1.婚約破棄
以下の構成で物語が進みます。
第一話:婚約破棄
第二話:弟子入り
第三話:スライム戦
第四話:特訓(ちょっといいお話?)
第五話:スライム再戦
第六話:ほんのりと温まるお話
第七話:ざまぁと旅立ち
「正式に、婚約破棄を言い渡す」
とある屋敷の一室。
高貴な佇まいをしている男性がそう告げた。
彼の前に座っている女性は、机の上に手を重ねて自嘲気味に笑う。
ブロンドの長髪がほんの少しだけ揺れた。
「そう。わかりました。どこへなりとも行ってくださいまし」
女性がそう答える。
その答えに、男性は満足そうな顔をして部屋を出ていった。
部屋の中が沈黙に包まれる。
とても重苦しい雰囲気だ。
「レ、レティシア様……」
男性と入れ替わるようにして部屋の中に入ってきたメイドが、おそるおそる口を開く。
「どうしました」
「その……何と申し上げれば……」
「ふふっ。そのように口ごもる必要はありません。この度はご愁傷さまでしたとでも言って、笑えばいいのですわ」
レティシアの言葉に、メイドは泣きそうな表情で答えた。
「……それもこれも、あの出来事のせいね」
そう言って、レティシアは数日前の出来事に思いを馳せるのである。
◇◆◇
とあるパーティーが開かれていた。
各地から貴族が集まり、第二王子の婚姻を祝うというものだ。
王子の相手は誰か?
当然レティシアである。
「来週には結婚ですわね」
「ああ。そうだね」
二人が中央に敷かれているレッドカーペットの上を、仲睦まじい様子で歩く。
左右からは喝采と共に祝福が送られる。しかし。
――政略結婚。……この際仕方ないですわ。私の家としても、王家の後ろ盾があることはありがたいことですから。
当事者であるレティシアの心中は、既に冷え切っていた。
そう、政略結婚だったのである。
千年もの間継がれてきたクリスティーネ家を、ここで潰すにはいきませんからね。それに、こうして嫁ぐことこそ、私が長年育てられてきた意味ですもの。
レティシアは心の中でため息をつく。
……おじい様もお父様も、頭が固すぎですわ。だから立ち行かなくなるのです。
レティシアがそう思うのには理由があった。
彼女の祖父と父。それだけでなく、歴代のクリスティーネ家当主は、変化をとことん嫌ったのだ。そのため、領内の施設は古いまま。制度も古いまま。何もかも、時代に取り残されてしまったのだ。
その結果、領民が減少。当然、領内から得られる税収も減少。
この負のスパイラルが続き、もはや貴族の地位を剥奪される寸前だったのだ。
――私が王子に見初めなかったら、一体どうなっていたかしら。まぁ、今考えても詮無き事ですけど。
そう思いつつ、レティシアは笑顔を振りまく。
その時だった。
「キャッ!」
一人の給仕が転び、二人の前に倒れる。
その瞬間、王子がすかさず駆け寄った。
「大丈夫かい? お嬢さん」
「は、はい。大丈夫です。……あっ、申し訳ございません!」
給仕が必死になって頭を下げる。
当然だろう。大事なパーティーなのだから。
「たいしたことではないさ。ほら、顔を上げてごらん」
「は、はい」
涙にぬれた給仕の顔が、王子の目に映る。
「う、美しい。……決めた。僕はこの娘と結婚する!」
「はぁぁぁぁ!」
レティシアのすっとんきょうな声が響く。
「何をおっしゃっているのですか。今更そんな事、認められるはずがありませんわ」
「認めるも何も、王子である僕が言うのだ。それはすなわち、決定事項だ」
「意味が分かりませんわ。どこの誰かもわからない一般人なんですよ。それに、マナーや政治学を学んでいないように見えますわ。そんな者が、王子の結婚相手にふさわしいとは思えません」
レティシアがそこまで言ったところで、王子の雰囲気が変わる。
彼はどこか冷たい瞳をしていた。
「政略結婚の相手のくせに、僕の恋路に口を挟まないでほしいな」
「――っ」
レティシアが歯噛みする。
「君みたいに、他人を蔑むような人は僕の結婚相手にふさわしくない。消えてよ、この場から」
「何言って――」
冷たい空気だった。
誰もかれもが、レティシアに凍るような視線を突き刺す。
……そう。私はいらないのね。この場では、私が悪なのね。
嗚呼、まったく意味が分からないわ。本当に。
――レティシアは会場から逃げ出したのだった。