別れと約束
「俺にシアを守らせて、ね?」
イサイアスはどこまでも真剣で、澄んだ彼の金の瞳に吸い込まれてしまいそうだった。レティシアは彼の言葉に心が温かくなるのを感じた。生まれて初めてできた友達はどこまでも優しく温かかった。
「ありがとう、イアス。貴方がそういってくれるのはすごく嬉しいわ。でも...」
「私なんか、なんて言っちゃだめだよ。」
「!!」
「まあ、突然こんなこと言ってシアが驚くのは無理ないよね、ごめん。でも俺の本心だから忘れないで。」
「うん。イアス、ありがとう。」
「どういたしまして。」
それからレティシアとイサイアスは食べたり飲んだりして思う存分楽しんだ。帝国内の各地の郷土料理や各国の料理が並ぶテーブルにレティシアは目を輝かせる。
帝国領の北側は一年中寒い場所が多く香辛料のおおい辛味が多い料理が多い。南側の常夏の地方の料理には果物の果汁を凍らせてから削ったデザートが並んでいる。放牧が盛んな地方からは肉料理が、耕作が盛んな地方からはもちもちふわふわのパンがそれぞれ並んでいた。王宮の料理人たちが腕を奮って作った領地たちはみな美味しくて、普段が料理人たちが残しておいてくれた冷めた料理を一人ぼっちで食べなければいけなかったレティシアにとって誰かと一緒に食べる温かい料理は涙が出そうなほどおいしく感じた。
それから二人はいろんなことを話した。イサイアスは実は甘い物が好きなこと。レティシアは刺繍が得意なこと。二人ともそろって読書が大好きであること。イサイアスはレティシアが学んでいる薬草学に興味を示し、レティシアはイサイアスが学ぶ魔術を羨ましがった。
休日の過ごし方の話になったとき、イサイアスは時々町に出るのだと言った。屋敷にこもりっぱなしのレティシアは町の様子など物語で読んだことがあるだけで、実際に町に出たことはない。知らない世界を知るイサイアスが羨ましく、町の様子を根掘り葉掘りイサイアスに尋ねるのだった。イサイアスもおすすめのお店から隠れ家的なお店まで訪れた場所を面白可笑しくレティシアに語ってみせるのだった。
しかし、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうものだ。
演奏家たちが演奏していた曲が最後のフィナーレを奏で始める。レティシアとイサイアスはそろって馬車の待つエントランスへ足を向けた。馬車にレティシアの父がニヤニヤと笑みを浮かべながら立っていた。
「皇弟子息殿、レティシアをエスコートしていただきありがとうございました。」
「いえ、大丈夫です。ご令嬢を独り占めしてしまって申し訳ありませんでした。」
「いいえいいえ、とんでもない。」
わかりやすく媚びを売る父にレティシアはうんざりしながら馬車に乗り込んだ。中にはご機嫌な母と対照的に不機嫌真っ只中の妹がいた。兄は疑うような視線を向けていた。馬車から顔を出してレティシアはイサイアスにお礼を言った。
「イアス、ありがとう。今日はとても楽しかった。」
「こちらこそ。」
「イアス、あのね、」
「なんだい?」
「また、会ってくれる?」
少し不安げに伺うようなレティシアに、イサイアスは笑顔で頷いた。
「もちろんだよ、シア。君に手紙も出すよ。」
「本当?楽しみにしているわ!」
「ああ、じゃあまた。」
「ええ、また。」
出発した馬車の窓から、イサイアスが見えなくなるまで手を振っていたレティシアは彼が見えなくなると意図的に考えないようにしていた家族に意識を向けなければならなかった。イサイアスと過ごした夢のようなひと時の優しい余韻を胸から消えてしまわないようにレティシアはうつむいて手をぎゅっと握りしめた。