誓い
「レティシア!ここにいたのね!」
後ろから甲高い声をあげながら近づいてきたのはレティシアの母ジュリアと妹カラメリアである。
「お姉さま、どこに行っていたのです?どうせダンスも踊っていないのでしょう?」
母娘はレティシアしか見ていないようでイサイアスとその父親には気づいていないようだった。ジュリアの声のなかに「余計なことしないでじっとしていなさい。」という声を聴いたレティシアは体をきゅっと固くする。カラメリアは顔に嘲りの表情を隠しもしていない。
突然の乱入者にイサイアスはむっと顔を曇らせる。ジュリアが次の言葉を言う前に先手を打ったのは皇弟殿下だった。
「これはこれは、レイエアズマン夫人ではないですか。」
「え?まあ!皇弟殿下!?」
母の声を聞いたレティシアが無意識にイサイアスと繋いだままの手に力を入れたのに気づいたイサイアスとダリアン。ダリアンは息子の背に手を添えながらジュリアに向き直ると紳士らしく彼女の手を取って挨拶をする。まさか不出来だと思っている娘が皇弟とその息子と一緒にいるとは思いもよらないジュリアは驚くも淑女らしく動揺を取り繕うと恭しく挨拶を返す。
「息子がレティシア嬢にお世話になったらしくてね。お礼を言っていたのですよ。ほんとにできたお嬢さんだ。これからも息子と仲良くやって欲しいものだね。」
「まあ、殿下にそういって頂けるなんてありがたいことですわ。レティシアは優しい子ですから。」
流石というべきか、本心を悟らせずレティシアをほめるジュリアに納得できないのはカラメリアだった。どうせ、端っこで地味に立っているだけだと思っていた姉が皇弟殿下の息子と手を繋いでいるのだ。そして、イサイアスがまた整った容姿をした少年だったことがカラメリアを刺激していた。自分より劣る姉がいい思いをしているのが、そのうえ母が自分ではなく姉を褒めていることが彼女の逆鱗を逆撫でしていた。
「では、お姉様その方とダンスを踊ったんですの?」
「え、ええ、イサイアス様が誘ってくださったので。」
「レティシア嬢はとってもダンスがお上手だったよ。」
「ま、まあそうですの。お姉様がダンスが得意とは知りませんでしたわ~。」
姉の失敗を見つけて母に怒ってもらおうと思うのに何を尋ねても良い反応しか返ってこないことにカラメリアが痺れを切らす直前、口を開いたのはイサイアスであった。
「父上、俺たちまだ何も食べたり飲んだりしていないんです。レティシアも疲れてるだろうし、向こうに行っていてもよろしいですか?」
「ああ、そうだね。私がダンスが終わってすぐに引き留めてしまったからか。悪かったね。」
「では、行ってまいります。」
「ああ、ちゃんとレティシア嬢をエスコートするんだよ。」
「もちろんですよ。さあ、シア行こう。」
レティシアを連れ出したイサイアスは彼女を連れて食べ物の並ぶテーブルまでやってきていた。テーブルには様々な国の料理が並び、味だけでなくその装飾や色、匂いで会場の人々を楽しませていた。イサイアスは近くにいた給仕から飲み物を二つ受け取るとレティシアに一つを手渡した。
「イアス、ありがとうございます。」
わざとイサイアスが連れ出してくれたことに気づかないレティシアではない。無視されることには慣れてしまっていても悪意を向けられることになれるはずもなくレティシアはすっかり表情を暗くしていた。
「ねえ、シア。」
「はい。」
突然イサイアスに名前を呼ばれ顔を上げると、イサイアスは真剣な表情でレティシアを見つめていた。
「イ、イアス?どうしたの?」
「シア、待っていて。俺がきっと君を救い出してあげる。」
「っ!」
「俺は今日シアに会えてよかった。俺は君に救われたんだ。傷つけるしかできないと思っていたこの魔力だけど、これはきっと俺の武器になる、誰にも負けない守るための武器にして見せるから。俺にシアを守らせて、ね?」