帰宅
屋敷についてからいまだ盛り上がる母と妹を無視して本邸の隅にある自室に向う。レティシアは自室を与えられていなかったので一番狭い客室の一番奥まったところにある一室を自室にしていた。狭いといっても公爵家の本邸にある客室であるから十分な広さも、クローゼットなどの家具もそろっており物をそんなに持っていないレティシアは特に困ったことはなかった。
部屋に戻るとそこにはマリーが待ってくれていた。
「お嬢様、おかえりなさい。」
「ただいま、マリー!」
「まあまあ、楽しかったようですね。」
帰ってきた主人の顔が予想よりはるかに明るかったことに安堵の息を吐きながらマリーはレティシアのドレスを脱がせて髪をほどく。鏡越しにレティシアの顔をうかがうとニコニコと笑みを浮かべており幸せそうな主人の様子を嬉しく思う。
「あのね、マリー。私初めて貴族のお友だちができたの!」
「お友だち、ですか?」
他家との交流のほとんどなかったレティシアには友人と呼べる存在は今までいなかった。家の使用人から可愛がられているレティシアだがあくまで使用人と使える家の娘である。傲慢な妹と比べて素直な性格で使用人にも感謝を忘れないレティシアが好かれるの自然なことであった。また、家族から冷遇され続けての気丈にふるまう様子は使用人たちも同情していたのである。
レティシアが魔力なしであることを知る人は多い。そのため上級貴族からは侮られているし、下級貴族は身分差からあからさまに蔑む視線は送られないものの侮っている人も多い。そこまで魔力差別のひどくない下級貴族の中にはレティシアを馬鹿にいていない者もいるが、なんせ魔力なしでも公爵令嬢である、気軽に話しかけることができるはずもなく、レティシアには今まで友人ができることはなかった。
そんなレティシアがデビューの舞踏会で友人ができたという。
「ええ、イアスって言ってね、なんと皇弟殿下の息子なのよ。」
「まあ。」
マリーは予想外の主人の発言に手を止めて鏡越しにレティシアと目を合わせる。
「ふふ、マリーがびっくりしてる。」
「それは、驚きますよ。いったいどうしてそんな方と出会ったのです?」
「実はね…」
レティシアはそういって今日二度目になるイサイアスとの出会いの話をマリーに語ってみせた。ただ、先ほど妹に語ったときとは異なりすらすらと言葉を繋ぎ、その表情は明るいものだった。
しかし、そこで馬車の中でのやり取りを思い出したレティシアは顔を曇らせた。
「ねえ、マリー。カラメリアとお母様がね、カラメリアをイアスに紹介しなさいっていうの。カラメリアをイアスの婚約者にするんですって。」
「…なるほど。そうきましたか。」
「え?そうきたってなにが?」
「いいえ、なんでもありませんわ。それで、お嬢様はどうするのですか?」
「私は…紹介するわ。お母様の言いつけですもの。」
「お嬢様はそれでいいのですか?」
「ほんとはっ!ほんとは嫌よ。イアスがもしカラメリアを好きになってしまったら、きっと私、ショックを受けて会いまうもの。イアスは「待ってて」って言ってくれたけど信じていいのかわからないの。」
「お嬢様…」
レティシアはさみしさを隠すように笑顔を浮かべる。それでも、声は少し暗く沈み、形のいい眉はハの字がたに情けなく下がっていた。
「イアスがああ言ってくれたこと、とても嬉しかったの。」
「信じてみたらいいじゃないですか。イサイアス様はきっとお嬢様の味方ですよ。」
マリーはレティシアの話からイサイアスがレティシアの味方となってくれるという予感がしていた。それはただの直感であり会ったこともない相手ではあったが、マリーはなぜかこの予感が外れないという確信があった。
約束の手紙が届いたのはあの舞踏会から5日後のことだった。手紙には手紙の他に招待状が入っていた。アルハイザー家で2週間後に開かれる舞踏会にレティシアを招待するというものだった。