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魔力過多の少年


 窓から見えた方向へ足を向けると少年はまだうずくまったままであった。髪は珍しい漆黒で、黒い衣装と相まって闇に隠れてしまいそうだった。会場にいる人間たちから見つからなかったもそのせいだろう。他人に良い顔をすることに忙しい貴族たちが外の様子をうかがうとは考えにくい。薄暗くてきちんとは見えないが、少年の来ている服はシンプルながらも良い生地が使われていて、おそらく上級貴族のご子息だろうと思われた。


「どうかしたの?」


 レティシアが恐る恐る声をかけると、少年は弾かれたように顔を上げるとレティシアの方を向いて


「こっちに来るな!」


と声を張り上げた。突然の大声に慄きつつも、その声に縋るような声を感じ取ったレティシアはその少年に近づいていった。


「どこか悪いのですか?誰か呼びましょうか?」


「こっちに…来るなって、言った、だろ!」


「そんなこと言っても貴方とっても苦しそう。」


 少年は近づく私をきっと睨みつけるが、私はその瞳に縋るような色が含まれているのを見逃すことはしなかった。少年の傍に膝をつくと、彼の背をそっと撫でてあげる。痙攣するように体が震え、うまく息ができていないようだった。


「離れろっ、君はここに居ちゃいけない。離れてくれっ。」


少年は繰り返しそう言う。それでも離れないレティシアに向って少年は乞うように声を絞りだした。


「君を壊してしまう。もう、もう誰も傷つけたくないんだ!」


「傷つける?」


「俺の傍にいたらだめだ。壊れる前に早く離れて。」


「大丈夫。私、そんなにやわじゃないわ。」


 大丈夫、大丈夫。そう言いながら、背中を擦ってやると次第に落ち着いていき、しばらくすると少年が顔をあげた。金色の瞳がレティシアを覗き込み不安げにレティシアに尋ねる。


「どこか悪いところはない?君は平気?」


「それはこちらのセリフよ。もう大丈夫なの?」


「ああ、ちょっとした魔力飽和の発作だから。」


「魔力飽和…」


 魔力飽和は体にめぐる魔力が自身の容量を超えてしまうことだ。それで発作を起こすなど、目の前の少年は余程の魔力を持っているに違いなかった。


「ほんとに大丈夫?気分が悪くなったりしていないか?」


「ええ、なんともないわ。それより、発作を起こしてしまうほどの魔力なんてすごいのね。」


 思わずそう口に出すと、少年の顔がスッと曇った。レティシアは何かまずいことを言ってしまったのかと焦る。謝ろうとしたレティシアに、少年は自嘲的な笑顔で吐き捨てるように言った。


「すごいもんか。傷つけるだけの魔力なんて無い方がよかった。」



「無い方がよかった?魔力が?どうして…」


レティシアは信じられないというように愕然としてつぶやく。


 そこで少年が語ったのは、魔力が多すぎるせいで苦しんできた彼の話だった。少年は類い稀な量の魔力を持って生まれたらしい。その魔力量は歳を重ねるごとに増えていき、最近では頻繁に魔力飽和を起こしているという。魔力飽和による発作が起こると彼からあふれ出た膨大な魔力が周囲の人へ悪い影響を与えるようになった。魔力は個人によってそれぞれ型があり、他人の魔力が体内で混ざり合えば拒絶反応を起こしてしまう。そして、彼が7歳の時、ついにメイドの一人がその魔力に中てられて発狂してしまった。それから、彼の周りの人が、体調を崩したり、魔術を使えなくなったりする者が現れるようになったそうだ。それからというもの、少年は使用人たちから隔離され、魔力の型が似ていて影響の受けにくい家族以外とはほとんど会わない生活をしているという。


「俺は周りにいる人を不幸にしてしまうんだよ。人を傷つけたいわけじゃない。こんな魔力、無い方がましだ。」


 そういって顔を背けた。レティシアは少年の話を聞いて親近感がわいてきていた。魔力なしの自分と莫大な魔力を持つ彼。立場は真逆なのに置かれた状況の似た彼。


「魔力って、あってもなくても大変なのね。」


「え?」


レティシアが呟いた言葉に少年は怪訝そうに問い返した。


「私ね、実は魔力がないの。貴方の傍にいて大丈夫だったのもそのおかげかもね。」


「魔力が、ない?」


「ええ、生まれたときからずっと。」


 信じられない様子の少年にレティシアは苦笑しながら、今度は自分の生い立ちを語ってみせた。


「そんな、魔力を持たずに生きてきたのか…」


「うん。」


「すまない。魔力なんて無い方がよかったなんて、君に向って言う言葉じゃなかったね。」


「大丈夫よ。」


 申し訳なさそうに謝る少年にレティシアは笑って返した。


「俺の名前はイサイアス。イサイアス・J・アルハイザーだ。君は?」


 名前を聞いた瞬間レティシアは慌てて頭を下げた。アルハイザーは皇弟の家名である。本来ならばレティシアが気軽に話をしてはいけないのだ。


「レティシア・レイエアズマンと申します。」


「レティシア。ありがとう、君のおかげで気持ちが落ち着いたよ。」


「そんな。とんでもないですわ。アルハイザー様とは知らずご無礼を。」


 突然改まった仕草と言葉遣いになったレティシアにイサイアスは慌ててレティシアの両手をとった。自分が名前を告げたのはそんな風に他人行儀になってほしかったからじゃない。レティシアと仲良くなりたいと思ったからなのだ。


「レティシア、そんな風に畏まらないでくれ。君と仲良くなりたいんだ。俺のことはイアスって呼んでくれないか?」


「そんなわけには…」


「お願い。」


「わ、かりましたわ。それなら私のことはシア、と呼んでくれますか?」


「もちろん。ありがとうシア。」


 レティシア・レイエアズマン。12歳のデビュタントで初めての友人ができました。

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