが死んだときに悲しんでくれる。レティが生きていた証を、誰かが覚えていてくれるんだ」


 レティシアは茫然(ぼうぜん)と固まってしまった。


 ――クリスティーネ家の道具であった私が死んで、悲しんでくれる人がいる……。

 レティシアの頭の中で、何かが崩れ落ちていく。


 ――私を一人の人として覚えてくれている人がいる……。

 何とも言えない感情が膨らんでいく。


 ――生きた……証!


 レティシアが目を見開く。

 そして、ものすごい勢いで頭を下げた。


「ごめんなさい! それと、ありがとうございました!」

「お、おう。どういたしまして……」


 ローガンが呆気に取られてしまう。


「私って、ホントダメですわね。物事を上っ面だけでしか見られないなんて」

「レティはまだ若い。こういうことは、経験がものをいうんだ。今からしっかりと身に付けていけばいい」

「わかりましたわ! 師匠!」


 レティシアが尊敬の目でローガンを見る。


 ローガンは頬をかいて、レティシアから目を逸らす。そして、「本当は適当に嘘でごまかしただけなんだがぁ」と、小さく呟いたのだった。




 ――そしてその後。


「おっ、いたいた。レティ。やってみろ」


 ローガンが一体のスライムを指さす。


「ついにこの時が来ましたわね。勝負ですわ、スライム!」


 レティシアが剣を構える。

 見違えるほど様になっていた。


「弱点はわかっているな」

「もちろんですわ。図書館から借りてきた魔物図鑑を破ってしまうくらい熟読しましたから」

「それは熟読じゃねぇ! というか破るなよ!」


 ローガンはそう言ったが、その言葉はレティシアには届いていなかった。なぜなら。


 ――あの赤い『核』と呼ばれる球が弱点ですわ。あれさえ叩き切ってしまえば、分裂させることなく、スライムを倒すことができますわ。


 既にレティシアの頭の中は、スライムを倒すことでいっぱいになっていたからだ。


「――っ! 先手必勝ですわ!」


 レティシアが駆ける。

 両手で剣を握り、剣先を地面すれすれに走らせながら。


 そして、一気にスライムとの間合いを詰める。

 さらに、走る勢いを乗せたままスライムの横を通り過ぎるようにして切り裂いた。


 ――スライムの体が核ごと真っ二つになる。


「どうです!」


 レティシアはすぐさまスライムの方に向き直り、剣を構える。


 だから見ることができた。

 スライムの体が水に溶けるようにして消えていく様を。


「……これで倒せたのですか」


 消えていったスライムを見て、レティシアが自信なくつぶやく。

 そのタイミングで、ローガンが拍手する。


「おめでとう」


 レティシアは破顔した。


「やりましたわ! やりましたのよ!」

「もっと飛び上がって喜べ。一年間の成果なんだからな」


 レティシアは何度も何度飛び上がり、喜びを表現する。

 チラチラと白い下着が見え隠れするのだが、まったくもってお構いなしである。


「これで私も一人前の冒険者ですわ!」

「まだ半……いや、一人前だな」


 ローガンがそう言うと、レティシアは目に涙を浮かべた。


「おいおい、さすがに泣く必要はないぞ」

「だって……だって……」


 レティシアが剣を鞘に納め、両手で涙を拭く。


「……まったく」


 その姿を見たローガンが、ゆっくりとレティシアの下へと歩く。

 一歩一歩、徐々に距離が詰まっていった。


「よくやった」


 そして、レティシアの下にたどり着いたローガンが、レティシアの頭を優しく撫でる。

 ――レティシアはしゃくりあげるようにして泣き始めてしまった。


「レティは泣き虫だな」

「し、しかたないではありませんか。泣くほどうれしいのですもの」


 ローガンはしょうがないと言うように笑う。


「なら仕方ないな。泣きたいだけ泣け」


 ――そう言って、レティシアが泣き止むまで、優しく頭を撫でていたのだった。


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