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この街はもうすぐ、墓場になるそうだ。
ここの領主が隣の領地と結託して、冷戦状態で講和条約を結ぼうかというエルフの領地に戦争をしかけたそうだ。
最初は二対一ということもあって、なかなかの優位性を持っていたのがだ、優位性ではなく確実な勝利を欲していた領主がキレて、総力戦をしかけたそうだ。
結果は惨敗で、二対一でも、実質的には一対一の状況となり、二対一でも負けることのなかったエルフは、ここぞとばかりにもう一つの領地に攻撃をしかけた。
そして、最終的には最後の街である、この場所を攻めるだけとなったのだ。
戦争をしかけたのは二年以上前のことのようで、とっくの昔に、この街の領民は別の領地へ疎開したそうだ。
それでも、体力的に厳しい老人や動くことをしようとしない頑固者は、この街に残っているそうだ。
おじいさんとおばあさんは、外から来た僕を、死にに来たものだと思ったそうで、最後の晩餐は贅沢にと思い、昨日の食事をふるまってくれたそうだ。
ちなみに、そのエルフが攻めてくるのは今日の昼からだそうで、逃げるのはほとんど不可能だそうだ。
「君はここの領民じゃない。流民まで磔にしていいという法はないのだから、エルフの人と交渉するんじゃよ」
「おじいさんとおばあさんは、どうされるんですか?」
「私たちはいいのよ。この素敵な夫と出会って六十年。満ち足りた、幸せなものだったわ。これ以上は望んじゃいけないのかもしれないのかと思ってね」
「ああ、君を見ていると、息子を思い出すよ。戦役で亡くなってから、あの子のことを忘れることはひと時もなかった。最後に君に出会えてよかったよ」
……重くないですか?
「捕虜みたいな制度はないんですか?」
「あるにはあるさ。エルフたちのほうが、こっちの人間よりもよっぽど紳士的じゃよ。それでも、わしらは寿命も寿命じゃよ。これで十分だと思ってね」
遠い目をする二人は、非常に話しかけづらい。
うーん、どうしたものか。
「おぉ、話をすれば」
そう言ってドアのほうを眺めるおじいさん。
少し待てば、地鳴りのような足音が聞こえてきた。
「知らないのも当然かの。彼らエルフは自然と一体となって生きている。だから、彼らの歩みは大地そのものが歩いているようなものなのじゃよ」
この世界のエルフってのはそんな存在なのか。なんかすごい。
「君が自然とともに生きる人なら、エルフたちも邪険には扱わないじゃろうて」
自然とともに生きているかと言われたら、答えはノーだ。
現代人なんてもんは自然を破壊して生きているようなものだから、エルフさんたちが激怒してもおかしくない。
「そうでなくとも、旅人を手にかければ風聞が悪いからの。彼らは流血は好まないのじゃから、肩の力を抜けばええ」
おじいさんは僕を安心させようとしてくれている。
「大丈夫です。僕は自然を愛しています。それこそ、森がなければ、ここまでたどり着くことはできなかったんですから」
たどり着いた結果がこれだが。
いくら安いからといっても、命と引き換えでは困る。
そもそも、どうしてあの人は僕をここに置いて行ったんだろう。
それから少し、おじいさんとおばあさんの二人と雑談をして、エルフたちが来るのを待った。
『聞け! この街は我らエルフが管理することとなった。従って、反抗せずに降服してもらう!』
拡声器を使ったように、少しノイズの入ったような声でそう通達した。
『体の悪い者もいるだろう。そのため、これからすべての家を訪ねる』
戦争を仕掛けられたのに、ここまで優しいとは思わなかった。
「お迎えかのぉ」
「そうですねぇ」
「僕は外に出てエルフさんを呼んで来ます」
「ありがとねぇ」
外に居る二足歩行のアレがエルフだろうか。
見た目は人と同じだ。髪の色が金や緑、銀であったり、耳がとがっていたり、肌が少し緑色が混ざっているように見えたりするだけだ。
「すみません、こっち来てもらってもいいですかー!」
五人組のエルフに声をかける。
その中の一人が元気よく返事してくれた。
「あ、はーい! すぐ向かいます!」
「この家におじいさんとおばあさんが居るので、お願いします」
「わかりました。ご協力ありがとうございます!」
五人で構えつつおじいさんとおばあさんの家に入る。
「おっじゃましまーす!」
返事をしてくれた人は騒いだことで小突かれていた。
「いらっしゃい。物騒なことはしないわ」
「あぁ。君らも大変じゃの。何もする気はないから、肩の力を抜いてくれ」
横顔しか見えなかったが、エルフの五人組は怖い顔をしていた。
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