デビュタント①
そんなある日、ついにレティシアの社交界デビューの日がやってきた。姉妹ではあるものの、同じ年に生まれた妹のカラメリアと一緒にデビューすることとなった。
「いいこと?レティシア。貴方は隅っこでおとなしくしていればいいのです。決して公爵家の顔に泥を塗ることにならないように。」
母は耳にたこができるほど同じことを繰り返したし、妹はレティシアと一緒ということに非常に不満そうであった。先日廊下で運悪くすれ違ったときには耳元で
「絶対に私のデビューの邪魔だけはしないでよ。」とまで言われたものだ。
心配していたデビュタントのドレスはさすがの両親でもきちんと用意してくれるようだった。まあ、陛下への挨拶もあるし、他の家の人も集まる王宮でのパーティーに行くのだ。公爵家の娘が貧相な恰好をしていてはまずいということらしい。ただ、妹はきちんと採寸してオーダーメイドのドレスを作っているのと比べて、私には既製品のドレスが届けられただけであったが。
「デビュタントぐらい旦那様もお嬢様にドレスを作ってくださると思っていたんですが、残念ですね。」
「そんなことないわよ。それに、ドレスが届けられただけでも助かったじゃない。私、王宮に着ていけるようなドレスはさすがに持っていなかったもの。妹のお下がりで行くわけにも行かないじゃない。」
「そもそも、長女であるお嬢様がカラメリア様のお下がりなんて着ていることがおかしいんですよ。」
「そうは言ってもねえ。」
「でも、このドレスはきっとお嬢様に似合いますよ。」
マリーはレティシアの銀の髪をサラリと撫でた。普通メイドが主人の髪に触るなど御法度だが、レティシアとマリーは姉妹のような関係で、レティシアはマリーにこうやって撫でられるのが好きだった。
カラメリアはレティシアより少し背が低かったため、彼女のお下がりのドレスは少しレティシアには小さかったのだ。今回届けられたドレスは彼女の恰好に近いもので、幅は詰めなければいけないだろうが、短いということはなさそうだった。
送ってもらったドレスは夜を溶かし込んだかの様な濃紺のドレスだった。艶のある生地でできたそれには私の銀髪がよく映えた。
「もう少し装飾を増やしませんとねえ。」
「これでいいわよ。あまり目立ちたくもないし。」
「いいえ、もったいなさすぎますわ。このあたりに小さく宝石を散らせば瞬く星のように綺麗なドレスになりますよ。」
そう言って、マリーがアレンジしてくれたドレスは星空を映したようなそれはそれは素敵なドレスになった。ただ、少し大人っぽすぎてデビュタントの令嬢には見えないかもしれないねと二人で笑いあった。嫌で憂鬱だったデビュタントもマリーのおかげで少しは楽しみになったかもしれない。
デビュタント当日はお屋敷全体がそれはもうてんやわんやの大騒ぎだった。舞踏会には妹だけではなくもちろん母も出席するのだ。それに、妹は今更これは嫌だ、あれは嫌だと愚痴を漏らしているらしい。私の部屋にまで使用人たちの慌てた様子が伝わっていた。
「あの子は相変わらずのようね。」
「そうですね。昨日も教えたはずのマナーが全く身についていないと教師がぼやいておりましたよ。」
「あら、そうなの。大変ね。」
「私はお嬢様付きでよかったです。」
「そんなこと言うのなんてあなただけよ。」
「そんなことありませんよ。カラメリア様付きのカレンが我儘が過ぎるとぼやいていましたもの。」
「何とかしてあげればいいのだけれど。私が言っても逆効果でしょうから。」
そんなことを話しながら、レティシアは鏡に映る自分を眺めた。自分で言うのもなんだが私はかなりの美少女だと思う。輝くような銀髪と真っ白な肌。サファイヤの瞳が長いまつげに縁取られている。全体的に色素の薄い容姿は両親とはあまり似ていない。本当は自分は両親の子ではないのではないかと考えたこともあったが、私のような魔力なしをわざわざ迎える意味はないし、なにより私のこの容姿は死んだ曾祖母によく似ていた。
「さあ、綺麗になりましたよ。」
そう言ってマリーは結っていた髪から手を離した。
「ありがとう、マリー」
「ついていけないのが残念ですが、楽しんできてくださいね。」
「ええ。」
用意の終わった私がエントランスホールに行くと、そこには私以外の全員が揃っていて、和やかに談笑していた。完成された家族像に私の入る隙間は用意されてなどいなかった。