デビュタント②
馬車が王宮につくと、父は母を、兄は妹をエスコートし、私のほうなど見向きもせずに馬車から降りてパーティー会場の入り口へと向かっていった。私は一人で馬車から降りると4人の後ろについて会場へ向かった。すれ違った衛兵の方たちは家族の後ろに一人で、エスコートもなしに歩く私の姿を不思議そうに見ていたが、口出しはせずにちらちらとこちらをうかがっているのが分かった。
爵位の低い者から会場入りするのが通常のため、端くれといえど公爵家の私たちが会場に入るのはかなり後の方で、王宮で一番広い広間は既に多くの貴族が溢れかえっていた。私たちはまず皇帝陛下へご挨拶に伺う。普段は四大公爵家の方でなければ陛下に挨拶などかなわないが、デビュタントとなった当日に関してのみ、デビューする子どもとその家族が陛下へのお目通りが叶うのだ。
「レイエアズマン公爵か、よく来たな。」
「お目通りが叶い嬉しく存じます、陛下。こちらが我が娘のカラメリアとレティシアにございます。」
「カラメリア嬢、レティシア嬢、デビューおめでとう。」
「ありがとうございますわ、陛下。」
カラメリアは彼女の得意な花のような笑顔でデビュタントらしく拙いカーテシーを披露する。両親も微笑ましいというように視線を送っていた。それを尻目にレティシアも頭を下げる。
「陛下の激励ありがたく存じます。」
12歳とは思えないような洗練されたカーテシーに皇后陛下が目を見開いた。そして、慈愛に満ちた表情で優しくお声をかけてくださる。
「まあまあ、しっかりした子ね。」
「ええ、なかなか早熟な娘でして。」
父は完璧な外面の笑顔でそう返した。その後、陛下のもとを去った後でしっかりと睨まれたが。
陛下へのお目通りの後は、社交だ。父は兄を連れて挨拶回りへ行くらしく、殿方の集まるテーブルの方へと歩いて行った。母は馴染みのご婦人たちの会話に混ざっており、カラメリアは友人のところへ去っていった。普段隔離され、最低限のお茶会にしか出ない、しかも両親から紹介してもらうことのできない私には友人はおらず、たった一人取り残された私は言いつけ通り壁の花になるべく人気の少ないほうへ向かっていた。
会場にはそれは色とりどりのドレスを着た貴婦人方がいて、目がちかちかしそうだった。それに、各々が振っている香水の匂いがまじりあっていて、こういう場に慣れていないレティシアは息が詰まる思いだった。貴婦人の多くは最近流行りの背中を大きく出した形のドレスを纏っていた。確か皇后様のお気に入りのドレスの多くがこの形らしい。この形のドレスを纏っている多くがおそらく上級貴族だ。流行の型のドレスは価値が高く、最先端のドレスを纏うこともステータスの一つである。
令嬢の多くはレースを多用した可愛らしいドレスが多かった。レティシアはどうも好きにはなれないが、レースやらリボン、そして宝石をやたらとちりばめたそれは彼女たちの自尊心を満たすのだろう。レティシアのドレスは美しいが、彼女たちと並ぶと地味に見えた。
エスコートもなく一人でさまようレティシアにクスクスと嘲笑を含む笑い声が届いた。顔を向けるとそこにいたのは妹のカラメリアであった。
「あらあら、お姉様。お一人ですの?」
「ええ、そうよ。」
涼しい顔で平然と返す私にカラメリアは良い気がしないようで、目は私を馬鹿にしたように見下していた。
「魔力もないお姉様にはお友だちなんてできるわけないわね、可哀そうに。」
「まあ、カラメリア様はお姉様の心配までされているのですね。」
「なんて優しいんでしょう。」
追随するように発せられた彼女のお友だちの声に内心くだらないと思いつつも言葉を返した。
「まあ、ありがとうカラメリア。私は良い妹を持てて幸せね。それではお友だちとパーティーを楽しんで。」
カラメリアは私の傷つく様子を見たかったのだろう。表情を崩さないようにその場を離れる私に悔しそうな目を受けていた。
それから、人気の少ない壁際へたどり着いた私が、窓の外の庭園を見たのは偶々だった。
そこには同じ年ぐらいの少年が見えた一人でうずくまっていた。
周りの大人たちは気づいている様子はなくて、私はバルコニーから足早に外へ出ると彼の方へ足を向けた。